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辺境領主の魔導変革記 ~魔力結晶と魔導列車で、世界の経済と物流を支配する~  作者: Nami


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第29話 天空交易路と空の上の休日



 高度三〇〇〇メートルの空に、優雅なピアノの旋律が流れていた。


 空挺戦艦『スカイ・アーク』。

 かつて帝国の機竜を粉砕した戦闘用ブリッジの下層には、実は豪華客船顔負けの「展望ラウンジ」が設けられている。

 大きな窓の外には、黄金色に染まる雲海と、沈みゆく夕日。

 その絶景を眺めながら、着飾った紳士淑女たちが紅茶やワインを楽しんでいる。


「……信じられん。朝、瑞穂の港を出たばかりだぞ?」

「ああ。船なら二週間かかる道のりが、たったの一日とはな」

「見てくれ、この刺身! 朝獲れたばかりの瑞穂の魚が、夕食に王都の上空で食べられるなんて!」


 乗客たちの感嘆の声を聞きながら、私はラウンジの隅で、特別に淹れられたコーヒーを啜っていた。

 『王都~瑞穂』間の定期空路の開設。

 それは、世界を劇的に狭くした。

 鮮度が命の食材、急ぎの書状、そして要人たちの移動。あらゆる「時間」というコストが、この船によって破壊されたのだ。


「……順調すぎて怖いくらいですわ」


 隣の席で、リリーナが分厚い予約台帳をめくりながら溜息をついた。

 彼女は今日、執務服ではなく、淡いクリーム色のドレスを着ている。休暇中……という名目だが、その手は休まっていない。


「向こう三年先まで、チケットは完売。運賃は庶民の年収ほどですが、それでもキャンセル待ちが数千人……。アルス様、貴方はまた、とんでもない『金の卵』を産み落としましたね」

「インフラとはそういうものさ。一度定着すれば、なくてはならないものになる」

「ええ。……おかげで、公爵家の資産は国家予算を超えそうです。管理する私の身にもなってください」


 リリーナは苦笑しながら、私のカップに角砂糖を一つ落とした。

 その仕草は、長年連れ添った妻のように自然で、私は少しドキリとした。


「……ですが、悪くありませんわ。こうして貴方と、雲の上でお茶を飲む日が来るなんて。……最初の頃の、煤まみれの小屋が嘘みたい」

「ああ。ここまで来れたのは、君のおかげだ」


 私たちが微笑み合っていると、突然、ラウンジの入り口が騒がしくなった。


「アルス様ーっ! 見てくださいまし! 流れ星ですわ!」


 シルヴィア王女が、はしゃいだ様子で駆け寄ってきた。

 彼女もまた、王族の堅苦しいドレスではなく、動きやすい白いワンピース姿だ。

 周囲の客が「王女殿下だ!」と驚いて立ち上がろうとするのを手で制し、彼女は私の腕に抱きついた。


「さっき機関室でカイトさんと話していたのですが、反重力コアの調子がすこぶる良いのです! 大気中の魔素と共鳴して、まるで歌っているみたいに……」

「おや、シルヴィア様。また油の匂いをさせて。……ドレスが汚れますわよ?」

 リリーナがチクリと言うが、シルヴィアは気にしない。


「いいのです! この船は私の子供みたいなものですから! ……ねぇアルス様、次はもっと高く、星の海まで行けませんこと?」

「宇宙か……。いずれはな」


 夢を語るシルヴィアの瞳は、窓の外の星空よりも輝いていた。

 空を飛ぶことすら不可能と言われた世界で、彼女の好奇心はすでに大気圏の外を見据えている。


          ◇


 夜も更け、ラウンジの客足が引いた頃。

 私は一人、船体上部の「星見デッキ」へ出て風に当たっていた。

 カイトは機関室でエンジンの守りにつき、リリーナとシルヴィアは部屋に戻っている。


「……主よ。ここにいたか」


 音もなく、頭上の鉄骨から影が降りてきた。カエデだ。

 彼女はいつもの忍び装束だが、少し顔色が悪い。目の下にくまができている。


「どうしたカエデ? 船酔いか?」

「……否。揺れには強い」

「じゃあ、眠れていないのか?」


 カエデは少し言い淀み、俯いてボソリと言った。


「……布団が、柔らかすぎる」

「え?」

「この船の寝台……フカフカすぎるのだ。体が沈み込んで、落ち着かない。……板の間か、屋根裏のような場所はないか?」


 私は思わず吹き出した。

 最高級の羽毛布団を用意させたのが、裏目に出たらしい。

 根っからの忍びである彼女にとって、贅沢すぎる環境は逆にストレスなのだ。


「悪いな。……じゃあ、私の執務室のソファを使うといい。あそこなら少し硬めだ」

「……感謝する。主の匂いがする場所なら、安心して眠れそうだ」


 カエデは真顔でとんでもないことを言い、一瞬だけ微かに笑って姿を消した。

 ……私の匂いで安心するって、どういう意味だ?


          ◇


 翌朝。

 朝食の席で、私は一人の乗客から声をかけられた。

 恰幅の良い、口ひげを蓄えた商人だ。西の大陸を束ねる『商業連合』の大幹部だという。


「やあ、ヴェルダン公爵! 素晴らしい船旅でした。この技術、ぜひ我が連合とも提携させていただきたい!」

「ありがとうございます。いずれ西側への航路も検討しましょう」

「ええ、ぜひ! ……そういえば公爵、西の学者たちの間で、妙な研究が流行っているのをご存知ですかな?」


 商人は声を潜め、興味深い話を始めた。


「『遠話えんわの法』……とか言いましたかな。風魔法を使って、遠く離れた場所に声を届ける実験だそうです。まだ数百メートルが限界らしいですが」

「……声を、届ける?」


 私の箸が止まった。

 風魔法による音声伝達。

 それはつまり、「通信」の萌芽だ。


 今の世界の情報伝達手段は、早馬か、紙の式神、あるいは魔鳩まばとによる物理的な輸送しかない。

 どんなに急いでも、遠方のニュースが届くには数日かかる。

 だが、もし「リアルタイム」で会話ができたら?


「……ビジネスの速度が変わるな」


 鉄道と飛行船で「物」と「人」の移動は極限まで速くなった。

 だが、「情報」の移動速度はまだ追いついていない。

 王都での株価の変動、地方での災害情報、軍事的な命令伝達。

 これらを光の速さで繋ぐことができれば、私の作るインフラ帝国は完成する。


「電話……いや、無線通信か」


 私は商人に礼を言い、すぐにメモを取り出した。

 魔石の周波数同調を使った無線機。あるいは、有線の魔導通信網。

 やるべきことが見えた。


「リリーナ、シルヴィア様、カイト! 至急、会議だ!」


 食堂にいた仲間たちを招集する。

 空の旅の終わりは、次なる革命の始まりだ。


「次は『耳』と『声』だ。……世界中を、見えない糸で繋ぐぞ」


 窓の外、王都アステリアの街並みが見えてきた。

 眼下に広がる都市の風景に、私は無数の「通信線」が張り巡らされる未来を幻視していた。



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