第33話 新聞記者とスクープ合戦
ラジオ放送の成功により、ヴェルダン公爵家の名は王都の隅々まで知れ渡った。
だが、私は満足していなかった。
ラジオは即時性に優れているが、流れて消えてしまう。
情報を「記録」し、「検証」し、そして確実に人々の記憶に刻み込む媒体が必要だ。
「……というわけで、新聞を作るぞ」
ヴェルダン別邸の地下、拡張された新エリア。
そこには、カイトが設計し、ドワーフの職人たちが組み上げた巨大な鉄の機械が鎮座していた。
魔導輪転機。
従来の木版印刷とは比較にならない、毎時一万部を刷り上げる高速印刷機だ。
「旦那、機械は完璧だ。インクも速乾性のやつを調合した。……だが、肝心の『中身』はどうするんだ? 毎日書くネタなんてねぇぞ」
カイトが油のついた手を拭いながら問う。
「ネタならいくらでも転がっているさ。この腐敗した王都にはな。……だが、それを拾ってくる『鼻』の利く猟犬が足りない」
私が腕を組んでいると、リリーナが執務室から降りてきた。彼女の後ろには、ボロボロのコートを着た、小柄で神経質そうな男が一人、衛兵に連れられていた。
「アルス様。……『面接希望者』が来ていますわ。正直、門前払いしたかったのですが」
「ひ、ひどいなぁ、リリーナ嬢。昔のよしみじゃないか」
男が卑屈な笑みを浮かべて顔を上げた。
見覚えのある顔だ。かつて兄ジェラールに取り入り、私を法で追い詰めようとした元財務局の監査官、**スネーク**だった。
「スネークか。ジェラール失脚の煽りでクビになったと聞いていたが?」
「ええ、ええ! その通りですとも! おかげで借金まみれの路頭迷いです!」
スネークは私の足元にすがりついた。
「公爵様! あっしを使ってくだせぇ! こう見えても元役人、帳簿の裏を読むのと、貴族の『ゴミ箱』を漁るのには自信があります!」
「ゴミ箱を?」
「はい! 誰が誰と密会したか、どの店で裏金を渡したか……。役人時代に握った『ネタ』は山ほどあります。それに、今のあっしは失うものがない。どぶ板でも屋根裏でも、どこへでも潜り込みますぜ!」
リリーナが汚いものを見る目で睨む。
「信用できませんわ。また裏切るかもしれません」
「裏切ったら消すだけだ。カエデに頼んでな」
天井裏から「御意」と短い声が降ってきた。スネークがヒェッと悲鳴を上げる。
私はスネークを見下ろし、一つの箱を差し出した。
「採用だ、スネーク。……ただし、文章だけでは弱い。これを使え」
「こ、これは?」
「『魔導写本機』……通称、カメラだ」
光魔法の感光作用を利用し、風景を一瞬で紙に焼き付ける魔導具。
まだ試作段階だが、決定的な瞬間を切り取るには十分だ。
「お前には、我が新聞社『ヴェルダン・タイムズ』の編集長を任せる。……最初の仕事だ。ラジオ放送を妨害しようとした連中の、資金源を洗え」
スネークはカメラを受け取ると、その目に初めて、卑屈さとは違う「野心」の光を宿した。
「……へへっ、面白ぇ。筆とこの箱で、高慢ちきな貴族どもを刺せばいいんですね? 天職ですわ」
◇
数日後の早朝。
王都の街角に、インクの匂いも新しい新聞が山積みされた。
『ヴェルダン・タイムズ』創刊号。
その一面を飾ったのは、衝撃的な写真と見出しだった。
**【スクープ! 電波ジャックの黒幕はハミル伯爵か!? 帝国商人との密会現場を激写!】**
記事には、以前予算委員会で私に恥をかかされたハミル伯爵が、路地裏で帝国の工作員らしき男から金袋を受け取っている鮮明な写真が掲載されていた。
スネークが三日三晩張り込み、ゴミ箱の中に隠れて撮影したものだ。
「おい、見ろよこれ!」
「ハミル伯爵って、あの保守派の大物だろ? 国を売ってたのか!」
新聞は飛ぶように売れた。
文字が読めない者も、写真を見れば一目瞭然だ。
「証拠」という暴力。
それはラジオの音声以上に、確かな事実として人々の脳裏に焼き付いた。
その日の午後。
ハミル伯爵邸は、怒れる市民と、記事を見た王都警備隊によって包囲された。
「デタラメだ! 合成写真だ!」と叫ぶ伯爵だが、家宅捜索で帝国の金貨が見つかり、御用となった。
◇
「……クックック。ざまぁ見やがれ。俺をクビにした報いだ」
編集室で、スネークは刷り上がったばかりの夕刊を見ながら、暗い笑みを浮かべていた。
その手には、次のターゲットとなる貴族のリストが握られている。
毒を持って毒を制す。
彼は私が与えた「報道」という権力を、私怨と保身のためにフル活用しているが、結果として王都の浄化に役立っているのだから文句はない。
「よくやった。だが、調子に乗るなよ。捏造記事を書いたら、次は自分が見出しになると思え」
「分かってますよ、ボス。……真実の方が、嘘より面白いですからね」
ヴェルダン・タイムズの発行部数は、創刊一週間で五万部を突破した。
ラジオで関心を引き、新聞で詳細を伝える。
このメディアミックス戦略により、王都の世論は完全に私の掌の上にあった。
だが、光が強ければ影も濃くなる。
私の急激な影響力拡大を、苦々しく見つめる勢力が、ついに動き出そうとしていた。
王都の大聖堂。
ステンドグラスから差し込む光の下、赤い法衣を纏った老人が、私の新聞を火にくべていた。
聖教会の最高指導者、**オルトロス枢機卿**。
「……ヴェルダン公爵。神の理を外れ、人の身で空を飛び、千里の声を操るとは」
燃え上がる新聞を見つめる彼の目は、信仰心という名の狂気に満ちていた。
「科学という名の異端。……浄化せねばなるまい。神の御心のために」
彼は背後に控える「聖騎士団」に目配せをした。
科学対宗教。
これまでとは異なる、思想と信条をかけた戦いが始まろうとしていた。




