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辺境領主の魔導変革記 ~魔力結晶と魔導列車で、世界の経済と物流を支配する~  作者: Nami


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第27話 天空の箱舟、建造開始



 王都アステリアの北西、なだらかな丘陵地帯に囲まれた巨大な盆地。

 普段は羊が草を食む牧歌的なこの場所が、今や王国最大の「秘密工場」へと変貌を遂げていた。


「よし、測量完了! 範囲確定! ……やるぞ!」


 盆地を見下ろす崖の上で、私は右手を掲げた。

 私の脳内には、これから作る巨大建造物のための「器」――ドックの設計図が描かれている。


「土木魔法・大規模造成――『大地の揺りグランド・クレイドル』!」


 ズズズズズズッ……!!

 地響きと共に、盆地の底が沈み込み、逆に周囲の土手が隆起する。

 土は魔法で圧縮され、コンクリートのように硬化し、階段状の作業足場と、巨大な船体を支えるためのキール盤(竜骨台)が形成されていく。

 わずか一時間。

 全長三〇〇メートルにも及ぶ、石造りのドックが出現した。


「……相変わらず、デタラメな魔法だぜ」

 隣で図面を広げていたカイトが、呆れたように口笛を吹く。

「これだけの土木工事、普通なら一年はかかるぞ。それを朝飯前に終わらせちまうんだからな」

「時間は金より重いからな。……さあ、器はできた。中身を詰めるぞ」


 私の号令と共に、待機していた数百台の魔導トラック(鉄道で運ばれた資材を積んでいる)が一斉に盆地へと降りていった。


          ◇


 建造現場は、三次元的な戦場だった。

 今回作る『スカイ・アーク』は、全長二五〇メートルの巨大飛行船だ。

 その骨格となるのは、瑞穂から持ち帰った「ヒヒイロカネ」を加工した超軽量フレーム。


「おーい! 三番リブ、角度が甘いぞ! もっと右だ!」

 地上からカイトが拡声器で指示を飛ばす。

 だが、高さ五〇メートルの足場で作業するのは至難の業だ。普通の作業員では足がすくんで動けない。

 そこで活躍するのが――。


「承知した」


 ヒュンッ!

 黒い影が空を舞った。

 カエデだ。彼女は命綱もなしに鉄骨の上を疾走し、重いリベット打ち機を片手で操りながら、瞬く間にフレームを固定していく。

 まるでサーカスのような身のこなし。瑞穂の忍術『軽身の術』の応用だ。


「すげぇ……。あいつ、一人で鳶職とびしょく一〇人分働きやがる」

「適材適所だな。高い所は彼女に任せよう」


 骨組みが組み上がっていく様は、巨大な鯨の化石が蘇るようだった。

 赤く輝くヒヒイロカネの骨格は、夕日を浴びて美しく煌めいている。


          ◇


 一方、ドックに併設された仮設ラボでは、別の戦いが行われていた。

 私とシルヴィアは、飛行船を浮かべるための「ガス」の精製に取り組んでいた。

 反重力コアだけでは浮力が足りない。補助として、空気より軽い気体が必要だ。

 水素は軽いが、爆発の危険がある。


「アルス様! 風属性の魔石を触媒にして、大気を濾過ろかします! 元素変換率、安定領域に入りました!」

「よし、そのまま圧縮しろ! 『エーテル・ガス』の固定化だ!」


 私たちが作っているのは、魔力を含んだ特殊なヘリウムガス――通称『エーテル・ガス』。

 燃えず、軽く、魔導機関との相性も良い夢の気体だ。

 ガラス管の中を、淡い緑色のガスが流れていく。


 ピキッ……!

 不意に、ガラス管に亀裂が入った。


「いけない! 圧力過多です!」

「伏せろ、シルヴィア様!」


 私はとっさにシルヴィアを抱き寄せ、防護結界を展開した。

 ボンッ!!

 小規模な爆発が起き、黒いすすがラボ内に充満した。


「……げほっ、げほっ。……無事か?」

「は、はい……アルス様が守ってくださったので」


 煙が晴れると、私はシルヴィアを床に押し倒すような体勢になっていた。

 お互いの顔は煤だらけで、まるでタヌキのようだが、怪我はない。

 シルヴィアが私の胸元で、安堵と羞恥で頬を赤らめ、上目遣いで見つめてくる。


「あの……アルス様……」

「……あー、ごほん。失礼しました」


 私が体を離そうとした時、ラボの入り口から氷点下の視線を感じた。


「……爆発事故の報告書を書くのかと思えば、随分と楽しそうな『実験』ですこと」


 リリーナが立っていた。

 彼女の手には、追加予算の申請書が握りしめられているが、その紙がミシミシと音を立てて歪んでいる。


「誤解だリリーナ! これは不可抗力で!」

「ええ、分かっておりますとも。……ただ、ガス精製装置の修理費は、アルス様のお小遣いから引かせていただきますね?」


 笑顔の裏にある圧力が怖い。

 だが、実験は成功だった。採取されたガスは計算通りの浮力を発揮していた。


          ◇


 骨組みとガスができれば、次はそれを包む「皮膚」だ。

 この巨大な船体を覆う素材には、軽さと強靭さ、そして気密性が求められる。


「そこで、これですわ」


 リリーナが会議室に持ち込んだのは、真珠色に輝く美しい布だった。


「これは……『空蚕そらかいこ』の絹か?」

「はい。北部の山岳地帯に生息する魔獣、空蚕が吐く糸から織られた布です。鋼鉄の刃も通さず、空気すら漏らさない。しかも羽毛のように軽い」


 素晴らしい素材だ。だが、問題がある。

 空蚕の飼育は難しく、生産量が極端に少ない。


「普通なら入手困難ですが……そこは『経済』の力です」

 リリーナは眼鏡を直してニヤリと笑った。


「北部の領主たちに、鉄道の優先利用権と引き換えに、空蚕の増産体制を敷かせました。彼らにとっても、衰退していた養蚕業が復活するチャンス。喜んで協力してくれましたわ」

