第28話 雲海の激突! 機竜軍団対天空要塞
高度三〇〇〇メートル。
そこは、見渡す限りの雲海と、突き抜けるような蒼穹が広がる静寂の世界……のはずだった。
だが今、その静寂は爆音と噴煙によって引き裂かれていた。
「敵機、三時の方向より接近! 数、五〇! 速いです!」
ブリッジでリリーナが叫ぶ。
雲の切れ間から飛び出してきたのは、黒い金属の翼を持つ異形の群れ――ガレリア帝国の主力航空兵器『機竜』だ。
古代の化石をベースに、魔導エンジンを埋め込んで蘇らせたゾンビ・メカドラゴン。
それらが編隊を組み、我が『スカイ・アーク』に向けて急降下してくる。
「ようこそ、私の空へ。……だが、通行料は高くつくぞ」
私は操舵輪を握り締め、不敵に笑った。
相手は戦闘機のように小回りが利くが、こちらは全長二五〇メートルの超ド級戦艦だ。逃げる必要はない。
「総員、対空戦闘用意! テスト航行に付き合ってくれた礼をしてやれ!」
機竜の群れが一斉に口を開き、赤黒い魔導ブレスを吐き出した。
数百の火球が雨のように降り注ぐ。
逃げ場のない空中で、直撃コースだ。
「きゃああっ!?」
リリーナが思わず身をすくめる。
だが、衝撃は来なかった。
ボボボボボッ……!
火球は船体に命中した瞬間、霧散するように消滅したのだ。
「……効いていませんわ」
シルヴィアが計器を確認し、安堵の息を吐く。
「外皮に使った『空蚕』の絹が、魔力を拡散・無効化しています。それに、私の結界が物理衝撃を吸収……。ダメージ、ゼロです!」
「素晴らしい。最強の盾は実証された。次は矛だ」
私は通信機で砲撃デッキに指示を飛ばした。
「カイト、出番だ! ハエ叩きを始めろ!」
『おうよ! 待ちくたびれたぜ!』
船体の各所に設置されたドーム状の銃座が旋回した。
そこに据え付けられているのは、カイトが開発した『魔導多砲身機関砲』だ。
『喰らいなッ! 弾幕展開!』
ズダダダダダダダッ!!!
毎分三〇〇〇発の魔力弾が、暴風のようにばら撒かれた。
回避運動をとろうとした機竜たちが、次々と光の網に捕らえられる。
翼を千切られ、エンジンを貫かれ、黒い煙を引いて雲海へと墜落していく。
「馬鹿な……! あの巨体で、これほどの防御力と火力だと!?」
敵の通信波が混線し、狼狽する声が聞こえてくる。
戦況は一方的だった。
だが、敵もさるもの。ただの雑魚ではない。
『――退け、無能ども!』
凛とした、しかし殺気に満ちた女性の声が響き渡った。
雲海が割れ、通常の機竜の三倍はある巨大な真紅の機体が姿を現した。
三つの首を持つ、異形の竜。
その背に乗っているのは、赤い軍服をなびかせたガレリア帝国第二皇女、ヒルデガルドだ。
「見つけたぞ、アルス・フォン・ヴェルダン! よくも私の可愛い部下たちを!」
「ヒルデガルド皇女か。……挨拶にしては派手だな」
「お前の作ったその風船、私が針で刺してやる!」
彼女の駆る大型機竜が、弾幕を巧みに潜り抜け、猛スピードで『スカイ・アーク』の上部甲板に肉薄した。
そして、巨大な金属の爪を、船体に突き立てた。
ガギィィィン!!
