表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境領主の魔導変革記 ~魔力結晶と魔導列車で、世界の経済と物流を支配する~  作者: Nami


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/41

第30話 見えない糸と魔導通信機



 ヴェルダン公爵家の別邸、その執務室は、戦場のような殺気に包まれていた。


「……遅いですわ! ポート・ロイヤルからの入港報告が、なぜ三日もかかるのですか!」


 リリーナが、羊皮紙の束をデスクに叩きつけた。

 目の前で縮こまっているのは、早馬で駆けつけた伝令兵だ。


「も、申し訳ありません! 途中で街道が土砂崩れで塞がっており、迂回したため……」

「言い訳は結構です。……このタイムラグのせいで、積み荷の生鮮食品が一割腐りました。損失額は金貨三〇〇枚です。分かっていますの?」


 リリーナはこめかみを押さえて溜息をついた。

 彼女の怒りはもっともだ。

 鉄道、船、飛行船。私たちの事業は拡大しすぎた。

 王都、ヴェルダン領、瑞穂、そして西の商業連合。世界中に拠点が点在しているのに、それらを繋ぐ情報の伝達手段が、いまだに「紙と足」なのだ。


 私はコーヒーを置き、リリーナに声をかけた。


「……限界だな、リリーナ」

「ええ、限界です。物理的な移動速度は上がりましたが、私の指示が現場に届く頃には、状況が変わってしまっています。これでは、いずれ組織が崩壊しますわ」


 彼女は眼鏡を外し、疲れた瞳で私を見た。


「アルス様。……どうにかできませんの? 貴方なら、遠く離れた場所に一瞬で声を届ける魔法くらい、作れるのではありませんか?」


 無茶振りだ。だが、それは私が考えていた次なる構想と完全に一致していた。


「……ああ、作れるさ。ちょうど構想を練っていたところだ」

「本当ですの!?」

「『魔導通信機』だ。……リリーナ、明日から伝令はいらなくなるぞ」


          ◇


 翌日、地下工房。

 招集された開発チームの面々は、作業台の上に置かれた奇妙な装置を覗き込んでいた。

 二つの木箱が、長い銅線で繋がれている。


「旦那、こりゃなんだ? 糸電話か?」

 カイトが箱をコツコツと叩く。

「原理は似ているが、媒体が違う。糸の代わりに『雷』と『光』を使う」


 私は黒板に図解を描きながら説明した。


「従来の『伝言魔法』は風属性を使っていた。だが、音は減衰するし、風向きに影響される。数キロが限界だ」

「ええ。宮廷魔導師でも、王都から隣町まで届かせるのがやっとですわ」

 シルヴィアが頷く。


「だから、音を別のエネルギーに変換する。……声の振動を『電気信号』に変え、それを銅線、あるいはいずれは『魔力波マナ・ウェーブ』に乗せて飛ばす」


 私の説明に、全員が首を傾げた。

 無理もない。「変換」という概念がこの世界にはない。


「実験してみよう。……カイト、私が箱に向かって喋る。君は向こうの箱に耳を当ててくれ」


 私は銅線を工房の端まで伸ばし、送話器マイクに向かって声を吹き込んだ。

 原理は単純な電磁誘導だ。魔石の薄膜を振動させ、微弱な雷属性魔力を発生させる。


「……あー、あー。テステス。聞こえるか、カイト」


 十メートル離れた場所で、受話器スピーカーを持ったカイトが顔をしかめた。


「……ダメだ旦那。なんか『ザザッ……ブブッ』ってノイズが聞こえるだけだ。声には聞こえねぇ」


 失敗だ。

 やはり、既存の素材では音の再現性が低い。振動板の感度が悪すぎるのだ。


「もっと薄く、かつ魔力伝導率の高い素材が必要か……。金属板では硬すぎる」

 私が腕を組んで悩んでいると、シルヴィアがふと、自分の首飾りを外した。

 先端に付いているのは、淡く光る青い結晶だ。


「アルス様、これを使ってみてはいかがかしら?」

「それは?」

「『共鳴石エコー・ストーン』です。王家の歌劇団が、劇場の音響を良くするために使っている石ですわ。微かな音でも拾って、増幅する性質があります」


