第25話 ヒヒイロカネ鉱山と古代の遺産
宴から一夜明けた早朝。
私たちはサクヤ帝の案内で、都の北にそびえる霊峰『富士見山』の中腹にある鉱山を訪れていた。
「……ここが、瑞穂の至宝『ヒヒイロカネ』の採掘場じゃ」
サクヤが扇子で指し示した先には、岩肌に穿たれた無数の坑道が見えた。
坑夫たちがツルハシを担ぎ、汗だくになって岩を砕いている。
だが、その作業は遅々として進んでいないようだった。
「硬い……。通常の鉄鉱石の十倍は硬いですわ」
シルヴィアが、転がっている赤みを帯びた鉱石のかけらを拾い上げ、魔力分析を行いながら眉をひそめた。
「しかも、魔力を弾く性質があります。これでは魔法での採掘も効率が悪そうです」
「うむ。熟練の坑夫が一日掘って、ようやく小石ほどしか採れぬ。それゆえに希少なのじゃが……」
サクヤが嘆息する。
輸出用の量を確保するには、数十年かかってしまう計算だ。
「人力でやるからだ。……カイト、あれを出せ」
「へいよ、旦那! 昨晩、船の予備パーツで組んでおいた『自動採掘機・モグラ君一号』だ!」
私が指差すと、カイトが布を被せた巨大な機械を披露した。
先端にダイヤモンドコーティングされた回転ドリルを備えた、無骨な重機だ。
「魔力で掘るんじゃない。『回転』と『圧力』という物理エネルギーで削り取るんだ」
私は採掘機に手を当て、固定用のアンカーを地面に打ち込んだ。
「いくぞ! 動力接続、回転数最大!」
ガガガガガガッ!!!
凄まじい轟音と共にドリルが回転し、硬い岩盤に食い込んでいく。
火花が散り、砕かれた鉱石が次々とベルトコンベアに乗って排出されていく。
「な、なんという速さじゃ……!」
「一分で……人間の一ヶ月分を掘り出しおったぞ!?」
ゲンサイや家臣たちが腰を抜かす。
私はさらに、排出された鉱石に選別魔法をかけた。
「土木魔法・成分分離――『比重選鉱』」
不純物である岩石と、純粋なヒヒイロカネを一瞬で選り分ける。
あっという間に、籠いっぱいの真紅の輝きが積み上げられた。
「……呆れた男じゃ。山そのものを削り取る気か?」
「必要な分だけですよ。さあ、どんどん掘り進めましょう。鉱脈の深層には、もっと純度の高い原石があるはずだ」
◇
機械の力で坑道を掘り進むこと数時間。
私たちは地下数百メートルの深層域に達していた。
ここなら地上の魔素の影響を受けず、最高品質のヒヒイロカネが眠っているはずだ。
その時。
ガキンッ!!
今までとは違う、硬質で澄んだ金属音が響き、ドリルが緊急停止した。
「あん? なんだ、岩じゃねぇぞ。……何か人工物に当たったみたいだ」
カイトが操作盤を確認して首を傾げる。
私は掘削機の先端へ歩み寄った。
崩れた岩壁の向こうに、鈍い銀色の輝きが見える。
ヒヒイロカネではない。もっと滑らかで、継ぎ目のない金属の壁だ。
「……人工物? こんな地下深くに?」
サクヤも不思議そうに覗き込む。
「瑞穂の伝承には、この山に何かが埋まっているという話はないが……」
私は慎重に周囲の土を取り除いた。
現れたのは、巨大な流線型の構造物の一部だった。
材質は不明。錆び一つなく、魔力スキャンをかけても反応が返ってこない。まるで「存在しない」かのように、魔力を透過させている。
「これ、扉か……?」
壁の一部に、手を当てられそうな窪みがあった。
私が何気なくそこに手を触れた瞬間。
ブォン……。
低い起動音と共に、窪みが青白く発光した。
『生体認証、確認。……魔力波形、適合。ゲートを開放シマス』
無機質な声が頭の中に直接響き、プシュウゥゥゥという音と共に、壁が上下に開いた。
「なっ……!?」
「開きおった!?」
私たちは警戒しながら、中へと足を踏み入れた。
中は広大なドーム状の空間になっていた。
その中央に、鎮座しているものを見て、全員が言葉を失った。
それは、「船」だった。
だが、海を行く船ではない。
翼を持ち、鳥のような流線型をした、全長二〇メートルほどの小型船。
瑞穂の神話に出てくる『天の浮舟』に似ているが、そのデザインは明らかに古代文明――あるいは、はるか未来のオーバーテクノロジーを感じさせた。
