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辺境領主の魔導変革記 ~魔力結晶と魔導列車で、世界の経済と物流を支配する~  作者: Nami


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第26話 帰還と空への野望



 ポート・ロイヤルの港に、『オオワダツミ』が滑るように入港した。

 吃水線が深く沈んでいるのは、船倉に満載された「ヒヒイロカネ」の重みゆえだ。

 桟橋には、公爵家の馬車と、見慣れた藍色のドレスを纏った女性の姿があった。


「おかえりなさいませ、アルス様。……予定より三日早いご帰還ですね」


 リリーナ・フォン・エヴァーガーデン。

 彼女は完璧なカーテシーで出迎えてくれたが、その眼鏡の奥の瞳は、まるで帳簿の不整合を見つけた時のように鋭く光っていた。


「ああ、ただいまリリーナ。留守を頼んで悪かったな。……土産話も、現物も山ほどあるぞ」

「ええ、存じております。……特に、私の知らないところで『人員』が増えている件については、じっくりとご説明いただきたく」


 リリーナの視線が、私の背後に控える影――黒装束のくノ一、カエデに向けられた。

 カエデは無表情のまま、音もなく一歩前へ出た。


「……お初にお目にかかる。瑞穂皇国隠密部隊『朧』所属、カエデと申す。主命により、これよりアルス殿の影となり、寝食を共にし、あらゆる外敵から護衛する任に就いた」

「寝食を共に? ……ほう」


 リリーナのこめかみに青筋が浮かんだ気がした。

 私は慌てて割って入った。


「ご、誤解だリリーナ! 彼女はサクヤ帝から遣わされた護衛だ。やましいことはない!」

「……ふふ、冗談ですわ。優秀な護衛が増えるのは歓迎です。公爵家の警備予算を削れますから」


 リリーナはにっこりと笑ったが、目が笑っていなかった。

 そして、素早く手帳を取り出し、カエデに向き直った。


「カエデさん。貴女の雇用契約書を作成します。給与は現物支給(食事・宿)込み、危険手当あり。ただし、アルス様への『過度な接触』は減給対象とします。よろしいですね?」

