第十話 作戦指示
ここは教頭室……じゃないじゃない!!フトモモ教の本部だ、書き間違えちまったい。その薄暗い部屋の入り口から突然、まぶしい光と風が室内へ吹き込む。
部屋にはバラーだけがいた。何事かと思い、明るくなった方へ振り向く。因みに壁の向こうなので、何が起きているか、バラーには分からなかった。壁とは、ホチキスの芯が入った箱を無数に積み上げたオブジェのことだ。今では、バラーの整理術が匠の域に達し、ホチキスの芯は壁のみならず、あらゆる類のオブジェに化けていた。椅子、机、果てはベッド。その寝床は、芯が背中のツボを刺激するよう、うまく調整されている玄人仕様。家具ブランド「芯―SIN―」が成立していた。もともとは信心の量化した芯、なんとも罪な名称だ。バラーは手先が器用という、人物紹介で触れ忘れられていた特技があった――嘘です。今、判明したところです。反省。
本部の入り口が開け放たれており、そこには生徒会長の星影昴が仁王立ちしていた。彼女の背後には投光器と扇風機が設置され、後光と髪のなびきが演出されていた。暗幕もはためき、室内は俄然、明るくなっている。けれども残念ながら誰も見ていない。ツーは芯の買い出しで外出中だった。
過剰な演出のせいで本部のブレーカーが落ちた頃、やっとバラーは入り口側に回ることができた。
「会長!?……ええと、何か、御用ですか……?」
バラーは戸惑うも、まずは珍客に伺う。
「バラーよ。」
星影は、この日のために特訓した腹話術を使う。
「わ、会長が教祖様だったんですね!」
だが、バラーには即バレだった。焦った星影は、次の手を打つ。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ。」
「何やっているんですか。」
「マイクのテスト中だ。」
「ばればれですよ。」
星影は咳払いをしてから、改めて取り繕うことにする。
「今、この者の精神を乗っ取り、語っている。」
「スピーカーは?」
やはり、こいつは確かにツーより優れる。今更ながら、バラーに感心する教祖……星影?うーん、どっちでもいいや、おお、そうだ、怪盗ホチキスと書こうか……でも、やっぱり怖いからやめておいて、不審者にしよう。
不審者は言う。
「言葉足らずだった。精神を乗っ取った上で、体内にスピーカーを仕掛けた。」
「電源はどうなっているんですか?」
「いい質問だ。そう、内蔵電源には限りがあるから、手短に済ませることにするぞ。」
うまく丸め込めた~!不審者は心の中で指パッチンした。
「バラーには、新しい作戦を伝える。」
「はい。」
不審者の言葉に、バラーは背筋を伸ばして向き直った。
「西條とはその後どうなっている?」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
語尾上がりの絶叫がこだまする。バラーは姿勢よくしていたので、その声音が地域一帯に響いたそうだ。はいぃぃぃ……はいぃぃぃ……はいぃぃぃ……で?
「お前はその返事が板に付いたな。またエンドレスになると時間がなくなるから、率直に言え。(フトモモは)見たのか?」
「……ぐっはあっ!!」
「まだ見ていないのだな。まあ、よい。」
「よくないです!そこ、大事です!というか、なんで質問したんですか!?」
「時間がもったいないから、次行くぞ。」
「ああっ!今度は見るためのご助言をっ!下さいぃぃ!!」
不審者はバラーの嘆願を無視する。
「これからは、バラーは、西條をサポートせよ。彼女は伝道者となる。その手となり、足となるのだ。」
嘆きにくずおれたバラーは、情けない声を出す。
「ううっ……それが次の指示なのですか……」
「そうだ。彼女の伝道を支えよ。伴侶として……もとい、ヒモとして。」
「よく分かりませんが……は、伴侶!?……ぐっはあっ!!」
バラーは、もんどりうった。ヒモの部分は多分聞き取れていない。
「若いな。何を思い浮かべているかは知らんが、具体的にはまず、金を稼ぐ準備をしておけばよい。その辺りはツーに倣え。また、彼女は近いうちに、伝道のために、ある地位を目指すだろう。だから、お前はそのときのために、彼女の(フトモモの)写真でも撮っておけ。ばらまけば票を稼げるぞ。金稼ぎの勉強にもなるだろう。」
なんかもう、この不審者えげつない。ただ、だんご虫の体勢でうずくまり小刻みに震えるバラーには、聞こえていないから大丈夫。
そこへちょうど、外出先から戻ったツーがやってくる。
「おや?わたくしめの調達した機材が、なぜここに……」
「ツーよ。扇風機と投光器は使い終わった。元通りに、ばれないように返しておけ。」
不審者よりツーへ、指示がなされる。しかし、ツーは面食らった。
「えっ!?これは、来月の小遣いを前借りしてまで買った、なけなしの本部備品ですよ!?」
今回の演出のためだけの、いらん物を買うな。しかもブレーカーが落ちて、数秒しか使えなかったし。不審者は呆れるが、今後の調達に支障をきたしては困るので、代案を挙げる。
「仕方のない奴だな。では、前借り分は、バラーの作った椅子や机を売って返せ。足しにはなる筈だ。ただし、ベッドは売るな。あれは、私専用だ。あの気持ちよさは、たっまらんっ!……バラーは、売ることについて、疑義はないな?」
だんご虫型の家具職人は答える。
「はい……作った物が、使うべき必要な方へ渡ることは、嬉しく思います。」
「だそうだ。」
不審者が会話のバトンを渡すと、ツーは破顔した。
「バラー殿、ありがたきご配慮を……また、助けられてしまいました。でもこれで、来月からも、調達に精を出せます。バラー殿に材料を供給するのが、わたくしめの役目にございます!通りすがりの方、ありがとうございます!」
ツーは、芯を売って、芯を買おうとしていることには気付いていない。また、芯を調達する意味が、もはや信仰から完全に逸れてしまっていることにも気付いていなかった。それから通りすがりの人じゃなくて、少なくとも外見は星影な。ツーは大変に罪深い。
「電源が切れる。では、な。」
そう言って、もともと星影昴だった筈の不審者は、ローブをまとった。本人は、教祖に戻ったつもりだ。
「……」
バラーは突っ込むことをためらった。飲み込んだスピーカー、あとでトイレで回収するのかな?でも、西條に注意されたし、そんなこと女性には聞けないじゃん、って。
いや、突っ込むところは、そこじゃないぞ。




