第21話 東方からの使者と造船への挑戦
王都での騒乱から数日後。
私は、リリーナに見送られ、王都の中央駅に立っていた。
「……アルス様。領地の経営と、王都での議会対応は私にお任せください。貴方様が留守の間、公爵家の金庫は一ゴールドたりとも無駄にはさせませんから」
リリーナは完璧に整えられた書類の束を抱え、凛とした表情で告げた。
彼女は今回、王都に残る。
急激に拡大したヴェルダン公爵家の利権を守り、莫大な鉄道収益を管理できるのは、この世界で彼女しかいないからだ。
「頼んだよ、リリーナ。君が後ろにいてくれるから、私は前だけを見ていられる」
「ふふ、口が上手くなりましたね。……お土産は、瑞穂の珍しい反物で手を打ちますわ」
「善処するよ」
私は苦笑して列車に乗り込んだ。
今回の同行者は、技術顧問のシルヴィア王女、主任技師のカイト、そして瑞穂皇国の特使カグラだ。
目指すは、アステリア王国最大の貿易港、ポート・ロイヤル。
◇
ポート・ロイヤルは、活気を失っていた。
かつては大陸中から商船が集まり、富が行き交った巨大港湾都市。
しかし、今の港に停泊している船はまばらで、どの船乗りたちも酒場で管を巻き、海に出ようとはしなかった。
「……酷い有様ですね」
馬車から降りたシルヴィアが、潮風に顔をしかめる。
「海が死んでいますわ。魔力の淀みが、沖の方から押し寄せています」
カグラが沈痛な面持ちで海を指差した。
「あれが原因です。……沖合に巣食う『海竜』の群れ。奴らは音と魔力に反応し、海を行く船を無差別に襲います」
彼女の説明によれば、瑞穂皇国は強力な魔導金属『ヒヒイロカネ』の産地だが、食料自給率が低い。
海竜によって航路を断たれた今、国は飢餓の危機に瀕しているという。
「木造の船では、奴らの体当たり一発で木っ端微塵です。我が国の剣豪たちが乗り込んでも、海の上では足場がなく、戦いになりません」
「なるほど。……つまり、沈まない足場と、奴らを追い払う力が必要というわけか」
私は港のドックへと向かった。
そこには、修理中のガレオン船があった。船腹には巨大な爪痕があり、船大工たちが必死に修復作業を行っていた。
「おい、そこどきな! 観光客が見ていいもんじゃねぇぞ!」
怒鳴り声を上げてきたのは、日焼けした肌に白髪交じりの髭を蓄えた初老の男だった。
腕には「棟梁」の腕章がある。
「貴殿がここの責任者か? 私はアルス・フォン・ヴェルダン。……新しい船を作りに来た」
「ヴェルダン……? ああ、噂の『鉄道公爵』様か!」
棟梁の態度が少し軟化した。私の名は、鉄道のおかげで遠く離れた港町にも届いていたようだ。
「陸の英雄様が、海に何のご用で? 鉄道なら歓迎だが、船となると勝手が違うぜ」
「瑞穂皇国へ向かう船が必要だ。……海竜の攻撃に耐えうる、強靭な船がな」
「はっ! 無理だ無理だ!」
棟梁は手を振って笑い飛ばした。
「海竜の鱗は鋼鉄より硬ぇ。大砲を撃っても弾き返される。それに、奴らの体当たりは城壁攻めの破城槌と同じだ。どんなに分厚い木材を使っても、一撃でへし折られるさ」
「木材だから折れるんだ」
私はドックの入り口に積み上げられた資材を指差した。
「だから、『鉄』で作る」
「……はあ?」
棟梁も、周りの船大工たちも、きょとんとした顔をした。
数秒後、ドッと爆笑が湧き起こった。
「鉄だってよ! 聞いたかおい!」
「公爵様は陸のことしか知らねぇんだな! いいか若造、鉄は水に沈むんだよ! そんな重いもんで船を作ったら、進水式でブクブク沈んで終わりだ!」
常識だ。
この世界では、船といえば木造。鉄は補強に使われる程度で、全鉄製の船など狂気の沙汰と思われている。
「カイト」
「あいよ、旦那」
私はカイトに合図した。
カイトは懐から、一枚の薄い鉄板を加工した「鉄のボウル」を取り出し、海面に放り投げた。
チャポン。
鉄のボウルは沈むことなく、波間にぷかぷかと浮かんだ。
「な、なんだと!?」
「鉄が……浮いた?」
船大工たちが目を剥く。
