第17話 国境の危機と魔導列車の軍事転用
王城の地下深くに位置する「軍事作戦司令室」。
分厚い石壁に囲まれたその部屋は、怒号と悲鳴にも似た嘆きで満たされていた。
「間に合うわけがない! 国境の砦まで、歩兵の足で二週間はかかるのだぞ!」
円卓を叩いて叫んだのは、王国軍総司令官のムルト将軍だ。
歴戦の猛者である彼の顔には、隠しきれない焦燥と恐怖の色が浮かんでいる。
中央の巨大な地図には、東の国境線沿いに赤色の駒――帝政ガレリア軍――が無数に置かれていた。
「敵の総数は三万。対する我が方の国境警備隊はわずか三千。しかも、敵には新型兵器『鉄巨人』が配備されているとの報告だ。……援軍が着く前に、砦は瓦礫の山になるぞ!」
国王陛下は沈痛な面持ちで地図を見つめていた。
部屋の隅に控えていた私、アルス・フォン・ヴェルダンは、リリーナが計算した兵站データを手元に、静かに口を開いた。
「……陛下。二週間もかける必要はありません」
「なに?」
「三日です。三日あれば、主力部隊一万と補給物資を、国境の最前線へ送り込めます」
室内が静まり返った。
ムルト将軍が、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「三日だと? 早馬でもギリギリの距離だぞ。大軍が空でも飛ぶというのか、小僧!」
「空は飛びませんが、地は駆けます。……現在、私が建設している『魔導鉄道』を使えば」
私は地図の上に、一本の線を指でなぞった。
「現在、王都から東へ向かう線路は、全行程の七割まで敷設が完了しています。ここまでは列車で移動し、そこから先は……」
「馬鹿を言うな! 残りの三割はどうする! 道なき森と荒野だぞ!」
「道がないなら、作りながら進めばいいのです」
私は懐から、一枚の図面を取り出し、円卓に広げた。
それは通常の客車や貨車ではない。分厚い装甲に覆われ、先頭車両に巨大な「衝角」と「魔導アーム」を備えた、異形の列車の設計図だった。
「強襲揚陸用・装甲列車『アイギス』。……走りながら前方の木々を伐採し、整地し、魔法で仮設レールを固定して進む、『線路敷設』機能を搭載した特別車両です」
将軍も国王も、言葉を失った。
常識の外にある発想だ。
戦争とは、兵士が歩いて戦場へ行くもの。その前提を、私は「インフラごと戦場へ伸びる」という形で覆したのだ。
「……アルスよ。それは、可能なのか?」
国王の問いに、私は力強く頷いた。
「可能です。すでに資材と人員の準備は進めています。……ただし、陛下。一つだけ条件がございます」
「申してみよ」
「この列車は、あくまで『防衛』と『輸送』のために使います。侵略のために鉄道を使うことは、断じて認めません」
私の言葉に、国王は深く頷き、重々しく告げた。
「許す。……アルス・フォン・ヴェルダンを『特務輸送将校』に任命する。全軍の移動権限を委ねる。……国を、民を守ってくれ」
◇
ヴェルダン別邸の地下工房。
そこは、戦場さながらの慌ただしさに包まれていた。
火花が散り、金属を叩く音が響き渡る。
「カイト! 装甲板の厚さが足りない! 敵の『鉄巨人』の出力を甘く見るな! あと五ミリ増圧しろ!」
「へいへい、無茶言うねぇ旦那! そんなに重くしたらサスペンションがへたるぞ! ……ちっ、油圧シリンダーを強化するしかねぇか!」
カイトは油まみれになりながら、巨大な装甲板を溶接していた。
彼女の指示で、ロッシ商会から集められた鍛冶職人たちが一斉に動く。
通常の貨物列車を、即席の「移動要塞」へと改造する突貫工事だ。
工房の片隅で、シルヴィア王女が設計図を握りしめ、沈んだ表情で立ち尽くしていた。
私は作業の手を止め、彼女に歩み寄った。
「……シルヴィア様」
「アルス様……。私、怖いです」
彼女は震える声で言った。
その紫水晶の瞳が、悲しげに揺れている。
