第18話 道なき道の強行軍と戦場のレール
王都を出発して二日目の深夜。
順調に東へと進んでいた装甲列車『アイギス』の車内に、突如として警報音が鳴り響いた。
「まもなく既設区間の終点! レールエンドまで距離三〇〇〇メートル! 全車、衝撃に備えろ!」
カイトの声が通信管を通じて各車両に伝わる。
兵士たちの間に動揺が走る。
ここから先は、地図上では「未開の荒野」だ。鬱蒼とした森と、岩だらけの荒地が広がるだけで、道など一本もない。
「おい、どうすんだ!? 線路がねぇぞ!」
「ここで降りて歩くのか? 間に合わねぇ!」
ざわめく車内。だが、先頭車両のデッキに立った私、アルス・フォン・ヴェルダンに迷いはなかった。
私は強風が吹き荒れるデッキの最前部に仁王立ちし、ゴーグルを装着した。
「速度維持。……ここからが本番だ」
私は両手を前に突き出し、膨大な魔力を練り上げた。
私の脳内には、事前に測量魔法でスキャンした地形データと、最適なルートが青白い光の線となって浮かび上がっている。
「土木魔法・第九階梯――『地形編集』!!」
私の叫びと共に、列車前方の空間が歪んだ。
ズズズズズズッ……!!
大地が鳴動する。
行く手を阻む巨大な樹木が根こそぎ左右に退き、ゴツゴツとした岩山がまるで粘土のように沈み込み、平坦にならされていく。
神の如き御業による、強制的な整地。
道がないなら、作ればいい。
「カイト、やれ!」
「あいよッ! 『自動敷設アーム』、展開!」
運転席のカイトがレバーを倒す。
先頭車両の両脇から、巨大な機械のアームが展開された。アームは貨車に積まれた枕木とレールを掴み、私が平らにしたばかりの地面へと叩きつけていく。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
目にも止まらぬ早業だ。
さらに私は、その設置された瞬間のレールに魔力を流し込む。
「『即時固定』!」
レールと地面が分子レベルで結合し、数秒後には数トンの列車が通過してもびくともしない強度を得る。
整地、敷設、固定。
この三工程を、列車が進行する速度に合わせてリアルタイムで行う。
時速三〇キロ。通常運行よりは遅いが、徒歩よりは遥かに速い速度で、鉄の道が荒野を侵食していく。
「す、すげぇ……!」
「若様が、道を作ってやがる……!」
窓の外を見た兵士たちが、畏怖と感動の声を上げる。
彼らの目の前で、森が割れ、鉄路が生まれ、自分たちを運んでいるのだ。
それはまさに、文明の力による自然への勝利だった。
だが、その進行を阻もうとする影が現れた。
「敵襲! 上空三時方向! 竜騎士団です!」
見張り役のボルグが叫ぶ。
夜空を切り裂いて急降下してくるのは、ガレリア帝国の空の精鋭、ワイバーン部隊だ。その数、およそ二〇騎。
彼らは口から火球を吐き出し、敷設されたばかりのレールと列車を狙う。
「ちっ、嗅ぎつけてきやがったか!」
「アルス様、迎撃しますか!?」
「いや、私が手を離せば列車が脱線する! ……シルヴィア様、頼めますか?」
私は整地に集中したまま叫んだ。
私の背後で、シルヴィア王女が一歩前に出た。彼女は紫水晶の瞳を鋭く細め、両手を天に掲げた。
「お任せください。……私の計算した防壁を、破れると思って?」
彼女の全身から、高貴な紫色の魔力が噴き上がる。
「広域防御結界――『ヘキサ・シールド』展開!」
ブォンッ!
列車の周囲に、六角形の光のパネルが無数に出現し、ドーム状の障壁を形成した。
ドガガガガッ!
ワイバーンの吐く火球が直撃するが、障壁は波紋一つ立てずに弾き返す。
「なっ、なんだあの硬さは!?」
「魔法使いがいるぞ! それも特級の!」
上空の竜騎士たちが狼狽する。
シルヴィアの結界は、単に硬いだけではない。衝撃を分散させ、吸収する「柔軟な」構造をしている。彼女の天才的な魔導理論の結晶だ。
「今です、カイトさん!」
「おうよ! ハエ叩きの時間だ!」
カイトがスイッチを押すと、列車の屋根に設置された対空機関砲が火を噴いた。
ただし、発射されるのは弾丸ではない。
私が開発した、風魔法と火魔法を圧縮した『近接信管式・魔導散弾』だ。
シュバババババッ!
