第32話 電波ジャックと真実の言葉
第二回ラジオ放送の当日。
王都の中央広場は、前回を遥かに上回る群衆で埋め尽くされていた。
「おい、今日もあの歌が聞けるのか?」
「ああ、なんでも『正午の歌姫』って呼ばれてるらしいぞ」
期待に満ちた熱気が渦巻いている。
この数日で、ラジオという未知の娯楽は、瞬く間に市民の心を掴んでいた。
ヴェルダン別邸のスタジオ。
マイクの前に立つシルヴィアは、前回とは打って変わり、凛とした表情をしていた。
「……行けますわ、アルス様。今日は、もっと遠くまで届く気がします」
「頼もしいですね。では、オンエアまで3、2、1……」
カイトがスイッチを入れる。
放送が始まった。
『王都の皆様、ごきげんよう。……ヴェルダン公爵家のラジオ放送、本日も素敵な音楽をお届けします』
私の前説に続き、シルヴィアが歌い出す。
曲は、明るいアップテンポな民謡。広場の人々が手拍子を始め、街全体が幸福な空気に包まれていく。
全ては順調だった。
――その時までは。
ザザッ……ザザザッ……!!
突然、スピーカーから耳をつんざくようなノイズが走った。
シルヴィアの歌声がかき消され、不快な雑音が広場を支配する。
「な、なんだ!?」
「壊れたのか?」
人々が耳を塞ぐ中、ノイズの向こうから、低く歪んだ男の声が響いてきた。
『――愚かなアステリアの民よ。聞け』
スタジオ内は騒然となった。
「きゃっ!? な、何ですのこの音!」
「旦那! 計器がイカれた! 外部から強力な魔力波が干渉してきやがる!」
カイトが操作盤を叩くが、制御が効かない。
『私は忠告に来た。……今、お前たちが聞いているこの機械。これこそが、国を滅ぼす悪魔の洗脳装置だ』
スピーカーから流れる声は、巧みに不安を煽る口調で語り続けた。
『ヴェルダン公爵は、この技術を使ってお前たちの思考を盗み、異国へ売り渡そうとしている。……見よ、あの鉄の船を。空飛ぶ化け物を。あれは守るためのものではない。お前たちを支配するための首輪だ』
根も葉もないデマだ。だが、未知の技術に対する「潜在的な恐怖」を突いた巧みなプロパガンダだった。
広場の空気が一変する。
「……おい、本当かよ?」
「確かに、最近の公爵様の力は異常だぞ……」
「俺たちの声が盗まれてるって……?」
疑心暗鬼。恐怖。
それらは伝染病のように広場に蔓延し、先ほどまでの笑顔が、敵意ある視線へと変わり始めた。
「まずいですわ……! このままでは、暴動が起きます!」
リリーナが青ざめる。
私は冷静にモニターを見つめ、即座に状況を分析した。
「……周波数ジャックか。我々の放送波より強い出力で、無理やり割り込んできたな」
「どうする!? 電源を切るか?」
「いや、切れば逃げたことになる。それは『肯定』と同じだ」
私はカイトの方を向いた。
「カイト、送信機の安全リミッターを解除しろ。出力を最大まで上げる」
「正気か!? 回路が焼き切れるぞ!」
「構わん。焼き切れる前にカタをつける。……それと、周波数を小刻みに変える『スペクトラム拡散』を行う。敵の妨害波の隙間を縫って、声を届けるんだ」
私はシルヴィアの肩を掴んだ。
「シルヴィア様。……歌うのをやめて、語りかけてください」
「え?」
「貴女の言葉で、真実を伝えるんです。……正体を明かしてでも」
シルヴィアは息を呑んだ。
王女がラジオに出演していたと知れれば、王室の品位に関わると批判されるかもしれない。
だが、彼女の瞳に迷いはなかった。
「……分かりました。私の歌を汚されたままでは、終われませんもの」
「よし。……カイト、今だ! 出力全開ッ!!」
カイトがレバーを押し込む。
キィィィィィン!!
