第24話 御神木再生と剣聖の改心
白鷺城の中庭、御神木『千本桜』の根元。
張り詰めた空気が漂う中、私は作業の準備を整えていた。
周囲を取り囲むのは、ゲンサイをはじめとする数百の近衛兵と陰陽師たち。
彼らの視線は鋭く、もし私が少しでも御神木を傷つけるような素振りを見せれば、即座に斬りかかる構えだ。
「……よいか、異人よ。根の一本でも傷つければ、その首が飛ぶと思え」
ゲンサイが刀の鯉口を切りながら脅す。
「分かっています。……カイト、シルヴィア様、位置につけ」
「了解だ、旦那。支保工の準備はできてるぜ」
「魔力探知、良好ですわ。水脈の詰まり箇所まで、深度二五メートル……直下です」
私は御神木の幹に手を当て、深く呼吸をした。
通常ならスコップや重機で掘り返すところだが、相手は聖なる木だ。根を傷つける物理的な掘削はできない。
ならば、土そのものの性質を変えるまでだ。
「土木魔法・特殊術式――『地盤液状化』」
私の手から魔力が波紋のように広がる。
ズズズ……と地面が微かに震え、次の瞬間、私たちが立っている足元の土が、まるで泥水のようにサラサラと流動化し始めた。
「な、なんだ!? 地面が……泥に!?」
見守っていた陰陽師たちが驚愕の声を上げる。
「潜るぞ!」
私とカイト、シルヴィアの三人は、流動化した地面の中に、まるでプールに飛び込むように沈んでいった。
根を傷つけることはない。泥水の中を泳ぐ魚のように、網の目のように張られた根の隙間をすり抜けていく。
◇
深度二五メートル。地下深層。
そこは、真っ暗な闇と、圧倒的な土圧が支配する世界だった。
シルヴィアが『照明』の魔法を放つと、目の前の惨状が明らかになった。
「……酷いな。これじゃ息もできないはずだ」
私たちの目の前には、巨大な岩盤が斜めにせり出し、地下を流れる水脈(および魔力脈)を完全に押し潰していた。
数年前の地震で地層がズレたのだ。
青白く光る霊水が、岩の隙間からポタポタと滴る程度にしか流れていない。
「完全に堰き止められてるな。……旦那、爆破するか?」
「馬鹿言え。こんな至近距離で爆破したら、根ごと吹き飛ぶ。……『微振動』で削るぞ」
私は岩盤に両手を当てた。
求められるのは、外科手術のような精密さだ。
岩盤だけを粉砕し、絡みついている木の根には一切のダメージを与えない。
「カイト、共振周波数を解析しろ」
「あいよ! ……硬度7、石英斑岩だね。周波数1500ヘルツでいける!」
「シルヴィア様、破砕した岩を流すための水流制御を!」
「お任せください!」
準備は整った。
私は魔力を極限まで集中させる。
「土木魔法・精密破砕――『超音波振動』!!」
キィィィィィン……!!
耳には聞こえない超高周波の振動が、私の手から岩盤へと伝播する。
魔法による分子結合の切断。
数秒後。
巨大で頑強だったはずの岩盤が、音もなくサラサラと細かい砂へと変化し、崩れ落ちた。
「今です! 水流、排出!」
シルヴィアが水流を操り、砂となった岩の残骸を一気に押し流す。
すると――。
ドォォォォォォォッ!!
堰き止められていた水脈が解放され、猛烈な勢いで霊水が流れ出した。
詰まっていた血管が開通した瞬間だ。
溢れ出す光の奔流が、乾ききった根を潤していく。
「成功だ……! 全圧開放! 地上へ戻るぞ!」
私たちは水流の勢いに乗って上昇した。
◇
地上。
ゲンサイたちは、固唾を呑んで地面を見つめていた。
アルスたちが姿を消してから一時間。地面が微かに揺れたかと思うと、静寂が戻っていた。
「……失敗か? やはり、異人の手には負えなかったか」
ゲンサイが諦めかけた、その時。
ボコッ!
泥だらけになったアルスたちが、地面から飛び出してきた。
「ぶはっ! ……ふぅ、いい湯加減だったな」
「もう、泥だらけですわ……」
「へへっ、大成功だぜ!」
三人は全身泥まみれだが、その表情は晴れやかだった。
ゲンサイが詰め寄る。
「き、貴様ら! 何をした! 御神木はどうなったのだ!」
「見れば分かります。……ほら」
アルスが背後の巨木を指差した。
ドクン……。
大気が震えた。
枯れ木同然だった御神木の幹に、黄金色の光脈が走り抜けた。
地下から吸い上げられた膨大な霊力と水分が、幹を通り、枝の先まで一瞬で行き渡る。
そして。
ポンッ、ポンッ、ポポポンッ!!
