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 なんでこんなことになっちゃってるんでしょうか。



 お酒を飲んで木元さんのお家に泊めて貰った翌朝。彼に付き合おうと言われ、どう考えてもわたしに気を遣ってのことだと思ったので断った。

 そうしたら何故か彼がムキになったみたいだった。

 どうしたらそういう流れになったのか、『俺が変身させてやる』と訳の分からないことを言いだし、彼のお姉さんが勤める美容院に連れてこられた。いつもはうちの商店街の中にある美容室でカットしてもらっているわたしの髪の毛。子どもの頃から行っているところなので、おばちゃんにはあれこれ余計な説明なんてしなくてよくて楽だったのに……。


 街中にある大きな美容院はいかにもっていうスタイリッシュなデザインで、入り口からして入りにくい。わたしのような地味な人間は来るなと門前払いされそうで、なんだか怖い。一人なら絶対に来てみようなんて思わない。

「ほら、入るよ」

 入り口で尻込みして足を止めたわたしの肩に手をあて、店内へと勧める。

 彼に促されたもののビクビクしてしまう。


 あちこちから一斉にいらっしゃいませと声が響き、さらに居心地悪く感じて縮こまってしまう。

 いつも通っている小さな美容室がいくつも入りそうな広い店内。こちらの方に近寄ってきた女性が話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですよね。お掛けになってこちらにご記入お願いします」

 はきはきとそう言って案内されたソファは大きくて立派なものだった。

 その女性はすぐに彼と砕けた様子で話し出したので、彼女が彼のお姉さんだと分かった。

「少し重たい感じだろ? もうちょっと軽く見えるようにしてやって」

「なんであんたが決めるのよ。彼女に聞くわよ」

「彼女の言うとおりにしてると、これまでとあんまり変わり映えしないかもしれないから。ちょっとイメチェンするぐらいの感じにしてやって」 

 なんてことを二人がわたしの横であれこれ話すのを耳にしながら、手を動かした。


 鏡の前に座らされた。

「きれいな髪ですね。でもちょっと量があるから重い感じがしますね。染めますか」

 どういう風にしていくか打ち合わせる。

 鏡越しでなければ、こんなにまじまじと見つめられなかったろうけど、彼のお姉さんもまた美形だった。

「染めるのはちょっと……」

 根元を気にしてしょっちゅう染めるのはめんどくさいし、お金ももったいない。

「じゃあ、軽くなるように量を調節していきましょうか。長さは……」


 彼のお姉さんとやりとりしながら髪型を決めていき、仕上がりにはすごく満足した。

 十㎝ほども切っただろうか、かなり髪の量も減らしてもらって肩に掛かった毛先に動きが出て、軽やかになった感じ。なんだか気分もウキウキしてくる。

 ちょっと照れるような気持ちで、ソファに座って雑誌を読みながらわたしを待っていた彼の方へと近寄った。


「うん、可愛いいじゃん。ずっとよくなった」

 近付いたわたしに気付くと彼はさっと立ち上がり、にこっと笑ってそう言った。恥ずかしげもなく、女の子のことを褒める人には初めて出会った。わたしの周囲にはいなかった人種だ。いえ、そんなに周囲に男の子がいたわけじゃないけど。わたしはと言えば、彼が髪に手を伸ばしてさっと触っていくのも馴れないので体を引いてしまう。

「じゃあ、次行こうか」

 彼の言葉に促されて、お店を出た。


「今日、保険証持ってる?」

 お店が入ったビルを出て、歩き出しながら彼が言った。保険証? 繋がりがよく分からないんですけれど……。

「……いいえ」

 ちょっと戸惑いながら答えた。

 じゃあ今日はコンタクトは無理かと彼が呟いた。

 コンタクト?

「今日は俺午後からバイトだから、また明日にでも眼科に行ってコンタクトの処方してもらおうぜ。日曜でもやってるとこ知ってるから」

「え、でも」

 またしても彼のペースで話が進んでいく。

「目元可愛いんだから隠すなよ」

 そう言いながら前髪をさっとよけるように触られ、また赤面する。ホントにもう……。こんなことよく真顔で言える……。

 そのまま降ろした手をわたしの手に伸ばし繋いだ。びっくりして手を引こうとしたけど、がっちり指を絡めて離そうとしない。恋人繋ぎとかっていうやつ? 顔を上げて彼を見るとにいっと笑うけど何にも言わない。

