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視点が変わります。


更新の間が空いて、申し訳ないです。

二,三話でまとめるつもりが、次話で終わりそうもないかもしれません。

気長にお付き合いください。


「姫子、最近忙しい?」

 高校時代の手芸部の先輩で、この学校を選ぶきっかけをくれた舞先輩に連絡をもらって、お茶でもしようという話になった。

 校内で待ち合わせてから喫茶店に入り、二人ともケーキセットを選んで注文し終えたところでそう尋ねられた。

「そうでもないですよ」

「提出物とか多いけど、こなせてる?」

 入学してから三か月も過ぎると、それなりにペースは出来てきた。

「全然平気です。作るのはもともと好きだから、課題が多いのもそんなに苦にならないし」

 そう言うと、そっかーとちょっと間が空いた。

「じゃあさ、もし時間に余裕あるんだったらお手伝いを頼みたいんだけど、いいかな? ダメなら他も当たってみるけど……」

「大丈夫ですよ」

 舞先輩のお手伝いなら自分の勉強にもなるだろうと、内容もよく確かめずにそう返事をしてしまった。

 ケーキセットが運ばれてきていったん話を中断し、先に食べちゃおうかという先輩の言葉に、まず一口ぱくりと頬ばった。おいしーっ。

 スレンダーな先輩と違って、ぽっちゃり系のわたしにはスウィーツは本当は禁物なんだろうけど、こういう機会は逃せない。晩ご飯を減らすことにしようと、心のうちで苦しい言い訳しながらもおいしく頂いた。



 舞先輩が高校卒業間近の頃、服飾専門学校に進学することを知った。それまで漠然と大学や短大に進学するものと思っていたわたしは、その時初めて専門学校という選択肢もあったんだと気付いた。それから学校について調べはじめ、結局舞先輩と同じ学校を選んだ。

 でもこの四月に入学した当初は、ちょっと気後れを感じていた。

 周りは自分のファッションに自信ありげな人たちばかり。誰も彼もがきらきらと輝いて見えた。地味で目立たないわたしは、なんだか場違いに思えた。

 スタイルに少々難有りのわたしは、自分の着る服をつい無難にまとめてしまう。服を作ろうって人間がおしゃれな格好をしてないなんてやっぱりヘン。つい縮こまりがちになった。ちょうどそんな頃に実技の制作が始まりだした。

 服を作り出すと、人見知りなわたしも制作中に周囲の人と少しずつ話すようになり、何人かの友達が出来た。好みのファッションはそれぞれ違っても、やっぱり洋服好き、手作り好きの集まりだったので、それから一気に仲良くなり、最近は学校が楽しくて仕方がないといった感じになってきたところだった。




 わたしが食べ終わると舞先輩は携帯で時間を確認した。

 今ならまだミシン室かなぁ、と呟いた。

「姫子、今日これから時間ある?」

「大丈夫ですけど」

 早速今日から始めるのかなと思った。

「じゃあ、一度学校戻ろうか」

 そう言って喫茶店を後にしたのだった。



 そうしていきなり紹介されたのが木元慎司さんだった。



 お手伝いをするのはてっきり先輩とばかり思いこんでいたけど、彼の方のお手伝いだったらしい。考えてみれば舞先輩なら作業も丁寧で早いし、いろんなこだわりもあるだろう。わたしの手伝いなんて必要とするわけもなかった。

 実は木元さんのことは前から知っていた。舞先輩と連れだって歩いてるのを何度か見かけたことがあって、ちょっと格好いいなと思ってよく覚えていたのだ。最初、てっきり先輩の彼氏と思っていたけどそうではなかったらしい。

 先輩は、可愛い後輩なんだからいじめるなよという言葉の後に、手を出すなよと付け加えた。

 先輩ったら……。イケてる木元さんが、わたしなんかに興味を持つわけないじゃないですか。

 保護者のような気持ちで、わたしのために念を押してくれたんだろうけど、ありそうもないことを言われると気恥ずかしい……。というか、彼も困惑しちゃいますよ。

 そんな会話をしている間に、彼のお手伝いをすることに決まったのであった。




 紹介された日に彼がミシン室で仕上げていた物はひとつ前の課題だった。ショーの選考会用の作品の制作の方は、デザイン画の提出を済ませてやっと型紙を作り終わったところで、まだ材料すら用意されてなかった。