「私たちは、人々の暮らしを豊かにするために鉄道を作ったはずです。遠くの街へ旅をし、美味しいものを運び、笑顔を繋ぐために……。それなのに、なぜ『大砲』や『装甲』を積まなければならないのですか?」
彼女の視線の先には、列車の上部に搭載された『魔導カノン砲』があった。
本来はトンネル掘削用の発破魔法を転用したものだが、人に向けて撃てば、容易に肉体を消し飛ばす兵器となる。
技術者としての彼女の潔癖さが、それを拒絶していた。
「……私も、本意ではありません」
私は正直な気持ちを吐露した。
平和な日本で生きた記憶を持つ私にとって、戦争など忌避すべきものだ。
だが、この世界は残酷だ。力なき正義は踏みにじられる。
「ですが、シルヴィア様。技術は『道具』です。ナイフは美味しい果物を剥くこともできれば、人を殺すこともできる。……重要なのは、誰が何のために使うかです」
私は彼女の手を取り、優しく包み込んだ。
「私たちは、この鉄道で『死』を運ぶのではありません。『生』を守るために走るのです。……貴女が設計した美しい魔導回路が、三千人の守備隊の命を救う盾になるんです」
シルヴィアは顔を上げ、私の目を見つめ返した。
迷いは消えていない。だが、覚悟の色が宿り始めていた。
「……盾、ですね。人を傷つけるためではなく、守るための」
「ええ。約束します。私が指揮を執る限り、無益な殺戮には使いません」
「……分かりました。私も、王族の端くれです。民を守る義務から逃げたりしません」
彼女は涙を拭い、設計図を広げた。
「カイトさん! 魔導障壁の展開範囲を修正します! 攻撃よりも防御優先! 全車両をドーム状の結界で覆えるよう、出力配分を再計算してください!」
「おうよ姫様! そう来なくっちゃな!」
カイトがニカっと笑い、ハンマーを振り下ろした。
リリーナもまた、物資の積み込みリストを片手に叫ぶ。
「食料、医薬品、予備弾薬! すべて満載です! 重量バランス、限界ギリギリですが……アルス様の運転技術を信じます!」
「ああ、任せろ!」
◇
翌朝。
王都の中央広場に設けられた仮設駅には、一万の兵士が集結していた。
彼らの目の前に、黒鉄の巨獣が姿を現す。
装甲列車『アイギス』。
全身を重厚なバイオメタルとミスリル装甲で覆われ、無数のリベットが打ち込まれた威容は、もはや列車というより地上を這う戦艦だ。
先頭車両には、土木作業用のアームと排土板が牙のように突き出している。
「……こ、これが俺たちの乗る『馬』かよ……」
「化け物だ……」
兵士たちが畏怖の声を漏らす。
私は運転席の窓を開け、拡声魔法で全軍に告げた。
「総員、乗車せよ! これより本列車は、東部国境へ向けて直行する! 所要時間は七二時間! 揺れるから舌を噛むなよ!」
汽笛が鳴り響く。
今までの平和な音色ではない。戦場へと向かう、低く腹に響く咆哮だ。
「出発進行!!」
ドォォォォン!!
強化された魔導エンジンが爆発的なトルクを生み出し、巨大な車輪が回転を始める。
一万の軍勢を呑み込んだ鉄の要塞が、ゆっくりと、しかし確実に動き出した。
車窓から見える王都の景色が、みるみるうちに後方へと飛び去っていく。
隣の席では、シルヴィアが祈るように手を組み、カイトは興奮気味に計器をチェックしている。リリーナは懐中時計を見つめ、ダイヤの正確さを測っている。
「行くぞ。……ガレリア帝国。私の作ったレールの上で、好き勝手はさせない」
列車は速度を上げ、王都を離れ、東の荒野へと突き進んでいく。
その先には、未完成の線路と、圧倒的な敵軍が待ち受けている。
だが、私に恐怖はなかった。
なぜなら、この列車には世界最高の「頭脳」と「技術」、そして守るべき「未来」が詰まっているからだ。
ヴェルダン鉄道、最初の実戦任務。
それは、大陸の戦史を塗り替える「電撃戦」の幕開けとなる。