空中で無数の光弾が炸裂し、鉄の雨となって竜騎士たちを襲う。
ワイバーンの翼が切り裂かれ、次々と墜落していく。
「ぐわぁぁぁッ!」
「馬鹿な、届くはずがない高度だぞ!?」
一方的な虐殺だった。
剣と魔法の世界の住人に、対空弾幕という概念はない。
数分の交戦で、竜騎士団は壊滅し、敗走していった。
「ふぅ……。計算通りですわ」
シルヴィアが汗を拭い、少し得意げに微笑む。
「ナイスだ、姫様! いい腕してるぜ!」
カイトが親指を立てる。
列車は止まらない。
夜が明け、太陽が昇る頃――ついに、地平線の彼方に黒煙を上げる石造りの砦が見えてきた。
東部国境砦『アルカディア』だ。
だが、状況は絶望的だった。
砦の城壁はすでに崩れ、無数の帝国兵が蟻のように殺到している。
そして、その中央には、高さ五メートルを超える帝国の新型兵器『鉄巨人・改』が三体、城門をこじ開けようとしていた。
「ま、間に合わなかったか……!?」
リリーナが悲痛な声を上げる。
「いいや、まだだ!」
私は『魔力双眼鏡』で戦況を確認した。
砦の本丸には、まだ王国の旗が翻っている。守備隊長であるムルト将軍の部下が、必死に持ちこたえているのだ。
しかし、ここから砦まではまだ二キロある。
そして、レールの資材が底をついた。
「アルス様! レール在庫ゼロ! これ以上の敷設は不可能です!」
カイトが悲鳴を上げる。
停車して兵を下ろすか?
いや、それでは間に合わない。展開している間に砦は落ちる。
私は決断した。
ブレーキレバーに手をかけようとしたカイトの手を止め、逆にスロットルを全開に押し込んだ。
「えっ、旦那!?」
「止まるな! 最高速で突っ込む!」
「でも、レールがねぇぞ! 脱線して横転する!」
「させるかよ!」
私はデッキの最前部で、残りの全魔力を解放した。
ターゲットは、列車前方の地面。そして、敵軍の密集地帯。
「土木魔法奥義――『高速道路』ッ!!」
ゴォォォォォォォッ!!
レールの代わりなどいらない。
地面そのものを圧縮し、硬化させ、摩擦係数を極限まで下げた「平滑な石畳」を一瞬で作り出す。
それは、敵軍の足元まで一直線に伸びる滑走路となった。
時速八〇キロ。
一〇〇〇トンの質量を持つ鉄の塊が、トップスピードに乗ったまま、背後から帝国軍の本陣へと突撃する。
「な、なんだあれは!?」
「れ、列車!? なぜこんな荒野に!?」
「来るぞ! 逃げろぉぉぉッ!」
敵兵の絶叫が響くが、遅い。
排土板を備えた『アイギス』は、ボウリングのピンのように帝国兵を跳ね飛ばし、陣形を粉砕した。
ズドォォォォォォン!!!
凄まじい衝撃音と共に、列車は敵の後衛部隊を突き破り、砦の目の前で急停車した。
土煙が舞い上がる中、装甲車の側面ハッチが一斉に開く。
「総員、降車! 敵を殲滅せよ!」
ワァァァァァァッ!!
一万の王国兵が、怒涛の勢いで飛び出した。
完全武装の元気な主力部隊が、疲弊しきった敵軍の背後と側面を突いたのだ。勝負は一瞬だった。
私は運転席で荒い息を吐きながら、その光景を見ていた。
リリーナがへたり込み、シルヴィアが涙ぐみながら私に抱きついてくる。
「やりました……! 間に合いましたわ、アルス様!」
「ああ。……ここからは、彼らの仕事だ」
戦場の真ん中に通された、一本の即席の道。
それが、亡国の危機を救った瞬間だった。
だが、安心するのはまだ早い。
土煙の向こうから、三体の『鉄巨人・改』が、標的を砦からこの列車へと変更し、ズシン、ズシンと近づいてきていた。
ガストンの遺産。その決着をつけねばならない。