 ミシンを使う様子や細かい部分を始末する様子を見ていると、いかにも馴れない様子で、そんなので間に合うの? とこっちの方が不安に思った。

「ホントへたくそでしょ。慎司はビジネスコースだから……」

 彼の手つきを不安げに見るわたしの様子を見て、舞先輩が苦笑しながら言った。

 もともとコースが違っていた二人が知り合ったきっかけも、ミシン室であまりにも不器用な彼の様子に、舞先輩が見かねて手伝ってあげたことからだったらしい。


「お前、相変わらず失礼な奴だな。……その子、ちゃんとあてに出来るのかよ」

 彼はちらっとわたしの方を見てから舞先輩に言った。

「あんたよりよっぽどね」

 姫子、見せてあげなよと、さっき喫茶店で先輩に見せた提出作品のことを言われた。今日返されたばかりのそれは、予想以上の高評価をもらい、つい嬉しくなって先輩に見てもらった物だった。

 いつも道具や布地を入れて持ち歩いている大きめのバッグの中から、その作品を取りだして彼に見せた。気がなさそうにそれを受け取って広げた彼は、腕を伸ばして全体を眺めた後、裏を返して細部まで細かくチェックしたようだった。

「うん、上等。で、本当に手伝ってくれんの? ビジネスコースの奴への協力者には、登録しとけば成績に上乗せポイントがあるらしいけど、手伝ってくれる余裕ある?」

「大丈夫です」

「この子も作業の手が早いから、自分の課題提出に響く心配はないよ」

 舞先輩がそう言って、話は決まった。




 木元さんのお手伝いは楽しかった。

 わたしたち一年は、まだ基本的なスタイルの制作課題しかやっていないので、とても自由度が低い。でも、彼のはファッションショー用の作品なので、普通とは違い、自分の工夫を凝らす余地があって、作っていてすごく面白い。実技が得意ではない彼にとってはそれがネックだったらしく、わたしに声が掛かったということだった。




「普通の課題でさえ、伊東なんかに手伝ってもらってたのに、仕上がる訳ねぇっちゅうの」

 舞先輩に引き会わされた日、ぶつぶつぼやきながら元になるデザイン画を見せてくれて、細かいところは口で説明してくれた。

「型紙までは何とか手伝ってもらったんだけど、だんだんみんなも自分の作品で手一杯になってきてるから……」


 まだ生地選びもすんでないということなので、お手伝いはそこからのスタートだった。

 二人で学校の近くの問屋街に出掛けた。

 わたしが自分の地元から少し遠いこの学校を選んだのは、舞先輩が通っているというのもあったけど、何より魅力的だったのは、この問屋街がすぐそばにあるということだった。


 彼と二人で、服地専門店から大型の服飾材料を扱うお店まで数軒はしごし、ああでもないこうでもないと、布地から糸、装飾用の細々としたものまで、揃えるだけでも数日かかった。それでもわたしにとって、そこはテーマパークなんかよりずっと楽しい場所。眺めるだけでも幸せだっていうのに、支払いは自分でしなくてもいいなんて……。当然の事ながら彼にも予算というものがあったので、何とかその中で収まるようにと苦労しながら選んだ。



 作業はもちろん学校で進めた。今の時期、校内の施設を使っているのはほとんどがショー用の作品を作っている人と、そのお手伝いの一年生くらいだった。そして、ほとんどの人たちはもうミシン室の作業に移っているので、裁断用に大きな机を置いたこの制作室は割と人が少なかった。


 すでにこの制作室で何日も過ごし、作業は裁断に取りかかっていた。同じく他の人のお手伝いをしている一年生の中にも何人か顔見知りが出来、手が空いたときなんかには軽く会話を交わすようになっていた。