送信機から閃光が走り、魔石が悲鳴を上げるような高周波を発した。
広場では。
帝国のプロパガンダ音声が、突如として爆音にかき消された。
『――お黙りなさいッ!!』
凛とした、しかし怒りを秘めた少女の一喝。
それが、雑音を吹き飛ばし、王都の空に響き渡った。
「な、なんだ!?」
「歌姫の声か?」
静まり返る広場。
スピーカーから、透明感のある、しかし力強い声が流れる。
『姿も名も明かさず、闇に隠れて嘘を囁く卑怯者たちよ。……アステリアの民は、それほど愚かではありません』
シルヴィアはマイクを両手で握り締め、語り続けた。
『皆様、聞いてください。……私は、第三王女シルヴィア・ド・アステリアです』
どよめきが走る。
歌姫の正体が、あの「魔導の申し子」と呼ばれる姫君だったとは。
『私が保証します。ヴェルダン公爵の技術は、国を売るためでも、支配するためでもありません。……皆様の暮らしを、明日を、少しでも明るくしたいという「願い」そのものです』
彼女は窓の外、広場の方角を見つめた。まるで、一人一人の目を見ているかのように。
『考えてみてください。鉄道ができて、遠くの家族に会えるようになりました。船が来て、美味しい魚が届きました。……それが「悪魔の仕業」でしょうか? いいえ、それは私たちが自らの手で掴み取った「未来」です!』
その言葉は、疑心暗鬼に陥っていた人々の心に、温かい光となって染み渡った。
論理ではない。感情と信頼に訴えかける、魂の演説。
『惑わされないで。……私たちの未来は、私たちが決めます!』
演説が終わった瞬間。
広場は、爆発的な歓声に包まれた。
「うおおおおおっ! 姫様万歳!」
「そうだ! 俺たちは公爵様に助けられたんだ!」
「出て行け、卑怯者め!」
群衆は空に向かって拳を突き上げた。
帝国のプロパガンダは、完全に逆効果となったのだ。
◇
一方、王都郊外の山中。
帝国の情報部隊のアジトでは、通信機から煙が上がっていた。
「ば、馬鹿な!? こちらの出力が押し負けた!?」
「逆探知されました! 王都警備隊がこちらへ向かっています!」
隊長は歯噛みし、通信機を蹴り飛ばした。
「ええい、撤退だ! ……あの姫、ただの飾りではなかったか!」
◇
スタジオでは、全てのライトが消え、送信機がプスンと煙を吐いて停止した。
カイトが燃え尽きたように椅子にもたれかかる。
「へへっ……なんとか持ったな。俺の可愛いマシンが黒焦げだが」
「お疲れ様。……最高の仕事だったぞ」
私はカイトの肩を叩き、そしてへたり込んでいるシルヴィアに歩み寄った。
彼女は全身の力が抜けたように震えていた。
「……言っちゃいました。私、王族なのに……あんな大声で……」
「立派でしたよ。貴女の言葉が、国を守ったのです」
私がハンカチを差し出すと、彼女はそれを受け取らず、勢いよく私の胸に飛び込んできた。
「怖かったですわ……! でも、アルス様が信じてくれたから……!」
「よしよし。……よく頑張りましたね」
私は泣きじゃくる王女の頭を優しく撫でた。
リリーナが「やれやれ」といった顔でお茶を淹れ始め、カエデが天井裏から降りてきて無言で親指を立てた。
情報戦争の初戦は、我々の勝利だ。
だが、これで敵も本腰を入れてくるだろう。
「声」だけでは足りない。
次は、「文字」と「映像」だ。
「……新聞を作るぞ」
シルヴィアをあやしながら、私は次なる一手を呟いた。
活版印刷技術と、写真機。
メディアの力を盤石にするための、次なる発明品が私の脳裏に浮かんでいた。