「……信じられませんわ」
シルヴィアが、夢遊病者のようにふらふらと船に近づく。
「この機体から漏れ出ているエネルギー……魔素ではありません。もっと根源的な、『重力』そのものを干渉する波動です」
彼女は船の底部にある、水晶のような球体を指差した。
「これです。……『反重力機関』。理論上は可能と言われていた、空飛ぶ石……」
空飛ぶ石。
その言葉に、私の心臓が早鐘を打った。
もし、この技術を解析し、我が鉄道技術と組み合わせることができれば……。
レールの上だけでなく、空すらも駆ける「天空列車」や「飛行船」が実現できるかもしれない。
「古代の遺産か。……サクヤ、これを知っていたか?」
「いや、初耳じゃ。まさか我が国の地下に、このような神代の船が眠っていたとは……」
サクヤも呆然としている。
私は船体に触れた。冷たく、しかし微かに脈動している。
これは、単なる遺跡ではない。生きている。
「……持っていってよいぞ、アルス」
不意に、サクヤが言った。
「え?」
「今の瑞穂には、これを扱う技術も知識もない。宝の持ち腐れじゃ。……ならば、そなたに預ける。そなたの国で解析し、いつかこの船が再び空を舞う姿を、余に見せてくれ」
それは、最大の信頼の証だった。
国家機密レベルの遺産を、私に託すというのだ。
「……約束します。必ず、この技術を解明し、平和のために役立ててみせます」
「うむ。期待しておるぞ」
私たちは、採掘した大量のヒヒイロカネと共に、この謎の動力炉の一部を回収することにした。
船体そのものは大きすぎて運べないため、鉱山を封鎖し、厳重に管理することになった。
◇
数日後。ヤマト港。
『オオワダツミ』の出航準備は整っていた。
船倉は満載のヒヒイロカネで沈み込みそうになっているが、浮力魔法のおかげで安定している。
さらに、積み荷の中には、厳重に梱包された「古代の反重力機関」も含まれていた。
桟橋には、サクヤ帝とゲンサイ、そして多くの国民が見送りに来ていた。
「名残惜しいが、行かねばならぬな」
サクヤが寂しげに微笑む。
「ええ。ですが、航路は開かれました。これからは定期船が行き来し、いつでも会えますよ」
「そうじゃな。……あ、そうそう。アルスよ、忘れるところじゃった」
サクヤが手を叩くと、音もなく一人の影が私の背後に現れた。
黒装束に身を包み、口元を布で覆った小柄な女性だ。
腰には二本の忍刀、太ももにはクナイを差している。
切れ長の涼しげな瞳だけが、私を静かに見つめていた。
「彼女は**カエデ**。我が国最強の隠密部隊『朧』の筆頭くノ一じゃ」
「くノ一……ですか?」
「うむ。そなたの護衛として連れて行け。……あと、そなたの周りにはハエ(悪い虫や、他の女)が寄り付きやすいゆえ、しっかり監視させるためにな?」
サクヤは満面の笑みで言ったが、目が笑っていない。
カエデはその場で片膝をつき、恭しく頭を下げた。
「……主命により、本日よりアルス様の影となります。寝所から湯浴みまで、片時も離れずお守りします」
「い、いや、湯浴みは離れてくれていいから!」
カイトが「へへっ、旦那も隅に置けねぇな!」と茶化し、シルヴィアが「あら、強力なライバル出現ですわね」と闘志を燃やしている。
また一人、個性的な(そして厄介な)仲間が増えてしまった。
ボォォォォォォッ!!
出航の汽笛が鳴る。
錨が上げられ、『オオワダツミ』がゆっくりと岸を離れる。
「達者でなー! また来いよー!」
「ありがとう、黒船の公爵様ー!」
桜吹雪のように舞う紙吹雪の中、私たちは手を振り続けた。
遠ざかる瑞穂の島影。
その彼方には、私たちが救った御神木が、季節外れの満開の花を咲かせ続けているのが見えた。
私はデッキの手すりを握りしめ、西の空を見つめた。
帰ろう、アステリア王国へ。
最高のお土産と、新たな技術を持って。
次なる目標は、この「空飛ぶ石」を使った航空革命。
そして、まだ見ぬ世界への進出だ。
私の内政チートは、ついに重力の鎖すら断ち切ろうとしている。
物語は、陸、海を経て、果てしない「空」へと続いていく――。