 その中でよく会話に登ったのが彼の噂話だった。

「大木さんいいなぁ、木元さんのお手伝いなんて」

「そう?」

 今日はまだ彼が来ていないので、やることもなく何となく会話を続けた。

「木元さんって、もてるよね?」

「そうなの?」

「なんか、彼女がいっぱいいるんだって」

「ふーん」

 適当に相づちを打つ。

「え、わたしは彼女いないって聞いたなぁ」

 また別の子も会話に加わった。 

 噂話とはいえ、みんなよく知ってるのね。わたしは彼のことをそう知っているわけでもないので、黙って聞いていた。

「なんか、しょっちゅう違う人と歩いてるよね」

 あ、そうか。大人のお付き合いってやつかしら?


「お待たせ」

 少し離れたところから彼に声を掛けられ、ぎくっとした。聞かれはしなかったと思うけど、一緒に話していた子もそそくさとその場を離れていった。

「話の途中だったか。いいよ、まだ喋ってて」

「いいです。始めましょう」

 彼が抱えてきた荷物を広げ、早速作業を始めた。

 彼とは作業に関すること以外、あまり話したことがない。黙々と手を動かしていると、珍しく話しかけてきた。

「結構進んできたな。作業のウエイトもそっちの方に余計に掛かっちゃってて、悪いな。裁断まで終わったら、今度飯おごるよ。あ、ついでに飲みに連れてってやるよ」

「そんな、いいですよ」

「いやいや、伊東に大木紹介してもらってホントに助かったよ。お前、手際がいいし、俺よりずっと大事なとこ押さえてるから」

 どっちが上級生だかわかんないなと言って笑った。


 

 そんないきさつで、それまでたいして私語を交わしたこともない木元さんに、食事を兼ねて飲みに連れて行ってもらった。チェーン店の居酒屋さんだったけど、飲みに行くことが初めてのわたし。勧められて初めてお酒を飲んだ。

 恥ずかしながら、大木姫子18歳。生まれてこの方彼氏がいたことはない。

 彼氏じゃなくても、男の人とこんなふうに二人で出かけることすら初めてで、すごく緊張した。

 ぎこちなくスタートした食事&飲み会。それでもお酒のせいか、これまでと違って徐々に会話が弾んでいったように思う。これまでの堅さも取れて、一気に打ち解けた感じ。

 フワフワした気分で、取り留めもなくなんだかいろんなことを喋ったような気がする。




 ほんわりといい気分で目覚めた翌朝。

 いきなり彼のドアップ。


 わたしの顔を覗き込む彼の顔があまりに近くて慌てふためいて、なんだかギャグのようにドタバタしてしまった。

 あ、そうかと昨夜のことを思い出した。地味なわたしには、もしかして一生縁がないかも……なんて思っていた経験をした。

 わたしの名前は姫子だけど、わたしには似合わなすぎてこの名前が嫌い。もっと別の名前を付けてくれればよかったのにと両親を恨んだこともある。でも、昨日はなんだか彼の大事な人になったように扱われて、一晩だけお姫様気分を味わった。

 だから、後悔なんてしないんだ。




「俺達付き合わないか?」

 は? なんで?

 布団を引っ張り、起き抜けの顔を隠そうとするわたしに向かって、突然彼がそう言った。

 いきなりそう言われて驚いた。思わず顔を合わせてしまった。

 ああ、そうか。

 わたしが初めてだったから気を遣ってくれてるんだ。優しいんですね。

「大丈夫ですよ」

 わたしの言葉に先輩はきょとんとした表情を見せた。

「気なんて遣わなくていいですから」

 噂で聞いた話によると、このところ先輩に彼女はいないらしいけど、親密そうに連れだって歩いてる所はよく目撃されているらしい。わたしも何度か見かけたことがある。みんな背の高い先輩の隣に似合いそうな、すらっとしたタイプの美人さん。わたしとは全然違う。

 だから無理しなくったっていいんですよ。


 一晩だけのお姫様気分を味わわせてもらっただけで充分なんです。

 そんな気持ちで彼の申し出を断ったのだった。

  


お酒は二十歳になってから。

あくまでフィクションとしてお楽しみ下さいませ。

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