 共鳴石。

 私はその石を受け取り、魔力スキャンをかけた。

 驚いた。この石は、圧力をかけると電気(魔力)を発生させる「圧電素子」そのものだ。


「これだ……! これならいける!」

「カイト! この石を極薄にスライスしてくれ! 厚さ一ミリだ!」

「あいよ! 任せな!」


 カイトの神業的な加工技術により、共鳴石の振動板が完成した。

 それを木箱に組み込み、回路を再接続する。


「よし、再テストだ。……今度は距離を離す」


 私は受話器を持ったリリーナに、工房の外――庭園へ行くように指示した。

 分厚い石壁と、数十メートルの距離。大声では絶対に届かない環境だ。


          ◇


 庭園のベンチに座るリリーナは、半信半疑で木箱の受話器を耳に当てていた。


「本当に聞こえるのかしら……」


 その時。

 受話器の中から、微かだが、はっきりとした男の声が響いた。


『――こちらアルス。……聞こえるか、リリーナ?』


 リリーナは息を呑んだ。

 ノイズはない。まるで、彼がすぐ隣で囁いているかのような、鮮明な声。

 耳元で名前を呼ばれた感覚に、背筋がゾクリと震えた。


「……っ! は、はい! 聞こえますわ、アルス様!」


 彼女は慌てて送話器に向かって叫んだ。


『大きな声を出さなくていい。普通に喋ってくれ』

「あ……ご、ごめんなさい。……すごいですわ。本当に、貴方の声が耳元で……」


 リリーナの頬が朱に染まる。

 遠くにいるはずなのに、すぐ近くに感じる。この奇妙な距離感が、彼女の心拍数を跳ね上がらせていた。


『成功だな。これなら、王都とポート・ロイヤルを繋ぐことも可能だ』

「え、ええ……。これで業務連絡がスムーズになりますわね」


 リリーナは平静を装ったが、受話器を握る手は熱くなっていた。

 これは革命だ。

 伝令も、手紙もいらない。いつでも、どこでも、彼の声が聞ける。

 

          ◇


 工房に戻った私は、興奮気味のチームメンバーに囲まれていた。


「すげぇぞ旦那! こいつは世界を変える発明だ!」

「音質のクリアさに驚きましたわ。共鳴石にこんな使い道があったなんて」


 私はホワイトボードに今後の計画を書き込んだ。


「まずは有線だ。鉄道の線路沿いに通信ケーブルを敷設する。これで主要都市間のホットラインを確保する」

「なるほど。線路のメンテナンス用通路を使えば、敷設コストは安く済みますわね」

 戻ってきたリリーナが、すでに実用化モードに入っている。


「そして次は無線だ。……ケーブルなしで、魔力波を使って声を飛ばす。これができれば、航海中の『オオワダツミ』や、飛行中の『スカイ・アーク』とも連絡が取れるようになる」


 夢は広がる。

 だが、技術には常にリスクが伴う。


 ふと、部屋の隅で気配を消していたカエデが、低く呟いた。


「……便利だが、危ういな」

「どういうことだ、カエデ?」

「声が糸を伝うのなら……その糸の途中で誰かが耳をすませば、盗み聞きできるのではないか?」


 鋭い。

 彼女は技術的な理屈は分からなくても、諜報員としての直感で「盗聴」のリスクを見抜いたのだ。


「その通りだ。通信線に細工をされたり、無線の魔力波を傍受されれば、情報は筒抜けになる」


 私は表情を引き締めた。

 情報革命は、同時に「情報戦争」の幕開けでもある。

 暗号化技術、周波数スクランブル。やるべきセキュリティ対策は山積みだ。


「……対策チームも必要だな。とりあえず、最初の回線は『公爵家専用』として、厳重に管理しよう」


 こうして、世界初の『魔導通信機マナ・フォン』が誕生した。

 私たちはまだ知らない。

 この小さな箱が、やがて国境を越え、人々の意識を変え、そして世界を揺るがすプロパガンダの道具として使われる未来を。


 翌日。

 王城の執務室に設置された通信機から、最初のベルが鳴り響いた。

 それは、時代が加速する合図だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