第38話 紅の皇女と最終決戦兵器
東部戦線での勝利から数時間後。
王都アステリアの上空は、地獄の様相を呈していた。
ヒュルルルルルル……ズドォォォォン!!
雲の切れ間から降り注ぐ爆弾の雨が、美しい王都の街並みを破壊していく。
逃げ惑う市民の悲鳴と、建物の崩壊音が響き渡る。
空を覆い尽くすのは、ガレリア帝国の機竜軍団。その数、五〇〇。
「……虫ケラどもが。燃えろ、全て燃やし尽くせ!」
上空一万メートル。
旗艦である超巨大機竜の背で、ヒルデガルド皇女は狂気じみた高笑いを上げていた。
彼女の目は血走り、かつての凛とした美貌は憎悪で歪んでいる。
「アルス……アルス・フォン・ヴェルダン! お前の愛する国が灰になる様を、特等席で見届けるがいい!」
◇
一方、迎撃に出た空挺戦艦『スカイ・アーク』のブリッジ。
シルヴィア王女は、揺れる指揮官席で必死に叫んでいた。
「第四区画、被弾! 消火急いで! ……対空砲、弾幕を絶やさないで!」
「数が多すぎます! 落としても落としても湧いてきます!」
通信兵が悲鳴を上げる。
スカイ・アークは孤軍奮闘していた。
カイトが急造した小型魔導戦闘機隊『スカイ・ナイト』も出撃しているが、圧倒的な物量差に押されている。
「くっ……! このままでは……!」
シルヴィアが唇を噛んだその時。
ズバンッ!!
ブリッジのハッチが開き、風と共に二つの影が飛び込んできた。
「待たせたな、シルヴィア様!」
「主、到着」
陸戦を終え、小型機で強行着艦した私とカエデだ。
「アルス様! ああ、ご無事で……!」
「泣くのは後だ。状況は?」
「最悪ですわ。敵の旗艦……あの赤い機竜、様子がおかしいのです。こちらの魔法攻撃が全く効きません!」
私は窓の外を見た。
そこにいたのは、以前戦った機竜ではなかった。
ヒルデガルドの乗る機体は、背中に埋め込まれた不気味な紫色の結晶から脈動する光を放ち、周囲の機竜や、大気中の魔素を無差別に吸収しながら巨大化していたのだ。
機械と生物が融合した、醜悪な怪物。
「……『魔導炉心暴走』か。禁断の古代兵器を無理やり接続したな」
あれはもう兵器ではない。制御不能のエネルギーの塊だ。
魔法を撃っても吸収され、さらに巨大化するだけだ。
『見つけたぞぉぉぉ! アルスゥゥゥッ!!』
通信機からヒルデガルドの絶叫が響く。
怪物の口が開き、極太の紫色の光線――『重力崩壊砲』が放たれた。
ズガァァァァン!!
スカイ・アークの防壁が一撃で粉砕され、船体が大きく傾く。
「きゃあああっ!」
「装甲溶解! ダメだ、次の直撃は耐えられねぇ!」
機関室のカイトが叫ぶ。
魔法は効かない。防御も持たない。
詰みか?
いや。魔法が通じないなら、魔法以外で殺すまでだ。
「……シルヴィア様。総員退避だ」
「え?」
「この船の乗員を全員、脱出ポッドに乗せて地上へ逃がせ。カイトとカエデも連れて行け」
「な、何を言っていますの!? アルス様は!?」
私は操舵輪を握りしめ、前方の怪物を見据えた。
「私は残る。……こいつをぶつける」
「ぶつける……って、まさか特攻する気ですか!?」
「特攻じゃない。『質量攻撃』だ。……魔法を吸うなら吸わせてやる。だが、数万トンの鉄塊が音速で突っ込んできたら、吸収しきれるかな?」
物理法則(F=ma)。
質量と加速度は裏切らない。
もっとも原始的で、もっとも確実な破壊手段。
「嫌です! 私も残ります!」
シルヴィアが私の腕にしがみつく。
「貴方を一人で死なせたりしません! ……私は王女です。この国の空を守る義務があります!」
「……主よ。影は本体から離れない」
カエデも静かに剣を抜き、私の背後に立った。
「……やれやれ。頑固な女性ばかりで困るな」
私は苦笑し、覚悟を決めた。
「よし。……カイト! エンジン臨界解除! 全エネルギーを推進力へ回せ!」
『へへっ、そうこなくちゃな! 行ってこい旦那! 一番でかい花火だ!』
スカイ・アークの四基のプロペラが爆音を上げ、船体が震動する。
ターゲットは、真正面の怪物。
「総員、衝撃に備えろ! ……抜錨!!」
ズゴォォォォォォォッ!!!
巨体が加速する。
回避行動を取ろうとする敵機竜など無視し、弾丸となって直進する。
『な、なんだ!? 貴様、自爆する気か!?』
ヒルデガルドの驚愕の声。
「自爆じゃない! 交通事故だッ!」
怪物が慌てて光線を放つが、加速したスカイ・アークはそれを紙一重でかわし――あるいは装甲で弾きながら突っ込む。
距離がゼロになる。
「いっけぇぇぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォォォォォォン!!!!!
世界が白く染まった。
スカイ・アークの鋭利な艦首が、怪物の胸部に深々と突き刺さった。
鋼鉄と肉が砕ける不快な音。
そして、運動エネルギーの解放による衝撃波が、周囲の機竜を一掃する。
『が、あ……あがががが……!?』
ヒルデガルドの悲鳴。
怪物の核である古代炉心が破壊され、暴走したエネルギーが逆流する。
怪物の体が内側から崩壊を始めた。
「脱出するぞ! 全員、捕まれ!」
私はシルヴィアとカエデを抱え、ブリッジの窓を蹴破って外へと飛び出した。
背後で、スカイ・アークと巨大機竜が絡み合ったまま大爆発を起こす。
空に、二つ目の太陽が生まれた瞬間だった。
◇
私たちは、カイトが遠隔操作してくれた脱出艇で、爆風の中を滑空していた。
眼下では、旗艦を失った帝国軍が算を乱して撤退していくのが見える。
「……終わった、のですか?」
シルヴィアが煤だらけの顔で呟く。
「ああ。……空の脅威は去った」
私は爆発の煙を見上げた。
ヒルデガルド皇女。
彼女の歪んだ愛国心と狂気は、私の作った船と共に空の藻屑となった。
勝利だ。だが、代償は大きかった。私の最高傑作『スカイ・アーク』は失われた。
「……また作ればいいさ。次はもっと頑丈なやつをな」
私の強がりに、シルヴィアは涙を拭いて、強く頷いた。
「はい。……手伝いますわ、アルス様」
これで東部と空は守った。
残るは海。
ポート・ロイヤルを封鎖する鋼鉄艦隊と、それを指揮する冷徹な皇子ヴァレリウス。
最終決戦の舞台は、海へと移る。




