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第九話 スバラシイ真実

「校長!」

 今日も息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 校長は優しく微笑んで言う。

「今、いいところですよ。」

 校門前に絶好のアングルで設置された監視カメラの映像を眺めていた。

「見てもいいですか。」

「もちろん。」

 二人は仲良しになった。適当な話だな。



 その校門前は、騒然として欲しかった。

 仮面舞踏会仕様マスク姿の通称怪盗ホチキスが、堂々と現れていた。道路の、ど真ん中に、すっくと立ち、頭上でV字に伸ばした両手それぞれにホチキスを持って、カチャカチャやっている。芯がぱらぱらと校門前に散らかっていく――迫力に乏しいものの充分に奇怪な演出だった。それは注目を招くどころか、道行く生徒らは、知らぬ振りをして通り過ぎる。そりゃあ、関わりたくないさ。それに車にはねられても、おかしくないぞー

 風紀委員の西條令と高城春樹が、怪盗ホチキスの前で牽制する。ほかの委員は警戒線を張る任務にて、舞台より退避。参加人数は少ない方が書き易い。

 二度と怪盗ホチキスを逃がさず隙を見せまいと決意した西條は、全神経を対決に集中させていた。一方、高城は腰が引けている。

 怪盗ホチキスの芯が尽きて、スカスカいい出した。腕を下ろして彼女は言う。ふー、だるかった~

「バラー。」

 高城が、びくつくように反応する。訝る西條。

「高城?」

 誰から見ても、明らかに高城は動揺している様子だった。

 高城は、怪盗ホチキス――教祖――に心の内をさらし、そして西條 (のフトモモ)への告白をほのめかされていたものだから、その二人を傍にして、心のたがが外れかかっていた。

「芯を用意しなさい。このままでは、作戦が続行できません。」

 怪盗ホチキスは、優しい口調で高城に指示した。しかし、その内容は相当マヌケである。あれほど替え芯を絶やすなと喚いておきながら、どうしてアンタが持っていないのよ?

「……!」

 高城は何も答えない代わり、一旦脱力したあとに全身をこわばらせた。拳は血管が浮き出るほどに握り締めてはいるものの、目を強くつぶり、不審者への表向きの抗議の姿勢は完全に消失していた。

「高城……」

 警戒を解かずも西條は、高城の異変に気がざわめいた。怪盗ホチキスは、なおも高城に語り掛ける。

「作戦は、私達に、そして、世界のために必要なものです。それはもちろん、あなたにとっても、同じことなのです。いえ、むしろ、あなたのために必要と言いましょう。」

 高城は身震いした。教祖は、作戦を、計画通りに進めよ、と言っているのだ!作戦……作戦ってなんだ!!さくせーん、ざくせーん、ザクセン州!!……はいぃ!?ほあーー!うおおっ!俺は、俺はっ……!!

「俺は、西條 (のフトモモ)が好きだ!」

 作戦は実行された……のか?誰にもよく分からなかった。ただ、高城の振り絞った声は、怪盗ホチキスに対して身構えていた西條の、無防備なトキメキを射抜いた。

「高城っ……!」

 振り向いた西條は枯れた声を上げ、高城を凝視して膝を崩した。もう、体に力を入れることはできなかった。高城は目を見開き、地に崩れた西條に歩み寄る。

「いつもいつも、西條 (のフトモモ)を見ようとしていた。でも、見られなかった!」

 それはスカートの中だから当たり前だ。

「だから、俺は、西條 (のフトモモ)を想像するしかなかった。別にやましい気持ちじゃあ、ない!純粋に、見たかった……見ていたかった!」

 言い切った高城は、何も隠すことがなくなった。ただ一つの言葉を除いて。西條に対する(ほぼ)全ての弱さを伝え、その身からは、(ほぼ)もどかしさと、そして辛さが消えていった。

 西條はいつの間にか涙していた。声は出せなくなっていた。それを見た怪盗ホチキスは、作戦を変えることとし、西條へ名乗る。

「私は、フトモモ教の教祖です。」

 フモフモ教?西條にはそう聞こえた。仮面舞踏会マスク越しの声は、確かにそうとしか聞こえなかった。モフモフ教の間違い?もふもふしたものを愛でる感じかも。女子感バッチリ!西條の隠れた女の子の部分がきゅんきゅんした。どうでもいい。

「お分かりかしら。あなたは、勘違いをしていたのです。自らの本当の姿を隠して、隠している振りをして、気付かない振りをして、自分に嘘を付き、あたかも、(フトモモに)興味のない素振りを、それどころか、おのれのみならず、他人の(フトモモの)スバラシサすら、隠そうとした。それを、卑怯者、と私は言いました。」

 西條は息を飲んだ。因みに後半のスバラシサのくだりが理解できず、また高城の告白による衝撃が今なお打ち響いており、彼女は混乱しつつあった。怪盗ホチキスは――おっと、そう書くと怒られるから――、教祖は西條へ更に諭しを説く。

「そして、あなたはもう一つ、勘違いをしています。あなたのひじ打ちは、決して、バラーだけのためのものではありません。」

 ……バラー?高城のこと?

 西條は混乱する思考を必死に排斥しながら、高城の反応を思い出す。

 愛の戦士とか(ラバー?)、薔薇の似合う男とか、そういう意味なのかも。なんて恥ずかしい……でもそれを堂々と言ってのけるこの人は、どれだけ愛に深いのかしら……すごい……スバラシイ……ああ、スバラシサってそのことなの……?

 またしても高城の別名は、崇高なる飛躍を遂げて、物語を膨らませてくれていた。だから、ただの弱点のことなんだって。あんたが常々ひじ打ちをぶちかましている、高城のヨコッパラのことですよん。

「あなたのひじ打ちは、思考回路を破壊していたのではなく、心に気付きを与えていたのです。今までは、使い方やその効能を意識せずに用いていたため、気付けずにいただけです。そのひじ打ちは、いわば、キューピッドの矢です。スバラシイ(フトモモへの)愛を気付かせる、最後の一押しだったのです。」

 西條はただただ聞いていた。今までのひじ打ちが走馬灯のように、彼女の脳裏を駆け巡る。脇腹痛い。

「うすうす気付いていた節もあるでしょう。今のあなたは、その力を、自由に使えます。意識を集中すれば、演説で、聴衆へ説きさらすことさえ、できるかもしれません。私にはない力です。」

「まさか……」

 掠れた声で振り返りつつ、西條は気付き始めていた。

「あなたは、自らの使命に、気付いてください。」

 教祖は最後に、その背中を押した。

 あなたは神であり、且つ、信者という、特別な存在なのだ!どうして女生徒が好きなのか、あなたはまだ気付いていないが、それは……彼女らのフトモモが好きだからなのだ!

 と、教祖は勝手極まりない自らの邪念を、西條に押し込んだ――つもりだった。


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