音を立てて、蕾が膨らみ、弾けた。
一つ、また一つ。
それは連鎖反応のように広がり、わずか数十秒の間に、御神木全体が薄紅色の雲に覆われた。
「満開……だと……!?」
誰かが呟いた。
季節外れの、しかし圧倒的な生命力を湛えた満開の桜。
花びらが風に舞い、白鷺城の中庭を幻想的な色に染め上げる。
同時に、瑞穂全土を覆っていた結界の輝きが強まり、空の淀みが晴れていくのが見えた。
「おおお……! なんと……なんと神々しい……!」
「奇跡じゃ! 御神木様が蘇られたぞ!」
家臣たちが次々と平伏し、涙を流して拝み始める。
その中で、ゲンサイだけが呆然と立ち尽くしていた。
彼は震える手で舞い散る花びらを受け止め、そして私を見た。
「……魔法を使ったのか?」
「いいえ。詰まっていた石を取り除いただけです。……植物も国も同じです。血の巡りが良ければ、自然と元気になりますよ」
私は事もなげに言った。
ゲンサイは数秒間、口をパクパクさせていたが、やがてその場にドサリと両膝をついた。
そして、深々と額を地面に擦り付けた。
「……完敗だ。疑って……申し訳なかったッ!!」
剣聖と呼ばれた男の、慟哭にも似た謝罪だった。
「拙者は、古きを守ることばかりに執着し、新たな風を拒絶していた。……そなたの技術こそ、真の『神業』。このゲンサイ、心より感服いたしました!」
「顔を上げてください、ゲンサイ殿。貴方がこの木を守り続けてきたからこそ、根は生きていたのです」
私が手を差し伸べると、老侍は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、私の手を固く握り返した。
その様子を、縁側から見ていたサクヤ帝が、扇子を閉じて静かに微笑んだ。
彼女はゆっくりと庭へ降り立ち、私の前に立った。
舞い散る桜吹雪の中、黄金の瞳が私を射抜く。
「見事じゃ、アルス公爵。……そなたは約束通り、桜を咲かせ、頑固者の心まで開いてみせた」
サクヤは私の手を取り、高らかに宣言した。
「瑞穂皇国はこれより、ヴェルダン公爵家との国交を樹立する! そなたを『国賓』として迎え、共に海竜なき海を切り拓こうではないか!」
ワァァァァァァッ!!
家臣たちの歓声が上がった。
こうして、私は東の国での信頼を勝ち取った。
◇
その夜。
満開の夜桜の下で、盛大な宴が開かれた。
瑞穂の酒と料理が振る舞われ、カイトは侍たちと車座になって技術談義に花を咲かせ、シルヴィアは陰陽師たちと魔法理論の交換に夢中になっている。
私は上座で、サクヤ帝と杯を交わしていた。
「……美味いな、この酒は」
「であろう? 瑞穂自慢の『神酒』じゃ。……遠慮せず、もっと近う寄れ」
サクヤは顔を赤らめながら、私の隣にぴったりと寄り添ってきた。
甘い香りと、着物越しの体温が伝わってくる。
「アルスよ。……そなた、国に帰る日が来るのであろう?」
「ええ。鉄道の仕事もありますし、リリーナが待っていますから」
「……そうか。だが、瑞穂にも拠点は必要であろう? なんなら、余の婿となり、この国の『帝配』となるのも悪くはないぞ?」
彼女は悪戯っぽく、しかし真剣な目で私を見上げた。
まただ。またこのパターンだ。
遠く王都にいるリリーナの、怒りのオーラを感じた気がして、私は背筋が寒くなった。
「……光栄なお誘いですが、まずは貿易から始めましょう。ヒヒイロカネの輸出、頼みますよ」
「ふふ、つれない男じゃ。……まあよい。時間はたっぷりある。この桜のように、ゆっくりと育てていくとしよう」
サクヤは私の肩に頭を預け、月を見上げた。
瑞穂との同盟は成った。
ヒヒイロカネという最強の素材も手に入る。
これで、『オオワダツミ』を超える次世代の魔導船団を作ることができる。
そして、私の視線はすでに、その先の「空」へと向かいつつあった。
だがその前に、この東の海を完全に制圧し、世界の海運王とならなければならない。
私の内政チートは、陸、海、そして世界へと広がっていく。




