死亡吸引
朝起きたら、大学生になっていた。大学生の、醜い醜い私。ようやく瘦せることができたと思ったらこれだ。私の人生はいつだって体型に縛られてきた。おしゃれをしようにもデブ、恋愛をしようにもデブ、人付き合いでだって『私』は『私』ではなく『デブな私』だった。中高大とずっとデブだった私。ずっと痩せようとはしていた。運動したし、少食になろうと心がけたし、断食したことすらあった。そうして少しずつ痩せても、ふとした時ストレスから反動が来てまた太ってしまった。他のどんなところを修正することができても、体型だけは、この脂肪だけは、呪いみたいにしつこく私にまとわりついてきた。
社会人になってからようやく、お金を貯めて脂肪吸引の施術を受けることができた。そうして、ようやく私は一般人並みの体型になることができたのだ。私の人生は、ここから幕開ける。就活の時受からなかった第一志望の会社だって、風采の良い今ならきっと受かるに違いない。見た目で常に見下した態度を取ってきたA子だって、今会ったらきっと見返してやることができる。そう思っていたのに。
生まれつき痩せている子には分からないだろう。朝起きて身支度をしている時、自分の醜さをどれだけ誤魔化せるかに執念を燃やす気持ちが。誰かと喋っている時、ふと自分がどう見えているかを気にして自信を無くす気持ちが。好きな人ができても、私なんかがと考えてしまう気持ちが。
あぁ、神様はやはり私にデブという呪いをかけたがっているのだ。タイムスリップまでさせて、私をデブの姿に戻して。痩せるための手術は神の道徳に反することだったのだろうか。でもそんなことは関係ない。私は何度だって痩せて、何度だって人権を手に入れ直すのだ。
私は働いた。脂肪吸引のお金を貯めるために。その為に大学の講義を休むことだってあった。しかし、痩せていることの方が大学の講義で身につく机上の知識よりよっぽど人生を豊かにするとは思わないだろうか。見下されていると思いながらも、一応の付き合いのあるA子は心配するような口ぶりをしていた。きっと私が痩せてしまうことで、隣に都合の良い比較対象がいなくなって自身の市場価値が下がるとでも思っているのだろう。
半年ほど死ぬ気で働いた私は、ようやくまた脂肪吸引の施術を受けるお金を手に入れた。これでまた、普通の人間に戻れる。世間から正当な評価を受けることができる。そう思っていた。だが、何かが違う。私は確かに普通の体型を手に入れたのに。A子はまだ私を馬鹿にするような口調をしていた。第一志望の企業にも受からなかった。私は一体、何の為に痩せようとしていたのだろう。
二度目の大学生、現役時代よりも遥かに上手く行って然るべきその生活で、私は何を得たのだろうか。ひょっとして、痩せることに意味などなかったというのだろうか。違う。私は確かに解放された。普通の体型になることで、劣等感が少しだけ晴れたように感じられた。足りないのだ。まだ痩せなければならない。私は、まだデブなのだ。
そう考えた私は、また同じクリニックに行って脂肪吸引をしてもらおうとした。しかし、条件を満たしていないという理由で断られてしまった。私のような人間はよくいるらしく、先生はこれ以上見た目を気にしない方がいいと忠告してきた。そんな先生は普通の体型をしていた。私が感じてきた気持ちなんて、一寸だって理解していないのだろう。
痩せる。痩せる。痩せる。脂肪吸引にはもう頼れない。自分で痩せようにもリバウンドが怖い。それなら強制的に絶食すればいいのだ。私は、内頬をカッターナイフで切り付け、食事をすると痛みを感じるようにした。口腔内の傷は治りが遅い。これでしばらくは保つだろう。口から血が流れてきた。なんだか、この血と一緒に私の負の部分が流れ落ちているかのように感じられた。
その後の一週間は地獄だった。食べるという行為で脳に報酬が与えられると同時に痛みで不快感が与えられる。なるべく固形の食べ物を避けて、サプリメントや栄養ゼリーで栄養を補給するように心がけた。傷が治りかけたらまた口内を切り付けた。この生活を続けているうちに、まともな食事を摂らないことに慣れてきた。
そんな生活を続けていると、いつのまにか周りに人が寄り付かなくなっていた。でも、もはやどうでも良かった。私は痩せていれば私であり、それ以外の何もいらないのだ。A子は「死ぬよ」とだけ言って縁を切っていった。
いつに間にか食べたものを嘔吐する癖ができていた。折角摂った栄養も吐瀉物と一緒に体外に排出され、私はますます痩せていった。最初は口内に留まっていた自傷も、全身に広がっていった。
私はいつ死ぬことができるのだろう。死んだ後、誰かに見つかった時、私はどんな姿で朽ちているだろうか。せめて、痩せこけた綺麗な姿で死んでいるといいな。




