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第一話 生徒会長室

「校長!」

 息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 その小ぎれいな部屋には、中央に机と椅子、そしてその椅子へ座した校長が置物かの如くある。校長は落ち着いた姿勢を崩すことなく、教頭へ状況を伺う。

「何かありましたか?もしかして、あの、またですか。怪盗……」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は、一人ではありますが……」

「全く、その者は、何を考えてあのようなことをしているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「何か気付くことがあれば、また連絡して欲しいのです。」

「了解しました。現在、被害生徒は、生徒会長室で、ケアを受けているところです。」

「本当に、生徒会長の星影さんには頭が下がります。今回の件、星影さんの対応がなければ、生徒達は登校もままならなかったでしょうから。」

「はい、本当にその通りですね。彼女は、さしずめカウンセラーですよ。」

 二人はなんとはなしに、曇りがちな梅雨空の向こうに見える別棟へ、視線を移した。



 一方、その生徒会長室。広いというほどではないが、赤じゅうたんと中央奥に置かれた紫檀の机は、落ち着いた雰囲気を醸し出しており、誰しもが気を休められる場所でもあった。それ故、この部屋には叱責や怒号が似合わず、且つ、ここへ呼ばれるということは、庇護と同じ意味を持つぐらい、生徒達にとってもその安息は格別のものなのだった。生徒会は、歴代諸先輩方の功労から裁量権が広く与えられており、その処遇は格別なものとなっていた。

 そこには二人の女生徒がいた。机の前にある肘掛け付きの長椅子には、首をうなだれた女生徒が一人、座っている。そのスカートは、なぜかぎりぎりのところまで捲り上げられている。女生徒はその裾を握り締めていた。

 普段はあらわになっていないその部位がさらされていること、それが女生徒をかようにも落ち込ませているのだった。

 最近、怪盗ホチキスと通称される人物が、登校中の女生徒を狙っている。その素性は明らかではないが、目撃証言等によると、女生徒へ忍び寄るやスカートの裾をあっという間にまつりあげて、それをホチキスで留め、ミニへと改造して去っていくのだ。この奇行の理由はいまだ明らかになっていない。

 もう一人、椅子に寄り添うように膝立ちした女生徒が、静かに囁きかける。

「今朝は、大変心苦しい事件に巻き込まれ、さぞやお疲れのことでしょう。でも、ご安心ください。この部屋で、お休みすることを許可します。気持ちが落ち着くまで、こちらでゆっくりしてください。私は生徒会長兼風紀委員長の星影昴(ほしかげすばる)です。何か必要なことがあれば、今のうちにおっしゃって頂ければ、事前に用意も致しましょう。」

 長椅子の女生徒は、首を横に振るのが精一杯のようだ。生徒会長の星影は、女生徒の髪の毛を上から下へ、一回ゆっくり手指でくしけずった。

「でもあなた、そう気に病むことはありませんよ。」

 星影の言葉に、女生徒はおずおずと頭を起こし、涙をたたえた瞳を向けた。

「あなたのおみ足は、とても美しいですから。決して、隠すようなものではありません。」

 女生徒は星影の意を汲めず、困惑の表情をその涙に重ねる。星影は飽くまで優しく言う。

「あなたは普段、かなり裾の長いスカートでいらっしゃいますね。」

 ここで女生徒は口を空で動かし、やっとのことで返事する。

「……はい。」

「生徒会の規則では、ひざ上5cmまでとありますけれど、あなたはひざ下10cmぐらいはあるでしょう?」

「そうなんです。」

「どうして、そうなのかしら?」

「……」

 女生徒は再び下を向く。星影は、女生徒の拳に自分の手を添えた。

「あなた、ご自分の足を、きちんとご覧になったことはあるのかしら。よくご覧なさい。とても、素晴らしいですよ。」

「……素晴らしい、ですか?」

「はい、その通りです。」

 俯いたままの女生徒へ、星影は囁くように、しかし声色にはしっかりとした明るさを込めて肯定を返す。

「……でも、母が、足の素肌を見せるのはみっともないと、そう申しまして、その、この長さに……」

「そうだったの。それならば、私からお母様に、ご説明差し上げるわ。確かにあなたは、お母様に今までそうして守って頂けたから、今の足でいらっしゃるのね。けれども、もう、それは卒業しましょう。」

「でも、ええと……」

 口ごもる女生徒に、星影は穏やかな言を続けた。

「あなたは、あなた自身は、ご自分の足に、人にはずっと言えなかった自信がおありでしょう。でも、隠すことに慣れていたものだから、今、こうも恥ずかしくて辛い思いを、なされているのではありませんか。……飽くまで、これは、私の推測を申し上げているまでであり、的外れならば、とても申し訳ないことかもしれないけれども……」

 星影が女生徒から顔を逸らして済まなそうにしたとき、女生徒はさっと顔を上げて割り言った。

「いえ!会長のおっしゃる通りです。私……私は、母に、自分を表現することを、恐れていました。会長のお手を煩わさずとも結構でございます!私自身から、母へ説明し、スカートの丈を直してみます。」

「そう、よかったわ。今日は不幸な目に遭ったけれども、こうして意識を変えるきっかけになったと思えば、心も軽くなるでしょう?」

「はい!会長、本当にありがとうございます!もう、なんとお礼を言ってよいか……」

「いいのよ、お礼なんて。あなたは、これから、あなた自身に自信を持って、あなたを表現していけばよいだけ。ちょっぴり恥ずかしいこともあるかもしれないけれど、それもまた、自分を表現するために必要な試練と考えてみるのも、いかがかしら。」

「はい、本当にありがとうございます!」

女生徒の目には、既に、悲哀の涙とは異なる輝きが宿されていた。

 そして生徒会長星影は、その姿を見て微笑んだ。

 その心は、


 スバラシイイィィィ!!!

 ふともも、ばんざい!!

 ふともも!!フトモモ!!

 イエエエェェェーイ!!

 踊れ!踊れ!脳内踊れ!

 それと、早くあの規則撤廃しちゃえ!


 と、歓喜に溢れていた。その星影を見上げるように、訝しげな顔で女生徒が問うた。

「会長?」

「はい?」

「あの、……なぜ、そんなに嬉しそうなのですか。頬を、その、お染めになって……」

 星影はスバラシイ世界へ飛び立っていた思考をすぐに霧散させると、平静を装って答える。

「ええ。あなたがそうして前向きに自分を表現するようになったことを、なんだかね、妹が成長していく様を見ているようで、とても微笑ましく思ってしまったのよ。親心みたいなものかしらね。嬉しいというか、むしろ、可愛いと、感じたのかもしれないわね。」

「可愛いだなんて……」

 女生徒が顔を赤らめると、その場は桃色の花々が咲き乱れた……


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