私は海面を指差し、淡々と解説した。
「『浮力』とは材質の重さだけで決まるんじゃない。押しのけた水の量で決まる。……鉄であっても、中空にして体積を稼げば、水に浮くんだ」
アルキメデスの原理。前世の中学生でも知っている理屈だが、この世界の職人には魔法以上の衝撃だったようだ。
「理論上は可能ですわ」
シルヴィアが私の隣に立ち、補足する。
「私が計算しました。適切な設計を行えば、数千トンの鉄の塊でも海に浮き、しかも木造船より遥かに多くの荷物を積めます」
棟梁は震える手で、海に浮かぶ鉄のボウルを見つめていた。
彼もまた、長年の経験から「強度不足」に悩まされてきた職人だ。目の前の現象が示す可能性に、心が揺れ動いている。
「……だが、浮くとしてもだ。そんな重い船、どうやって動かす? 風じゃ動かねぇぞ」
「風は使わない。私が作った『魔導エンジン』でスクリューを回す」
私は懐から、夜なべして描いた設計図――『魔導輸送戦艦・オオワダツミ』の青写真を広げた。
全長一〇〇メートル。全鋼鉄製。
主砲には鉄道用のカノン砲を搭載し、船体下部には対海竜用の魔導ブレードを備えた、海上の要塞。
「こいつを作る。……手伝ってくれるか、棟梁」
棟梁は設計図を食い入るように見つめ、やがてゴクリと喉を鳴らした。
「……ちくしょう。こんなもん見せられて、職人の血が騒がねぇわけがねぇ」
彼は顔を上げ、ニヤリと笑った。
「いいだろう公爵様! 俺たちの常識、ぶっ壊してくれ! この港の総力を挙げて協力するぜ!」
◇
こうして、造船プロジェクトは始まった。
だが、海は陸ほど甘くはなかった。
数日後、仮設の工房で、カイトが頭を抱えていた。
「だめだ旦那。……腐りやがる」
「塩害か?」
「ああ。海水に含まれる塩分と魔素が反応して、普通の鉄なら三日で錆びてボロボロだ。バイオメタルでも一ヶ月持つかどうか……」
陸上では最強の素材だったバイオメタルも、過酷な塩分環境下では劣化が早すぎる。
さらに問題はもう一つ。
「水圧も厄介ですわ」
シルヴィアが計算書を見せてくる。
「スクリューの軸受け部分。深海からの水圧と、高速回転の摩擦熱。……今のパッキング技術では水漏れを防げません。浸水すれば、鉄の船はただの棺桶です」
素材の腐食と、防水技術の壁。
これらを解決しない限り、外洋への航海など夢のまた夢だ。
私は腕を組み、唸った。
ここで詰むわけにはいかない。
ふと、部屋の隅で刀の手入れをしていたカグラが口を開いた。
「……錆びない鉄、ですか?」
「何か心当たりが?」
「ええ。我が国で産出される『ヒヒイロカネ』は、千年経っても輝きを失いません。ですが……」
「ですが?」
「今の瑞穂には、それを加工するだけの燃料も、運ぶ船もありません」
堂々巡りだ。
船を作るための素材が、船がないと手に入らない。
「いや……待てよ」
私はカグラの刀を見た。
その刀身には、独特の波紋が刻まれている。
異なる金属を重ね合わせ、鍛えることで強度を増す技術。
「合金だ」
ヒヒイロカネがないなら、代用品を作ればいい。
私はカイトとシルヴィアに向き直った。
「カイト、海岸に打ち上げられている『ガラス質の砂』を集めろ。シルヴィア様、炎熱魔法でそれを溶かし、バイオメタルの表面にコーティングする術式を組んでくれ」
「ガラスコーティング……ですか?」
「そうだ。錆びるのは鉄が直接海水に触れるからだ。ガラスは錆びない。……極薄のガラス皮膜で鉄を覆い、さらに電撃魔法で『電気防食』を行う」
前世の知識、メッキ技術と電気防食の応用だ。
カイトがパチンと指を鳴らした。
「なるほど! 電気でイオン化傾向を抑え込むってわけか! ……へへっ、旦那の頭の中はどうなってんだ?」
「よし、方針は決まった! 急ぐぞ、瑞穂の民が飢える前に、最初の一隻を完成させる!」
私たちの挑戦は終わらない。
錆びない鉄を作り、水を弾く結界を編み、海竜の待つ海へと乗り出す。
港町ポート・ロイヤルに、かつてない槌音が響き始めた。




