第19話 鉄巨人対装甲列車
土煙が晴れると、戦場の空気は一変していた。
装甲列車『アイギス』から飛び出した王国軍の精鋭部隊は、背後を突かれた帝国兵を次々と制圧していく。
勝敗は決したかに見えた。
だが、戦場にはまだ「絶望」が残っていた。
ズシンッ……ズシンッ……!
地響きと共に、三体の『鉄巨人・改』が列車に向かって歩みを進めていた。
全高五メートル。ガストンが地下で作っていた試作機とは比較にならない。真紅に塗装された重厚な装甲、右腕には巨大なパイルバンカー(杭打ち機)、左腕には火炎放射器。
まさに殺戮のために調整された決戦兵器だ。
「目標変更。……装甲列車ヲ破壊スル」
無機質な魔導音声と共に、先頭の一体が左腕を向けた。
ゴォォォォォッ!!
紅蓮の炎が放射され、『アイギス』を包み込む。
「熱ッ! 温度上昇、限界ギリギリだ! 姫様の障壁がなけりゃ蒸し焼きだぞ!」
カイトが計器を叩きながら悲鳴を上げる。
シルヴィアが展開した『ヘキサ・シールド』が、炎を弾いてくれているが、結界の表面がバチバチと赤く明滅している。
「カイトさん、反撃を! 魔導カノン砲、発射!」
リリーナの指示で、屋根の砲塔が旋回し、至近距離から魔力弾を放つ。
ドォン!!
直撃。だが――煙が晴れると、鉄巨人は無傷で立っていた。
「な、弾かれた!? 直撃コースでしたのに!」
「……『対魔コーティング』か。厄介な代物を塗っているな」
私は舌打ちをした。
帝国の技術陣も馬鹿ではない。魔法攻撃を主とする王国軍への対抗策として、装甲表面に魔力を拡散させる特殊塗料を施しているのだ。これでは魔法攻撃は通じない。
「魔力がダメなら……『物理』で殴るまでだ」
私は操縦桿を切り替えた。
列車の制御を「走行モード」から「作業モード」へ。
「カイト! 動力配分を『魔導アーム』に全振りしろ! 土木工事の時間だ!」
「へへっ、了解だ旦那! ぶっ壊すのは得意だぜ!」
カイトがバルブを回すと、エンジンが獰猛な唸りを上げた。
先頭車両の両脇に格納されていた、線路敷設用の巨大なクレーンアームが展開する。
本来は重いレールを持ち上げるための鋼鉄の腕。だが今は、鉄巨人の首をへし折るための剛腕だ。
「うおおおおッ!!」
私は魔力でアームを自分の腕のように操作した。
ガキンッ!!
炎を突っ切って伸びたアームが、鉄巨人の右腕――パイルバンカーを掴み、強引にねじり上げた。
「警告、駆動系ニ負荷。警告……」
「遅い!」
私はもう一本のアームで、鉄巨人の胴体を鷲掴みにし、そのまま列車へと引き寄せた。
そして、先頭車両の先端にある、岩盤粉砕用の『衝角』に向けて叩きつける。
ドガァァァァン!!
凄まじい金属音が響き、鉄巨人の胸部装甲がひしゃげた。
だが、まだ動いている。
「硬い……! これでも貫けないのか!」
「アルス様! 熱源反応を解析しました!」
シルヴィアが叫んだ。彼女は敵の攻撃を防ぎながら、その構造を丸裸にしていたのだ。
「あの巨人の装甲は完璧ですが、排熱が追いついていません! 背中のダクトと、関節の隙間! そこだけ装甲が薄くなっています!」
「背中か! だが、どうやって後ろに回る!?」
「回る必要はありません。……アルス様、二番機と三番機が来ます!」
残る二体の鉄巨人が、仲間を助けようと左右から迫ってくる。
絶体絶命の包囲網。
しかし、私の隣で、冷静に懐中時計を見ていたリリーナが言った。
「……あと三秒で、敵の連携が崩れます」
「なに?」
「右の機体、足場の地盤沈下率が一二パーセントを超えています。その重量で踏み込めば……」
ズボッ。
リリーナの予言通り、右から来た鉄巨人の足が、私が先ほど「高速道路」を作る際に埋め立てた柔らかい土砂に足を取られ、大きくバランスを崩した。
「今だ! カイト、とっておきを使え!」
「あいよッ! 特製『杭打ち機』、装填完了!」
私はバランスを崩した二番機を無視し、目の前で拘束している一番機に狙いを定めた。
アームで敵を羽交い締めにし、弱点である背中を無理やりこちらに向ける。
そして、運転席の直上に設置された、建設用の巨大な杭打ち機を起動させる。
「魔法が効かないなら、鉄の塊を打ち込むだけだ! ……貫けぇッ!!」
ドシュゥゥゥゥン!!!