船体が大きく傾く。
「しまっ……! 取り付かれた!」
「甲板に敵兵降下! 白兵戦になります!」
大型機竜の背中から、ワイヤーを使って数十名の竜騎士たちが甲板に降り立った。
彼らは魔導剣を抜き、ブリッジへの侵入を図る。
空中の船内での白兵戦。通常の兵士では対応できない。
「……行ってくる」
影が動いた。
私の護衛としてブリッジに控えていたカエデだ。
そしてもう一人。進水式の来賓として乗船していた、瑞穂の外交特使カグラも立ち上がった。
「私の帰る船を傷つけられては困りますからね。……助太刀します」
「頼む。ブリッジには一歩も入れさせるな」
二人の女傑が甲板へと飛び出した。
◇
甲板は強風が吹き荒れる修羅場となっていた。
帝国兵たちは、足場の悪さに足を取られながらも殺到してくる。
「制圧せよ! 操舵室を奪え!」
だが、彼らの前に立ちはだかったのは、たった二人の女性だった。
「瑞穂流抜刀術――『桜花閃』」
カグラの刀が閃いた瞬間、先頭を走っていた三人の兵士が、何が起きたのかも分からずに吹き飛んだ。
真空の刃が鎧ごと切り裂いたのだ。
「な、なんだこの女! 侍か!?」
「隙あり」
動揺する兵士たちの背後に、音もなくカエデが現れる。
クナイが急所を貫き、死体となる前に蹴り落とす。
「風が強いな。……身軽な我らには好都合」
カエデはワイヤーの上を綱渡りのように走り、敵の増援を次々と斬り伏せていく。
侍と忍者。瑞穂の誇る最強のコンビが、帝国精鋭部隊を子供扱いしていた。
◇
一方、ブリッジでは別の問題が発生していた。
ヒルデガルドの大型機竜が、爪を深く食い込ませ、メインプロペラの一つを破壊しようと暴れているのだ。
その重量で船体が傾き、高度が下がり始めている。
「くっ、重い! このままじゃ墜ちるぞ!」
カイトが叫ぶ。
「離しませんわ! このまま道連れにする気です!」
シルヴィアが悲鳴を上げる。
ヒルデガルドの狂気じみた笑い声が通信機から響く。
『ハハハ! どうだアルス! 貴様の自慢の要塞も、重りをつければただの鉄屑だ! 一緒に地獄へ落ちようぞ!』
「……断る。地獄へ行くのは君だけだ」
私は冷静に、反重力機関の出力レバーに手をかけた。
この船の心臓部は、古代の遺産だ。その出力は、単に浮くだけのものではない。
「リリーナ、カイト! 衝撃に備えろ! ……『重力反転機動』!」
私は一度、反重力コアの出力をゼロにした。
フワッ……。
船体が自由落下を始める。
ヒルデガルドの機竜も、突然の落下に体勢を崩し、爪の食い込みが浅くなる。
「なっ、貴様、墜落する気か!?」
「いいや、跳ねるんだよ!」
落下速度が乗った瞬間、私はコアの出力を最大まで叩き込んだ。
ズドンッ!!!
強烈なGが全員を襲う。
落下していた船体が、見えないトランポリンで弾かれたように、猛烈な勢いで急上昇した。
慣性の法則。
急激なベクトルの変化に、しがみついていた大型機竜の爪が耐えきれず、バキンッと砕け散った。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
ヒルデガルドの悲鳴と共に、大型機竜が船体から振り落とされる。
無防備に空中に投げ出された真紅の竜。
私はそこへ、船腹の主砲を向けた。
「終わりだ。……撃てッ!」
ドォォォォン!!
至近距離からの魔導カノン砲が直撃。
大型機竜の翼が吹き飛び、きりもみ状態で雲海の下へと墜ちていく。
『お、覚えていろぉぉぉ……! この借りは必ずぅぅ……!』
捨て台詞を残し、皇女は消えていった。
残された機竜部隊も、旗艦の撃墜に戦意を喪失し、散り散りに逃げ去っていった。
「……勝った、か」
私は操舵輪から手を離し、大きく息を吐いた。
船体は水平を取り戻し、再び静かな航行に戻っていた。
甲板から戻ってきたカグラとカエデも、涼しい顔をしている。
「アルス様、無事ですか?」
シルヴィアが心配そうに駆け寄ってくる。
「ああ。少し揺れたがね。……これで証明されただろう。この船は、空の王者だ」
窓の外には、邪魔者のいなくなった大空が広がっていた。
初陣での完全勝利。
これでアステリア王国の制空権は確立された。
だが、逃したヒルデガルドの執念深さは侮れない。
それに、今回の戦闘で『スカイ・アーク』の課題も見えた。
「……もっと速く、もっと高く。改良の余地はあるな」
私の呟きに、カイトとシルヴィアが顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
私たちの空への挑戦は、まだ始まったばかりだ。




