第15話 地下水路の決闘と新たな仲間
華やかな王都の輝きは、地表だけのものだ。
地下には、都市の排泄物を流す血管――巨大な下水道網が広がっている。
腐敗臭と湿気が充満する暗闇の中を、私たちは音もなく進んでいた。
「……臭せぇな。故郷の堆肥のほうがまだマシだぜ」
ハンカチで鼻を覆いながら、ボルグが小声で悪態をつく。
先頭を歩くのは、エルヴィラが貸してくれた密偵の少女、レンだ。
全身を黒い革鎧で包み、二本の短剣を佩いた彼女は、まるで影のように足音を立てずに進む。
「無駄口を叩かないで。……反響するわ」
レンが短く警告する。
私は『暗視』の術式を展開し、周囲を警戒していた。
エルヴィラからの情報によれば、この「旧第三区画」の奥に、ガストンたちが潜伏しているという。
王都の地下水路は迷宮だ。
だが、私の目には違って見えていた。
壁の材質、水流の速度、そして微かな魔力の淀み。それらが「不自然な空間」の在り処を指し示している。
「……あそこだ。壁の裏に、隠蔽された空洞がある」
私は行き止まりに見える壁を指差した。
レンが壁を調べ、隠しスイッチを見つけて作動させる。
ゴゴゴ……と低い音を立てて、石壁が回転した。
その先には、下水道とは思えない広大な空間が広がっていた。
かつての地下貯水槽を改造した秘密工房だ。
中央には巨大な魔法陣が描かれ、その周囲には誘拐されたと思われる貧民街の人々が、鎖で繋がれて作業をさせられていた。
そして、工房の奥には見覚えのある老人の姿があった。
「ええい! 出力が安定せん! なぜだ! あの小僧の理論通りに組んだはずだろう!」
ガストンだ。
彼は白衣をまとい、目の前の「鉄塊」に向かって怒鳴り散らしていた。
その鉄塊は、私の魔導エンジンを模倣した粗悪品だ。だが、動力源には高純度魔石ではなく、無理やり抽出したような不気味な赤光を放つ何かが使われている。
その横には、軍服を着た男たちが立っている。ガレリア帝国の工作員だ。
「ガストン殿。我々が欲しいのは完成品だ。……こんなガラクタではない」
「黙っておれ! 理論は合っているはずなのだ! おい、実験体を連れてこい! 生体魔力で強制的に回路を繋ぐ!」
ガストンの指示で、屈強な男たちが檻の中から一人の痩せた子供を引きずり出した。
子供は必死に抵抗しているが、殴りつけられ、エンジンの接続端子へと押し付けられる。
「……そこまでだ」
私は隠れるのをやめ、堂々と広場へと踏み出した。
冷え切った殺気が、地下空間の温度を一気に下げる。
「なっ……!? き、貴様は……アルス・フォン・ヴェルダン!!」
ガストンが目を見開き、裏返った声を上げた。
「なぜここが分かった!?」
「下水の臭いよりも、腐った陰謀の臭いのほうが鼻につくからな。……ガストン、技術を盗むだけならまだしも、人を部品にするとは。研究者以前に、人間として終わっているぞ」
「ふん! 綺麗事を! 貴様の技術こそ、世界を混乱させる劇薬ではないか! ならば私が兵器として管理してやるのが慈悲というものだ!」
ガストンは狂ったように笑い、手元のレバーを引いた。
「やれ! 試作魔導兵器『鉄巨人』、起動!」
不完全なエンジンを搭載した鉄の巨人が、ガシャンと立ち上がった。
高さ三メートル。装甲の継ぎ目から赤い蒸気を噴き出し、暴走寸前の魔力を撒き散らしている。
同時に、帝国の兵士たちが剣を抜いて襲いかかってきた。
「ボルグ、レン! 雑魚を頼む! あのデカブツは私が解体する!」
「へいよッ!」
「了解」
ボルグが大盾で兵士の斬撃を受け止め、その隙にレンが影のように背後へ回り込み、短剣で腱を断つ。
私は鉄巨人へと向き直った。
巨人が腕を振り上げ、轟音と共に鉄拳を叩きつけてくる。
「遅い」
私は一歩も動かず、足元の水面を指差した。
「流体制御――『高圧水流断』」
下水路の水が一瞬で収束し、細い刃となって噴き上がった。
カキンッ!