「……承知した。我が身は主の盾。報酬など握り飯があればよい」

「交渉成立です。……さあ、アルス様。陛下がお待ちです。その鉄の山を見せつけて差し上げましょう」


 リリーナの手際の良さに、私は安堵の息をついた。

 やはり、この家を取り仕切れるのは彼女しかいない。


          ◇


 王城「獅子の間」。

 再び訪れた謁見の間は、以前にも増して熱気に包まれていた。

 私が献上した「ヒヒイロカネ」のインゴットが山のように積まれ、その真紅の輝きに、国王陛下も大臣たちも目を奪われている。


「見事だ……! これがあの伝説の金属か!」

「魔力を通すと熱を持たず、鋼鉄の十倍の強度……。これがあれば、我が国の魔導兵器は飛躍的に進化するぞ!」


 軍部の将軍たちが色めき立つ。

 だが、私が本当に見せたいものは、この金属ではなかった。

 人払いを願い出た後、広間には国王と側近、そして私たち開発チームだけが残った。


「……さて、アルスよ。人払いをさせてまで見せたいものとはなんだ?」

「はい。瑞穂の地下深くで発見された、古代の遺産です」


 カイトとカエデが、慎重に木箱を運び込み、蓋を開けた。

 中には、バスケットボールほどの大きさの、水晶のような球体が収められていた。

 私が微量の魔力を流すと、ブォン……という低音と共に、球体はふわりと宙に浮いた。


「なっ……浮いた!?」

「風魔法ではない……。これは、まさか……!」


 国王が玉座から身を乗り出す。


「『反重力機関アンチ・グラビティ・コア』です。まだ解析途中ですが、これを使えば、重力に縛られず物体を空へ浮かせることが可能です」

「空へ……! ならば、空飛ぶ船を作れると言うのか!」

「はい。……陸の鉄道、海の魔導船に続き、我々は『空の道』を手に入れることができます」


 空の支配権。

 それは、山脈や海峡といった地形を無視し、敵国の頭上を通り越せることを意味する。

 国王の目に、野心と警戒の色が混じる。


「……強大すぎる力じゃな。だが、帝国も黙ってはいないだろう。開発を許す。国の総力を挙げて解析せよ!」


          ◇


 数日後。ヴェルダン別邸の地下工房。

 そこは新たな実験場と化していた。

 中央には、回収した反重力コアが設置され、周囲を複雑な魔導測定器が囲んでいる。


「……ダメですわね。安定しません」


 シルヴィアがため息をつきながらデータを読み上げる。

 コアは浮いてはいるが、ふらふらと漂い、少し風が吹けば流されてしまう。


「浮力は発生していますが、推力がありません。それに、重量バランスが少しでも崩れると、すぐにひっくり返って墜落します」

「じゃじゃ馬だなぁ。……これじゃ、ただの『浮く風船』だぜ」

 カイトが工具を回しながらぼやく。


 反重力機関は、あくまで「重力を相殺する」装置であり、自由に空を飛ぶための翼や推進力はない。

 古代の船には姿勢制御用のスラスターがあったようだが、破損していて再現不能だった。


「浮くだけなら、風船と同じ……か」


 私はカイトの言葉を反芻し、前世の記憶を手繰り寄せた。

 重い機体を無理やり翼で飛ばす飛行機は、今の技術レベルでは難しい。エンジン出力と素材の軽さが足りない。

 ならば、もっと原始的で、かつ確実な方法がある。


「……発想を変えよう。無理にこの石だけで飛ばそうとするから不安定なんだ」


 私は黒板に向かい、チョークで巨大な楕円形の図面を描き始めた。

 葉巻型の巨大な気嚢きのう。その下に吊り下げられたゴンドラ。


「こ、これは? 魚ですか?」

 カエデが首を傾げる。

「いいや。『飛行船』だ」


 私は解説を加えた。


「ヒヒイロカネで作った軽量かつ強固な骨組み(フレーム)に、魔獣の皮を加工した外皮を張る。その中に、このコアの反重力場を充満させ、さらに補助として水素ガス……いや、軽いガス状の魔素を詰める」


 いわゆる、硬式飛行船(ツェッペリン型)だ。

 これなら、コアの出力が不安定でも、気嚢の浮力でカバーできる。


「そして、推進力は『オオワダツミ』で実績のある魔導プロペラを使う。……これなら、理論上は安定して空を飛べるはずだ」


 私の説明に、三人の才女(と一人の天才技師)の目が輝いた。


「なるほど……! 『浮く力』と『進む力』を分けるのですね!」

 リリーナが即座に計算を始める。

「ヒヒイロカネのフレームなら、従来の鉄骨の十分の一の軽さで作れます。……積載量は、鉄道の約三割ですが、速度は倍出せます!」


「面白い! 骨組みなら俺に任せな! ヒヒイロカネの加工なら、もう慣れたもんだ!」

 カイトが腕まくりをする。


「細かい配線や、狭い場所での作業は私がやる。……忍びの身軽さが役立つだろう」

 カエデもやる気だ。


 方針は決まった。

 目指すは、アステリア王国初の空挺戦艦――『スカイ・アーク(天空の箱舟)』の建造だ。


          ◇


 一方、その頃。

 東の大国、帝政ガレリアの帝都。

 黒鉄の尖塔が立ち並ぶ軍事要塞の一室で、一人の女性が報告書を握り潰していた。


「……アルス・フォン・ヴェルダン。またしても、私の邪魔をするか」


 燃えるような赤髪をショートカットにし、軍服を着崩した麗人。

 ガレリア帝国第二皇女、**ヒルデガルド・フォン・ガレリア**。

 彼女の背後には、古代遺跡から発掘され、魔導技術で修復された異形の兵器が並んでいた。

 石と金属でできた翼竜の姿をした自律兵器――『機竜ドラグーン』。


「殿下。機竜部隊の再起動、完了しました。稼働率は八〇パーセントを超えています」

 側近の将校が告げる。

 ヒルデガルドは獰猛な笑みを浮かべ、機竜の冷たい装甲を撫でた。


「上出来だ。……地を這う列車ごときで勝った気になっている小僧に、本当の『空の恐怖』を教えてやる」


 彼女は窓の外、広大な空を見上げた。


「空を制するのは私だ。……待っていろ、ヴェルダン公爵。お前の作ったオモチャごと、地上に叩き落としてやる」


 アステリアでは飛行船が、ガレリアでは機竜が。

 異なる進化を遂げた二つの航空技術が、やがて空で激突しようとしていた。

 大空を舞台にした、新たな戦いの幕が上がる。



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