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短編のつもりで書いてましたが、それよりは少し長めになりそうなので、いったん区切って投稿します。二,三話の予定。
諸事情がありまして、次の更新まで間が空くかもしれません。長くないお話なので、一気に読みたい方は最後まで投稿してから読まれた方がいいかもしれません。
目覚めた瞬間まずいと思った。
閉めたカーテンの隙間から差し込んだ光がちょうど顔に当たって眩しさに目を擦った。身動きして反対の二の腕に、いつもとは違って人肌の感触がして、一瞬ぎょっとした。俺はゆっくりと横を見た。
朝、自分の部屋のベッドの上で裸で目覚めた俺の隣には、専門学校の一年後輩がこれまた裸で眠っていた。
はあっとため息が出た。
昨夜は酒を飲んではいたが、こうなった経緯はほぼ覚えている。酔っ払って何も覚えてなかったなら、どんなにか良かっただろう。なんでこんなおぼこい子に手を出しちゃったかなぁと昨日のことを振り返った。
俺達の通う専門学校は服飾系の学校で、デザイナーなど洋服を作る方ばかりでなく、俺のようにアパレルの流通関係の仕事に就きたいものや、スタイリスト志望なんてのも多く在籍している。
毎年俺達二年以上の学生は、秋の学園祭で行われるファッションショーに作品を出品することが、課題のひとつになっている。実際のショーに出られるのは、その中から選ばれた上位作品だけなのだが、全員が制作して選考会に出品しなければならない。
ただファッションに関心があって、そういう関係の仕事に就けたらいいなぁ……、くらいの気持ちでうちの学校に入った俺は、制作実技がとても苦手だ。洋服はもちろん好きなので、デザインを考えるくらいならまだしも、実際に制作をするとなると手先の不器用さも相まってからきしだ。もちろん通常の授業の課題制作では、自分の作品を仕上げて提出するわけだけど、既成のパターンを使って標準的な造りの洋服を作るのとは、今回は訳が違う。
まず、頭に思い描いたデザインになるように、パターンを起こすことからして自力では無理な有様だった。何とか同級生の力を借りてそこまでは手伝ってもらえたが、実際に服を作る段になるとさらに苦手で困り果てた。差し迫ってくると、みんな他人のことに構っている余裕などなくなってくる。
そこで紹介してもらったのが彼女、大木姫子だった。
「可愛い後輩なんだからいじめるなよ」
入学して早々に親しくなり、何となく腐れ縁的にいつも課題を手伝ってもらっていた伊東舞に、そう言って紹介されたのが彼女だった。
「姫子、こっちが木元慎司」
高校の手芸部の後輩だったと聞き、伊東の見た目の派手なナリから、手芸部って柄かよと突っ込んだ。もちろん心の中だけで。
当てになるのか? と尋ねると、返ってきたのは、あんたよりよっぽどねとの言葉。
初対面の日にはちょっと驚いた。
なんというか、大木姫子は服飾系の学校では目立つ子だった。いや、逆の意味で。
服飾系の学校だけあって、うちの学生の服装はみんな自己主張が激しい。ファッション雑誌から抜け出したようなスタイリッシュなのから、やたらと奇抜でセンスがいいのか悪いのかわからないようなのまで、とにかくみんな主張している。そんなうちの学校にあって、彼女のその地味さは悪目立ちした。何でここに来たんだ? と思えるほどに。
もちろん彼女の場合、服を作る技術を学ぶためであって、それ以外の何物でもなかったらしい。
手伝ってもらうに当たって、彼女が最初の課題に提出した作品を見せてもらった。一年先輩である俺が今年仕上げた作品よりよっぽど出来がよく、造りは丁寧で、選んだ布の素材や柄などもよかった。センスが悪いわけでもないと思う。それなのに何故自分が着る服にはこだわりを見せないのか、不思議な気がした。
彼女が自分で着る服は地味という以上に野暮ったい。身体の線を隠すようにダボッとして、ぱっと見た感じ太って見える。身なりを構わないとは言い過ぎだろうけど、もう少し何とかなるんじゃないかと出会った時から思っていた。
そしてスタイルが悪いのかと思っていたけど、本当はそうでないことを今の俺は知ってしまったわけだった。
昨日も、いつものように校内のミシン室を使えるぎりぎりの時間まで手伝ってもらった。その後、夕飯と手伝いのお礼も兼ねて彼女を飲みに誘った。
学校のそばの、学生や若いサラリーマン、OL御用達の居酒屋チェーン店は、すでに混み始めていた。
飲み物を頼もうとしたら、彼女はウーロン茶と言った。
「大木は酒飲まないの?」
「まだ未成年ですから」
その言葉に驚いた。今時こんな堅いことを言うヤツがいたんだ。もしや天然記念物か?
