第39話 鋼鉄の包囲網と海の支配者
空での死闘を制した私たちは、休む間もなく王国鉄道の特別便で南下し、港湾都市ポート・ロイヤルを見下ろす丘の上に立っていた。
眼下に広がる光景に、シルヴィアが絶句する。
「なんてこと……。海が、埋め尽くされていますわ」
美しい青色だった港湾は、今や鈍色の鋼鉄で覆われていた。
ガレリア帝国艦隊。
その数、およそ五〇隻。
中心に鎮座するのは、我が『オオワダツミ』を一回り大きく、さらに重武装化させた超弩級戦艦――ヴァレリウス皇子の座乗艦『グラン・ガレリア』だ。
「……完全に封鎖されているな。蟻一匹通さない構えだ」
私は双眼鏡を下ろした。
港の桟橋には、逃げ場を失った市民たちが集められ、帝国兵の監視下に置かれている。人質だ。
その時、港に設置された拡声器から、冷ややかな声が響き渡った。
『――ようこそ、ヴェルダン公爵。空での勝利、おめでとう』
ヴァレリウスの声だ。こちらの到着を正確に予測していたか。
『だが、海は私の領域だ。……単刀直入に言おう。一時間以内に無条件降伏せよ。さもなくば、この港を地図から消す』
脅しではない。奴の艦隊が一斉射撃すれば、木造建築の多いポート・ロイヤルは一瞬で瓦礫の山と化す。
「どうしますか、アルス様。正面から『オオワダツミ』で突っ込んでも、五〇対一では勝ち目がありません」
港の隠しドックで待機させている『オオワダツミ』の艦長代理を務めるリリーナが、通信機越しに焦りを滲ませる。
「……正面から行くから負けるんだ。奴の計算の外から攻める」
私は海図を広げた。
ヴァレリウスは合理的だ。だからこそ、「海戦は海の上でするもの」という常識に囚われている。
「カイト、オオワダツミの気密性は?」
『完璧だぜ旦那。潜水艦並みとは言わねぇが、ハッチを閉めれば水は入らねぇ』
「十分だ。……これより作戦を開始する。オオワダツミを『潜航』させる」
「せ、潜航ですって!? 潜水機能なんてありませんわよ!」
シルヴィアが驚く。
「機能がないなら、魔法で補うまでだ。……行くぞ、土木工事の時間だ」
◇
帝国艦隊旗艦『グラン・ガレリア』のブリッジ。
ヴァレリウス皇子は、グラスのワインを揺らしながら、整然と並ぶ自軍の艦列を眺めていた。
「……時間だ。回答はないか」
彼は時計を見た。
情け容赦はない。彼は合理性の化身だ。降伏しないなら、見せしめに街を焼く。それが最も効率的な統治手法だからだ。
「全艦、砲撃用意。……目標、ポート・ロイヤル市街地」
巨大な砲塔が旋回し、黒い砲口が街に向けられる。
市民たちの悲鳴が上がる。
「撃て」
彼が命令を下そうとした、その瞬間。
ズズズズズズズッ……!!!
海面が、不気味に盛り上がった。
砲撃による振動ではない。海底から何かが突き上げてくるような揺れだ。
「なんだ? 地震か?」
「殿下! ソナーに感あり! ……ち、直下です! 艦隊の真下から、巨大な質量反応が急速浮上!」
「真下だと……!?」
ヴァレリウスが初めて表情を崩した。
次の瞬間。
ドッバァァァァァァァン!!!
帝国艦隊の中央、最も警戒が手薄な「懐」の海面が爆発したかのように弾け飛んだ。
大量の海水と土砂と共に躍り出たのは、泥まみれの黒い巨体――『オオワダツミ』だった。
「ば、馬鹿な! 潜水艦など持っていないはずだ!」
「潜水艦ではない! あれは……泥のトンネルか!?」
参謀が叫ぶ。
そう、私は『オオワダツミ』を潜らせたのではない。
土木魔法で海底の土砂を操り、船全体を包み込む「移動式ケーソン(箱)」を作り、海中を強制的に移動してきたのだ。
名付けて『海底シールド工法・強行突破バージョン』。
「総員、撃ち方始めッ!! 遠慮はいらん、至近距離射撃だ!」
海面に飛び出した『オオワダツミ』の甲板で、私は叫んだ。
敵艦隊のど真ん中。周囲は全て敵艦だ。つまり、どこに撃っても当たる。
ズドン! ズドン! ズドン!