火薬と魔力、双方の圧力で射出された直径三〇センチのタングステン鋼の杭が、鉄巨人の背部ダクトに深々と突き刺さった。
装甲を貫通し、内部の動力炉を直撃する。
「ガ、ガガ……出力低下……臨界……」
鉄巨人は痙攣し、次の瞬間、内部から爆発を起こしてバラバラに崩れ落ちた。
一体撃破。
「よし! 次は左だ!」
残る二体は動揺していた。仲間が一撃で沈められたのだ。
私は間髪入れずに攻める。
「土木魔法・部分展開――『突起隆起』!」
地面から鋭利な岩の槍を隆起させ、転倒している二番機の関節を突き刺し、縫い止める。
そして、三番機に向かって、列車を「超信地旋回」させた。
本来なら曲がれない列車だが、私の魔法で無理やり車体の向きを変える。
「こっちは『土木工事』のプロだ! 戦争ごっこの兵器とは年季が違うんだよ!」
クレーンアームが三番機の頭部を掴み、引きちぎるように回転させる。
バキバキバキッ!
首が飛び、三番機が沈黙する。
残るは、地面に縫い付けられた二番機のみ。
私は運転席から飛び降り、動けない二番機の目の前に立った。
右手に魔力を集中させる。
「……ガストンに伝えておけ。お前の作るオモチャじゃ、私のインフラは壊せないとな」
私は鉄巨人の装甲の隙間に手を当て、術式を流し込んだ。
『構造分解』。
建造物を解体するための魔法。
ボロボロ……と、鉄巨人の装甲が砂のように崩れ去り、中のパイロットが露わになった。
パイロットの帝国兵は、恐怖に顔を歪め、両手を上げて降伏した。
◇
静寂が戻った。
三体の鉄巨人は、今やただの鉄屑の山と化していた。
それを見た帝国軍の残存兵力は、蜘蛛の子を散らすように国境の彼方へと逃げ去っていった。
「う、うおおおおおおおッ!!」
「勝ったぞ! 装甲列車の勝利だ!」
砦の兵士たちが歓声を上げ、帽子を投げる。
私は大きく息を吐き、へたり込みそうになるのを堪えて、列車のデッキに戻った。
そこには、油まみれのカイト、汗だくのシルヴィア、そして髪を乱したリリーナがいた。
全員、ボロボロだが、その顔には最高に晴れやかな笑みがあった。
「……やりましたね、アルス様」
シルヴィアが、震える手で私の手を握る。
「ああ。……守りきったよ」
砦の城門が開き、傷だらけのムルト将軍が歩み寄ってきた。
彼は私の前で立ち止まり、深く、深く頭を下げた。
「……ヴェルダン殿。いや、英雄殿。……貴殿の『鉄の馬』がなければ、我々は全滅していた。非礼を詫びると共に、心からの感謝を捧げる」
「将軍、頭を上げてください。私はただ、荷物を届けに来ただけです」
私は列車の貨車を指差した。
そこには、山積みの食料と医薬品、そして希望が積まれていた。
「さあ、仕事の続きだ。線路を直して、この砦をもっと頑丈に建て直そう。……私の土木魔法があれば、一日で元通りだ」
私の言葉に、兵士たちはどっと笑い、そして涙を流して喜んだ。
国境の危機は去った。
だが、これで終わりではない。帝国が本気になれば、次はもっと大きな軍勢で来るだろう。
それまでに、私はこの国を――インフラという名の血管で、強固な要塞へと変えなければならない。
朝日が昇る。
荒野に伸びる一本のレールが、黄金色に輝いていた。