超高圧の水流は、鉄の拳を豆腐のように切断した。
切断面から火花が散り、巨人がバランスを崩す。
「な、なんだと!? ミスリル合金の装甲を一撃で!?」
「ただの水でも、マッハの速度でぶつければ鉄をも断つ。……物理学だよ、ガストン」
私は畳み掛ける。
暴走するエンジンの魔力が、周囲に放電を始めている。このままでは爆発し、捕らわれている人々ごと吹き飛ぶ。
ならば、エネルギーの逃げ道を作ればいい。
「空間術式――『真空排気』」
エンジンの直上に局所的な真空空間を作り出す。
圧力差により、暴走する熱エネルギーが一気に上方へと吸い上げられた。
プシュウウウウウ……ッ!
エンジンが悲鳴のような音を立てて急速冷却され、鉄巨人はその場に崩れ落ちた。
「ば、馬鹿な……。私の最高傑作が、魔法一つも撃てずに……」
ガストンがへたり込む。
帝国の兵士たちも、ボルグとレンによって制圧されていた。
私はガストンの胸ぐらを掴み、冷ややかに告げた。
「お前の負けだ。その歪んだ知識ごと、牢獄で朽ち果てろ」
「ひ、ひぃぃッ! ま、待て! 私は帝国に……!」
その時、帝国の工作員の一人が、隠し持っていた煙玉を地面に叩きつけた。
ボンッ! と紫色の煙が充満する。
「ちっ、逃げたか!」
レンが短剣を投げるが、煙の向こうには隠し通路があったようだ。
ガストンと数名の帝国兵の気配が遠ざかっていく。
深追いは危険だ。まずはここの人質確保と、証拠の保全が最優先だ。
「……逃がしましたが、実験データと捕虜は確保しました」
レンが、気絶させた帝国兵の一人を縛り上げながら言った。
私は檻の方へ向かった。
鎖に繋がれた人々は怯えていたが、私が鎖を破壊すると、涙を流して感謝の言葉を口にした。
その中で、一人だけ異質な存在がいた。
先ほど実験台にされそうになっていた子供だ。
煤で顔が汚れ、ボロボロの服を着ているが、その瞳だけは死んでいなかった。
いや、むしろ爛々と輝き、崩れ落ちた鉄巨人の構造を観察していた。
「……おい、大丈夫か?」
私が声をかけると、その子はハッとして私を見た。
泥だらけだが、整った顔立ちをしている。性別は……分からない。少年のような短髪だが、線が細い。
「……すげぇ」
その子が呟いたのは、感謝の言葉ではなかった。
「あんた、どうやったんだ? あの『圧力制御』。ただ水をぶつけただけじゃねぇ。魔力で水分子の結合密度を変えてたろ?」
私は目を丸くした。
この一瞬の攻防で、私の術式の本質を見抜いたのか?
王城のシルヴィア王女に続き、ここにも天才の原石がいるとは。
「よく見ているな。君、名前は?」
「……カイト。スラムのクズ拾いだ」
「そうか、カイト。……どうだ、私のところに来ないか?」
私は手を差し出した。
カイトは私の手と、壊れた鉄巨人を交互に見て、ニヤリと笑った。
「飯と……あの鉄の塊をいじらせてくれるなら、行ってやるよ。旦那」
「交渉成立だ」
私はカイトの手を握り引き上げた。その手は小さく、しかし無数の小さな傷があり、彼(彼女?)がこれまで機械部品をいじってきた歴史を物語っていた。
こうして、地下水路の戦いは終わった。
ガストンは逃がしたが、決定的な証拠と、帝国の関与を示す捕虜、そして未来の魔導技師を手に入れた。
地上に戻ると、夜明けが近づいていた。
王都の空が白んでいく。
新たな仲間を加えた私たちは、次なる戦い――鉄道建設という巨大プロジェクトに向けて、再び歩き出した。