三連装魔導カノン砲が火を噴く。
あまりに近い距離での砲撃に、帝国艦の装甲など紙切れ同然だ。
「ぐわぁぁぁッ!」
「味方に当たる! 撃ち返せません!」
帝国艦隊は大混乱に陥った。
密集陣形が裏目に出た。撃てば味方に誤射してしまうため、彼らは反撃できない。
一方、こちらは回転しながら全方位に弾幕をばら撒く。
オオワダツミが暴れるたびに、敵艦同士が衝突し、誘爆を起こしていく。
◇
『グラン・ガレリア』のブリッジが激しく揺れる。
ヴァレリウスは手すりを掴み、目の前で蹂躙される自軍を見つめていた。
怒りはない。あるのは、純粋な驚愕と、わずかな称賛だった。
「……海底を掘って進むとはな。船乗りには思いつかん発想だ」
彼は冷静にマイクを取った。
『見事だ、ヴェルダン公爵。……私の計算を超えてきたか』
混戦の中、私の通信機に彼の声が届く。
「ヴァレリウス殿下。チェックメイトです。……貴方の艦隊は機能不全だ。降伏をお勧めする」
『ふっ……。面白い冗談だ』
ヴァレリウスは薄く笑った。
『機能不全? いいや、まだ「駒」は残っている』
ズシンッ!
突如、海中から巨大な鋼鉄のアームが伸び、『オオワダツミ』の船体を掴んだ。
船が大きく傾く。
「なっ、なんだ!?」
「クラーケンか!?」
海面に浮上してきたのは、帝国艦隊の影に隠れていた、巨大な異形の潜水兵器だった。
タコのような多脚型魔導機械。
『これは「海機」。海底資源採掘用の試作機を軍事転用したものだ。……土木技術を使うのは、貴殿だけではないぞ』
ヴァレリウスの冷徹な声。
巨大なアームが『オオワダツミ』を締め上げ、船体に亀裂が走る。
「くっ……! やるな!」
「アルス様! 機関室が圧迫されています! 出力低下!」
リリーナの悲鳴。
海上の艦隊戦は撹乱できた。だが、海中からの締め付けには手出しできない。
絶体絶命かと思われた、その時。
ヒュンッ! ザシュッ!
一条の閃光が走り、巨大なアームの一本が切断された。
『――助太刀いたす!』
凛とした声と共に、東の水平線から高速で接近する船団があった。
桜の紋章を掲げた、瑞穂皇国の水軍だ。
その先頭に立つのは、見覚えのある女性。
「カグラ殿!」
カグラが甲板から飛び上がり、空中で刀を構える。
「瑞穂流抜刀術奥義――『海神断』ッ!!」
彼女の刀から放たれた衝撃波が海を割り、海中のタコ型兵器を真っ二つに両断した。
「遅くなり申した! ……瑞穂皇国、同盟の約定に従い推参!」
「アステリアの危機と聞き、じっとしてはいられんからのう!」
後続の船には、サクヤ帝とゲンサイの姿もあった。
最強の援軍到着だ。
「……形勢逆転だな、ヴァレリウス殿下」
私はアームの拘束が解けた『オオワダツミ』の主砲を、旗艦『グラン・ガレリア』のブリッジに向けた。
「さあ、どうする? このまま沈むか、それとも撤退か」
ヴァレリウスは数秒沈黙し、そして静かに言った。
『……退け。全艦、撤退だ』
彼は無駄な抵抗を選ばなかった。
帝国艦隊は煙幕を張り、傷ついた船を曳航しながら沖へと去っていった。
ポート・ロイヤルに歓声が上がる。
陸、空、海。
三方面全ての防衛に成功した瞬間だった。
だが、これは緒戦に過ぎない。
帝国本土にはまだ強大な戦力が残っている。そして何より、ヴァレリウス皇子という怪物は、まだ本気を出していない。
私は去りゆく敵艦を見つめ、次なる戦い――帝国本土への逆侵攻を決意していた。