「……さすがだ。技術だけでなく、産業構造まで計算に入れているとは」

「当然です。この飛行船は、単なる兵器ではありません。将来の『空の商船』のプロトタイプなのですから」


 彼女の目には、すでに空を行き交う貿易船団が見えているのだろう。

 頼もしい限りだ。


          ◇


 建造は順調に進んでいた。

 だが、光あるところには影も寄ってくる。

 深夜の建設現場。作業員たちが寝静まった頃、数人の黒い影が資材置き場に忍び込んでいた。

 ガレリア帝国の工作員だ。彼らの狙いは、ヒヒイロカネのフレームに爆薬を仕掛け、計画を頓挫させること。


「……ここだ。この支柱を折れば、全体が崩落する」

「へへっ、アステリアの夢もこれまでだな」


 工作員の一人が爆弾を取り出した、その瞬間。

 

 ザシュッ。

 

 風切り音と共に、工作員の腕が宙を舞った。


「ぎゃぁぁぁっ!?」

「静かに。……あるじの眠りを妨げるな」


 月明かりの下、鉄骨の上に佇む影があった。カエデだ。

 彼女は逆手さかてに持った忍刀を振るい、血糊を払った。


「な、なんだ貴様!? いつの間に!」

「貴様らが国境を越えた時から、ずっと見ていた」


 カエデが音もなく飛び降りる。

 工作員たちが剣を抜いて応戦するが、まるで相手にならない。

 影が交錯するたびに、一人、また一人と崩れ落ちていく。


「こ、殺せ! 生かしてはおくまい!」

「安心しろ。……主は優しいお方だ。このような穢れ仕事は、私の手だけで十分」


 カエデの瞳には、冷徹な殺意と、主への狂信的な忠誠が宿っていた。

 数分後。

 現場には、物言わぬ死体が転がるのみとなった。

 カエデは死体を魔法の袋に回収し、何事もなかったかのように闇へと消えた。


 翌朝、私が現場に行っても、昨晩の襲撃の痕跡など微塵も残っていなかった。

 ただ、カエデがいつもより少し眠たそうにしていただけだ。

 私は彼女の頭をポンと撫でた。


「……ご苦労だったな」

「! ……気づいて、おられたのですか」

「私の影だろう? 気配で分かるさ。……ありがとう」


 カエデは目を見開き、そして深く頭を下げた。その耳が少し赤くなっているのを、私は見逃さなかった。


          ◇


 そして、一ヶ月後。

 ついにその時は来た。


 ドックを覆っていた足場が解体され、全貌が明らかになる。

 全長二五〇メートル。

 真珠色の外皮に覆われた流線型の巨体。下部にはヒヒイロカネで強化されたゴンドラと、無数の魔導砲門。

 そして船尾には、巨大な四基の魔導プロペラが輝いている。


 空挺戦艦『スカイ・アーク』。

 人類が初めて手にする、空の城だ。


「……でかいな」

「ああ。本当に、空に浮くのか?」

 作業員たちが固唾を呑む。


 私はブリッジに立ち、マイクを握った。


「これより、進宙式を行う! 反重力コア、接続! バラスト水、排出!」


 ブォン……ブォォォン……!

 船体の中心部から、重低音が響き渡る。

 ドックを固定していたアームが外される。

 その瞬間。

 数万トンの巨体が、重力という鎖を断ち切り、ふわりと地面を離れた。


「浮いた……! 空に浮いたぞぉぉぉッ!」


 地上の歓声が遠くなる。

 高度計が数値を上げていく。

 一〇〇メートル、三〇〇メートル、五〇〇メートル。

 雲と同じ高さに達した時、目の前には見たことのない青い世界が広がっていた。


「これが……空の世界……」

 シルヴィアが窓にへばりつき、涙を流して感動している。

「すごい眺めだぜ……! 鳥になった気分だ!」

 カイトもはしゃいでいる。


 だが、感傷に浸る時間は短かった。

 レーダー監視員のリリーナが、鋭い声を上げた。


「アルス様! 東の空より、急速接近する機影あり!」

「機影? 鳥か?」

「いいえ……数が多すぎます。それに、速い!」


 私は双眼鏡を覗いた。

 雲海を切り裂いて現れたのは、無数の黒い影。

 石と鉄でできた翼を持つ、竜の形をした機械の群れ。


機竜ドラグーン……!」


 帝国の新型兵器だ。

 やつら、この進宙式を狙っていたのか。

 最悪のタイミングでの初陣。だが、望むところだ。


「総員、戦闘配置! 空の王者が誰か、教えてやる!」


 『スカイ・アーク』の砲門が開く。

 空前絶後の空中艦隊戦が、幕を開けようとしていた。



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