「もう結構飲み会なんかに誘われたりするんだろ? 少しずつ馴れておけよ」
そう言って、ビールより飲みやすいかと、よく女の子が頼むような、少し甘めでアルコール薄めの酒を選んでやったのは俺だった。
「初めて飲みました。なんか案外おいしいかも」
つまみを食べながら少しずつ飲んで、何度かお代わりするうちに堅かった口調もほぐれ、彼女の態度も少しずつ砕けてきた。
内気そうに見えた彼女とは、それまで手伝ってもらっている作業中も無駄話などしたことがなかった。酒で滑らかになった彼女の口から出る話は、それまでの少し堅めな彼女の印象をがらっと変えたのだった。
「うち、商店街の中で洋品店やってるんですけどぉ、なかなか厳しいんですよねー。昔からのお得意様なんかはいますけど、最近はみんなスーツは量販店とか、大手スーパーなんかで買うでしょ? だから父は俺の代で店も終わりだなんて言うんですよぉ」
彼女は酔って少しトロンとした口調で話した。
「小さい頃からお店の片隅で遊んだりぃ、お父さんにいらない端布をもらって、それで縫い物のまねごとしたりして遊んでたんですよ」
「だから器用なんだな」
俺は時々相づちを打って彼女の話を聞いていた。
「お父さんがお店辞めるんならぁ、わたし洋服のリフォームのお店とか出来ないかなぁって思ってるんですよぉ。あと、今の既製服サイズより少しゆったりめでおしゃれな服を作りたいなぁ」
「へぇー」
「知ってますぅ? わたしぐらいの体型の子が洋服買いに行ってもぉ、サイズが合わなくてあんまり選べないんですよぉ」
びっくりした。確かにダボッとした服は着てるけど、そんなに太っているというほどじゃないのに。
「ちょっと腕や足が太いとか、胸やおしりが大きいだけで着られない服ばっかりなんですよぉ。だからそんな人でも着られる服を作りたいなぁ」
夢を語る彼女は何となくいきいきして見えた。
話すうちに彼女が無口というのは間違いだと気付いた。むしろよく喋るし、こちらの話にもよく乗ってくる。知らず知らずのうちに俺も自分がうちの学校を選んだ理由とか、高校時代のばか話まで彼女に披露していた。
飲み始めたのが少し遅い時間だったせいもあったが、思いのほか楽しく飲んでいるうちに、結構時間を過ごしたみたいだ。
「あっ、電車……」
店を出て、彼女が腕時計を見ながら言った。
「え? まだあるだろ?」
まだまだ電車は走っている時間だ。
「うち乗り継ぎが不便で……」
家が少し遠い彼女は、うっかり乗り継ぐ電車の終電に間に合わなくなってしまったらしい。
酔った頭で少し考えた。
「仕方ない、うちに来るか?」
朝はゆっくり寝ていたいタイプの俺が、学校への近さで選んだアパートは、ここから歩いても十五分ほど。誘った時には何の下心もなかった。
うん、……そのはずだ。
アパートに戻った俺達は、いい気分でさらに少し飲んだ。酔いが回って、頬を赤らめていつもとは違った口調で俺に話しかける様子が、妙に可愛く見えてきた。ベッドに寄りかかって、並んで座りながら飲んでいるとき、テーブルに腕を伸ばした瞬間にふと肩が触れあったときから雰囲気が変わったのだった。
どうするよー。
心の中で呟いた。地味な外見から受ける印象そのままに、彼女はやっぱり初めてだった。気付いたときには、俺もすでに引けない状態になっていた。
それなりに遊んできた……、いや、経験を重ねてきた俺だが、処女を食い散らかすようなまねは、これまでしたことがない。軽々に手なんか出していい子じゃなかったのに……。
女の子はやっぱり最初の男は好きな奴がいいと思う。いや、そうじゃなきゃダメだ。
どう見ても酔った勢いだったことに罪悪感を覚える。
俺はそんなにフェミニストという訳じゃないけど、姉と妹に挟まれて育ったせいか、その辺のところはすごく気になるのだ。普段、べたべたに仲がいい姉弟、兄妹という訳じゃないが、姉ちゃんや妹がそんな軽い扱いを受けようもんなら、相手の男を殴りに行くぐらいのことはするかもしれない。
考え込みながらも、隣で眠る彼女をじっくり眺める。掛けていた眼鏡を外すと、普段からほとんど化粧っ気のない顔は肌がきれいで、ふっくらとつつきたくなるような頬。まつげはマスカラもしてないのに長くてばさばさしてる。髪型をどうにかしたらそれだけでも化けるんじゃないだろうか。太って見えたのは多分、胸がアンバランスに大きいのと洋服のチョイスのせいだ。今時の女の子がよしとするよりは確かにふっくらした体つきかもしれないが、ふんわりと抱き心地が良くて、気持ちよかった。
昨日飲んでたときに気付いた、自分の容姿に対する彼女の強い劣等感。
俺ならあんな服を着せて……なんて頭の中で勝手に彼女の服を選び、変身させていく。うん、全然悪くないじゃないか。今のままでもいいけど、自分に自信がなくて消極的になってしまっているんなら、俺が変えてやればいい。
俺とこういうことになったんだから、当然彼女に彼氏もいないよな? 彼氏がいながら俺と、なんてそういうタイプじゃない。
うん、決めた!
彼女と付き合うことにした。
軽い一夜だけの関係じゃなくて、恋人同士になっちゃえばいいんじゃね?
ほとんど俺の罪悪感を和らげるためだけに考えたことだけど、今、俺にも彼女はいないことだし、付き合って悪いわけあるか? すごく好きって訳じゃないかもしれないけど、お互い様だよな? 本当に彼女に好きな奴が出来るまで、俺の彼女として大事にしてやればいいじゃん。昨日飲んでたときだって気持ちよく話も出来たし、うまくやれるんじゃないか? 俺達。
いいこと思い付いたとばかりに、何故かうきうきした気持ちで彼女が早く目覚めないかと、片肘を付いて隣で眠る彼女を眺めた。
後から考えれば、このとき既に俺は彼女にハマりかけていたのかもしれない。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
お待たせしないようにしたいのですが、次話まで間が空いたらごめんなさい。
※専門学校の事情は全然分からないので、文中の学校はわたしの妄想の中の服飾系専門学校とご理解ください。