第35話 万国博覧会と世界の要人たち
王都アステリアの郊外。
かつては何もない荒野だったその場所は、今や世界で最も輝く「未来都市」へと変貌を遂げていた。
『第一回・世界魔導産業博覧会』。
私が発案し、国王陛下の勅命で開催されたこの祭典は、アステリア王国の威信をかけた一大プロジェクトだ。
会場の中心には、ガラスと鉄骨で組まれた巨大なドーム『クリスタル・パビリオン』がそびえ立ち、その周囲を鉄道、航空、通信、医療といったテーマ別の展示館が取り囲んでいる。
「……壮観だな。我ながら、よく作ったものだ」
私はメインゲートに立ち、絶え間なく入場してくる群衆を見つめた。
アステリア国民だけではない。肌の色も、服装も異なる世界中の人々が、この「未来」を目撃しようと押し寄せている。
彼らの足元にあるのは、私の土木魔法とカイトの機械技術を融合させた『動く歩道』だ。
「うわぁっ! 地面が勝手に動くぞ!」
「見て! あっちには自動で演奏するピアノがあるわ!」
歓声と驚嘆の声。
かつて「悪魔の技術」と恐れられた私の発明は、今や「希望の光」として世界を照らしていた。
「アルス様! チケットの売り上げ、開始一時間で予想の三倍ですわ!」
リリーナが興奮気味に駆け寄ってくる。今日は彼女も受付嬢のような制服を着て、陣頭指揮を執っている。
「関連グッズも飛ぶように売れています。……フフフ、これでまた研究予算が増やせますわね」
彼女の目が「¥(円)」マーク……いや「G」マークになっているのを横目に、私は来賓用ゲートへと向かった。
今日のメインイベント、各国の要人たちを出迎えるためだ。
◇
最初に到着したのは、東の空から飛来した定期便『スカイ・アーク』二番艦だった。
タラップから降りてきたのは、豪奢な十二単をまとい、優雅に扇子を揺らす少女。
「久しいな、アルス! 息災であったか?」
「サクヤ帝、ようこそアステリアへ」
瑞穂皇国の若き女帝、サクヤだ。後ろには剣聖ゲンサイと、護衛のカエデ(の同僚たち)が控えている。
サクヤは私の顔を見るなり、公衆の面前も構わず駆け寄り、私の手を握った。
「会いたかったぞ! 手紙やラジオもよいが、やはり直に触れねば温もりが分からぬからのう」
「へ、陛下! 人目がございます!」
ゲンサイが慌てるが、サクヤは気にしない。
「ふん、構わぬ。……それにしても、凄まじいな。鉄の道が勝手に動き、夜でもないのに光が溢れておる。まるで竜宮城じゃ」
彼女は博覧会の景色に目を輝かせた。
続いて、西の『商業連合』の代表団が到着し、彼らもまた、展示されている魔導機器の数々に、「これはいくらで買える!?」と商魂を燃やしていた。
会場は平和と友好の空気に満ちていた。
だが、その空気は、最後のゲストの到着と共に一変した。
ズズズズズ……。
重苦しい地響きと共に現れたのは、黒塗りの重装甲馬車列。
掲げられた旗は、覇権国家『帝政ガレリア』の双頭の鷲。
馬車から降り立ったのは、以前戦ったヒルデガルド皇女……ではない。
長身痩躯。氷のように冷たい銀髪をオールバックにし、完璧に着こなした軍服。
その瞳は、感情を一切映さない深海のような青色をしていた。
ガレリア帝国第一皇子、**ヴァレリウス・フォン・ガレリア**。
武闘派の妹とは対照的に、「冷徹な知将」として知られる男だ。
「……お初にお目にかかる、ヴェルダン公爵。噂の『魔法使い』殿」
「歓迎いたします、ヴァレリウス殿下。……まさか、次期皇帝と名高い貴方様が直接いらっしゃるとは」
私が手を差し出すと、彼は革手袋をしたまま軽く握り返した。
冷たい。体温を感じないほどの手だった。
「妹が世話になったようだね。……彼女は猪突猛進で困る。私の目的は、貴殿の作った『平和の祭典』とやらを学ぶことだ。他意はない」
「それは光栄です。では、ご案内しましょう」
◇
私はヴァレリウスを連れ、会場を回った。
鉄道館では高速列車の模型を、通信館ではラジオ放送の仕組みを、医療館では新薬の展示を見せた。
彼は一度も驚かなかった。ただ、無表情に観察し、時折鋭い質問を投げかけてきた。
「……なるほど。この通信網を使えば、前線の部隊へ瞬時に命令を下せるな」
「……この鉄道があれば、兵站の速度は三倍になる」
彼の感想は、すべて「軍事」の視点だった。
夕暮れ時。私たちは会場全体を見渡せるVIPルームのバルコニーに出た。
「素晴らしい技術だ、公爵」
ヴァレリウスはワイングラスを傾けながら、初めて薄い笑みを浮かべた。
「貴殿は、世界を小さくした。移動時間を消し、情報の壁を壊した。……だが、気づいているか? 世界が小さくなるということは、それだけ『支配しやすくなる』ということだ」
私は彼を見据えた。
「……私の技術は、人々を豊かにするためのものです。支配のためではありません」
「綺麗事だな。……力なき技術は、強者への貢ぎ物に過ぎん」
彼はグラスを置いた。
「我が帝国は、貴殿の技術を解析し、すでに模倣を終えつつある。……貴殿が作った鉄道で、我が軍が攻め入る日も遠くないだろう」
「その時は、私のインフラが貴方たちを阻む壁になりますよ」
「ほう? 楽しみだ」
ヴァレリウスは踵を返した。
「今日の視察は有意義だった。……次会う時は、戦場だろうな。天才技術者殿」
彼は去っていった。
その背中には、妹のヒルデガルドのような激情はない。あるのは、冷徹な計算と、絶対的な自信だけだった。
最も厄介な敵だ。
◇
夜。
フィナーレを飾る花火が、夜空に打ち上げられた。
ドーン! パァァン!
色とりどりの光の華が、クリスタル・パビリオンを照らす。
特設ステージでは、シルヴィア王女が平和への祈りを込めた新曲を歌い上げている。
観客たちは肩を組み、涙を流して聞き入っている。
サクヤ帝も、リリーナも、カイトも、カエデも、みんな笑っている。
だが、私は花火の光の中に、来るべき戦火の予兆を見ていた。
ヴァレリウスの言葉が耳に残る。
『世界が小さくなれば、支配しやすくなる』。
私が作ったインフラは、諸刃の剣だ。
平和利用すれば繁栄をもたらすが、悪用されればかつてない規模の世界大戦を引き起こす。
「……守りきれるか。この笑顔を」
私は拳を握りしめた。
内政チートの時代は終わった。
これからは、私が作った世界そのものを守るための、総力戦が始まる。
夜空に咲く大輪の花火。
それは、一つの時代の終わりと、激動の最終章の幕開けを告げる号砲のようだった。