「ちょっと服見てから飯にしよう」

「今日はあまりお金持って無いので……」

 予定外に美容院に行って、カットモデル料金とは言え、急な出費。

 彼は自分が払うと言ってくれたけどそこまで甘える気にもなれず、普段から財布にたくさんお金を入れてる方じゃないので服まで買う余裕はなかった。

「俺安くていいの見つけるのうまいよ。まあ、時間もあんまり無いし今度でもいいか。じゃあ、ウインドウショッピングして飯に行こう」

 繋いだ手を引かれて歩きながら、どんどん彼のペースでことが進んでいった。



 彼と別れて家に帰ったのは三時過ぎ。

 昨日の夜、電車に乗り遅れて先輩の家に泊めて貰うと連絡を入れたときには、いつもそうしているからなんの後ろめたさもなかった。でも今日はちょっと事情が変わって親と顔を会わせにくいというか……。

 それでも素通りして部屋に直行するわけには行かないので、リビングに顔を出した。

「ただいまー……」

「お帰りなさい。遅かったのね……。あら髪切ったの?」

 ソファに座って読んでいた雑誌から顔を上げて、母がそう言った。

「うん、今日先輩が美容院紹介してくれて……」

 先輩が誰とは言わず、ぼかしたまま嘘ではないことを話す。

「あら、雰囲気変わっていいじゃない」

 いつもの美容院は、美容師さんもお客さんも年配の人が多いので、母は以前からもうちょっとおしゃれなところで切ったらと言っていた。

「あ、そうだ。お母さん、保険証出してくれる? 目医者さんでコンタクトの処方して貰うから」

「コンタクトにするの? 何回言っても変えなかったのに」

「うん、持っててもいいかなと思って」

「何よ、急におしゃれに目覚めちゃって。好きな人でも出来たの?」

 外泊した翌日に彼氏が出来ましたとは言いにくい。いや、本当の彼氏って訳じゃないけど。



 先輩は付き合おうって言ってたけど、気を遣っているだけだってことは分かっているし、そう長いお付き合いになるわけでもないだろう。多分お手伝いをしている間ぐらいのことじゃないかと思う。

 それでも初めて男の人から付き合おうとか可愛いなんて言ってもらえて、何となく気分がウキウキする。女の人に馴れた先輩のリップサービスなんだから、あんまり本気にしないようにと思っても、心が浮き立ってしまう。

 ウインドーショッピングをしていた時もこれが似合う、あれがいいと商品をわたしに合わせながら、可愛いじゃんと言われる度に、照れながらも嬉しかった。



 そして翌日曜日もやっぱり彼のペース。

 朝から来いと言われて無理に行くこともなかったんだとは、あとになって気付いた。

「俺今日も夕方からバイトだから、さっさと回るとこ回ろう」

 そう言って最初に連れて行かれたのが眼科。この後服も買うらしいので、コンタクトのお金は結局母に臨時の出費をお願いした。


「ほら、似合ってるから背筋伸ばせって」

 そんなこと言われても……。

 昨日は見てまわるだけだった洋服を、今日は彼の見立てで試着させられている。自分なら絶対に選ばないスタイルの服に戸惑っていると、カーテンの向こうから彼の『もう着たか』という催促の声。

 一番最初の服を試着したとき、自分には合わないと見せる前に着替えて試着室を出たらムッとされた。


「ちゃんと見せろよ。絶対似合ってるって。着替えたとこ見せないなら一緒に試着室に入るぞ」

 まさか……と思いながらも、次からは彼に着替え終わったところをご披露することに。

「ほらな、いいじゃん。自分でダメって思ってるだけだって」

 こんな体の線が出る服は恥ずかしい。腕だって足だってなるべく隠したいのに……。色もそう。雑誌や他人が着ているのを見る分にはおしゃれだと思える服も、自分で着ようとは思えない。似合いっこないもん……。でも彼はそんな服ばかりを見つけて来る。あれこれ言われるままに着替えさせられ、盛大に似合うと言われた。

 疑心暗鬼になりながらも、ちょっと嬉しくなって何着か購入した。

 ファッションビルの中を何軒も巡り、疲れた頃に遅めのお昼ご飯を二人で食べた。



 急展開で過ごした週末。

 明けてからも彼のペースで進み、夏休みに突入した。


 それから数日が経って……。

 で、今わたしの家のリビングで彼が母とにこやかにお茶してるのである。

 

 なんで? なんでこんなことになってるの?

 この展開に追いついていけないわたしなのです。

 



ここまで読んでくださってありがとうございます。

短編のはずが収集がつかず、まだ続きます。

言い訳は活動報告で。

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