第37話 暴走する列車と鉄路の罠
アステリア王国の東部幹線。
かつてはのどかな田園風景を走り抜けていたその鉄路を、今は無骨な鉄の塊が埋め尽くしていた。
ガレリア帝国軍の装甲列車部隊。
先頭を走るのは、鹵獲した『ヴェルダン型』機関車を改造し、前面に巨大な衝角を取り付けた強襲車両だ。
その後ろには、最新鋭の魔導戦車を満載した貨車が数十両も連なっている。
「速い! 実に速いぞ!」
先頭車両の司令席で、帝国軍の師団長が葉巻を揺らして笑った。
窓の外の景色が飛ぶように流れていく。
「時速八〇キロ……。徒歩なら数日かかる距離を、わずか一時間で踏破するとはな。ヴェルダン公爵には感謝せねばなるまい。奴が作ったこの道が、我々を王都の玉座へ導いてくれるのだからな!」
「はっ! このまま行けば、正午には王都中央駅に突入、昼食は王城で食えますな!」
部下たちも勝利を確信していた。
線路は一直線に王都へ伸びている。障害物はない。
彼らは知らなかったのだ。
その線路の分岐点の一つ一つが、すでに敵の手中にあることを。
◇
ヴェルダン別邸、地下総合指令室。
巨大なスクリーンには、鉄道網の路線図が光の網として表示されていた。
その前で、リリーナ・フォン・エヴァーガーデンは、指揮棒ではなく、愛用の万年筆を指先で回していた。
「……現在、敵列車は第三閉塞区間を通過。速度維持。……ふふ、予定通りですわ」
彼女の瞳は、獲物を追い詰める狩人のように冷徹で、そして微かに楽しげに輝いている。
彼女の目の前には、鉄道管制用の魔導コンソールがある。
これは本来、数千本の列車の運行を安全に管理するためのシステムだ。
だが今は、敵を地獄へ送るためのスイッチ盤と化している。
「アルス様。敵の先頭集団、まもなく『魔のカーブ』、ポイント104へ差し掛かります」
「許可する。……派手にやってくれ」
私が頷くと、リリーナはニヤリと笑い、コンソールのレバーを操作した。
「了解しました。……それでは、帝国軍の皆様。アステリア名物『遅延地獄』へようこそ」
◇
帝国軍の列車内。
突然、運転席の魔導計器が狂ったように明滅を始めた。
ピーーーッ!! という警告音が鳴り響く。
「な、なんだ!? エンジン異常か!?」
「いいえ、信号です! 前方の信号機が……全部『赤』に変わりました!」
運転士が叫ぶ。
窓の外を見ると、線路沿いの信号機が、赤、青、黄とデタラメに点滅し、まるでディスコライトのようになっている。
「構わん! 無視して進め! 故障だろう!」
師団長が怒鳴る。
列車は減速せず、カーブへと突入した。
その瞬間。
ガコンッ!!
線路のポイント(分岐器)が、勝手に切り替わった。
本来なら直進すべき本線から、急角度で曲がる「待避線」へと誘導されたのだ。
時速八〇キロで急カーブに突っ込めば、どうなるか。物理法則は慈悲を持たない。
「う、うわあああああっ!!?」
キギギギギギッ!!
車輪が悲鳴を上げ、巨大な遠心力が車体を襲う。
先頭車両が傾き、片輪が浮いた。
そして次の瞬間、列車は脱線し、横倒しになって地面を滑走した。
ドガガガガガッ!! ズドォォォォン!!
凄まじい轟音と共に、後続の貨車たちが次々と玉突き衝突を起こす。
積載されていた戦車が放り出され、線路脇の林に突っ込んでいく。
「な、何が起きた……!」
横転した車両から這い出した師団長は、信じられない光景を見た。
自分たちの列車だけでなく、後続の第二、第三列車までもが、別のポイントで支線(行き止まり)に誘導され、車止めに激突したり、同じ線路をぐるぐると回るループ線に閉じ込められたりしている。
大渋滞。大混乱。
王都へ続く大動脈は、鉄屑の墓場と化していた。
「おのれ……! 誰かが操作しているのか!?」
「その通りだ」
頭上から声が降ってきた。
師団長が見上げると、線路脇の小高い丘の上に、白衣を翻す一人の男――私が立っていた。
「よお、帝国軍諸君。……ここは私の庭だ。勝手に土足で踏み込んで、タダで通れると思ったか?」
「き、貴様は……アルス・フォン・ヴェルダン!」
「戦車を下ろせ! 奴を撃て!」
師団長の命令で、無事だった数台の魔導戦車がハッチを開き、砲塔を私に向けた。
列車がダメなら、戦車で進むつもりか。
だが、甘い。
「ここは『埋立地』だと言ったはずだが?」
私は指を鳴らした。
事前に線路の下に仕込んでおいた、私の魔力が発動する。
「土木魔法・広域展開――『泥沼化』」
ズブブブブッ……!
線路周辺の地面が一瞬にして液状化した。
硬い地面だと思っていた場所が、底なし沼へと変貌する。
「なっ!? 戦車が沈む!?」
「キャタピラが空回りして動けん!」
重量三〇トンの魔導戦車にとって、泥沼は最悪の天敵だ。
自重でズブズブと沈んでいき、砲塔だけを残して身動きが取れなくなる。
蟻地獄だ。
「さあ、仕上げだ。……カイト、準備はいいか?」
『おうよ旦那! 射線確保、仰角固定! いつでも撃てるぜ!』
丘の向こうから、低い駆動音が響いてきた。
木々をなぎ倒して現れたのは、通常の列車ではない。
二両連結の巨大な台車に載せられた、口径八〇〇ミリの超巨大砲。
列車砲『グラン・ベルタ』。
本来はトンネル掘削の発破用だが、今はアステリア最強の矛だ。
「な……なんだあの化け物は……!」
師団長が絶望の声を上げる。
「インフラを舐めるなよ。……撃てッ!!」
ズドンッ!!!
大気が震え、鼓膜が破れんばかりの轟音が響いた。
放たれた巨大な魔力弾は、弧を描いて泥沼でもがく帝国軍のど真ん中に着弾した。
カッ……!!
閃光。そして遅れてやってくる爆風。
一撃で、先頭集団の戦車隊が消し飛んだ。
クレーターだけを残して。
「ひ、ひぃぃぃッ! 逃げろぉぉっ!」
「こんなの勝てるわけねぇ!」
生き残った兵士たちは戦意を喪失し、泥まみれになりながら我先にと逃げ出した。
東部戦線の帝国軍、壊滅。
私は丘の上から、敗走する敵を見下ろして通信機を入れた。
「リリーナ、東は片付いた。……そちらはどうだ?」
『お見事ですわ、アルス様。列車の運行ダイヤは少々乱れましたが……清掃が終わればすぐに復旧可能です』
リリーナの声は弾んでいた。
陸の防衛は成功だ。
だが、まだ終わっていない。
空からは機竜の群れが、海からは鋼鉄艦隊が迫っている。
「次は空だ。……シルヴィア様、頼んだぞ」
私は空を見上げた。
そこには、王都へ向かう黒い雲――ヒルデガルド皇女の執念が迫っていた。




