第14話 二人の才女と三角関係の執務室
王都アステリアの貴族街の一角に、ヴェルダン家が所有する別邸がある。
かつては兄ジェラールが愛人を囲うために使い、その後は放置されて荒れ放題だった屋敷だが、今は見違えるように生まれ変わっていた。
「……さすがはエルヴィラさんですね。たった二日で内装のリフォームと魔導回線の敷設を終えるなんて」
「商会への『優先契約』という餌があれば、彼女は悪魔でもこき使って工事を終わらせるでしょうから」
早朝の執務室。
朝日が差し込む真新しいデスクで、リリーナが不機嫌そうにコーヒーを淹れていた。
彼女の機嫌が悪い理由は、屋敷の工事のせいではない。
今まさに、正門から堂々と入ってくる「招かれざる(と思っている)客」のせいだ。
「ごきげんよう、アルス様! 朝の空気は澄んでいて気持ちがいいですわね!」
ドアが開かれると同時に、春風のような声と共にシルヴィア王女が飛び込んできた。
今日もお忍びスタイル……という建前だが、身につけているワンピースは最高級の絹製だし、背後には近衛騎士が苦笑しながら控えている。
「おはようございます、シルヴィア様。……王城からここまで、馬車で三〇分はかかりますよね? まだ朝の六時ですが」
「ふふ、アルス様に会えると思ったら、夜明け前に目が覚めてしまいましたの」
シルヴィアは悪びれもせず、私の隣の椅子――本来は来客用ではない、私の作業補助用の椅子――に腰掛けた。距離が近い。甘い花の香りが鼻をくすぐる。
リリーナが、ダンッ! と少し強めにコーヒーカップをテーブルに置いた。
「……王女殿下。アルス様はこれから、鉄道延伸に向けた基本設計の詰めを行わなければなりません。お遊びの相手をしている暇は……」
「遊びではありませんわ、リリーナさん。私も『共同研究者』として手伝いに来たのです」
シルヴィアは鞄から、私が昨日渡した設計図の写しを取り出した。
そこには、彼女の美しい筆跡でびっしりと赤字(書き込み)がされている。
「昨夜、アルス様の『魔導信号機』の回路図を見直したのですけれど……これ、美しくありませんわ」
「美しくない?」
「ええ。魔力伝達のラインが直角的すぎます。これでは魔素の乱流が起きて、伝達ロスが発生します。ここをこう、螺旋状に配置して、触媒にはミスリル銀を使えば……出力は三〇パーセント向上しますわ!」
シルヴィアが目を輝かせて修正案を示す。
確かに、彼女の理論は完璧だ。天才的な直感で、魔力の最適な流れを見抜いている。
だが。
「却下です」
リリーナが即座に切り捨てた。
「なっ……なぜですの!? 性能が上がるのですよ?」
「コストが高すぎます。ミスリル銀? そんな希少金属を、数キロメートルおきに設置する信号機に使っていたら、国家予算がいくつあっても足りません」
リリーナは自分の計算書をバシッと叩いた。
「アルス様の設計は、安価な銅線と量産型の魔石で『必要最低限の機能』を満たすように計算されています。芸術作品を作っているのではないのです、殿下」
「むぅ……! でも、技術者として妥協は許せませんわ! それに、銅線では耐久性が低く、十年に一度は交換が必要です。ミスリルなら百年持ちます!」
「初期投資が回収できなければ、百年後の未来なんて来ません!」
バチバチと、二人の間に火花が散る。
「理論と理想」のシルヴィア。
「実務と現実」のリリーナ。
水と油のように見える二人だが、私の目には、これ以上ない「最強の組み合わせ」に見えていた。
「……二人とも、そこまでだ」
私が手を叩くと、二人はハッとして私を見た。
「アルス様はどっちの味方なのですか!?」
「そうですわ! 美しい魔法か、ケチくさい数字か、選んでください!」
二人に詰め寄られ、私は苦笑しながら、一枚の新しい羊皮紙を広げた。
「どっちも採用する」
「え?」
「シルヴィア様の言う『螺旋回路』の理論は素晴らしい。これを信号機本体ではなく、中枢の『制御サーバー』に使おう。そこなら一点豪華主義でミスリルを使っても予算内に収まる」
「まあ! 制御系に組み込むのですか? それなら、全体の処理速度も上がりますわ!」
シルヴィアが嬉しそうに手を打つ。
私は続けてリリーナに向いた。
「そして、末端の信号機はリリーナの言う通り、銅線仕様だ。ただし、シルヴィア様の理論を応用して、配線の巻き方を工夫すれば、銅線でもミスリルに近い伝達効率を出せるはずだ。……これならどうだ?」
私は即興で、二人の案を融合させたハイブリッドな図面を描き上げた。
リリーナは眼鏡の位置を直し、素早く計算盤を弾く。
「……! コスト増は五パーセント以内に収まります。それに対して、耐久性と処理速度は二倍……。これなら、予算委員会も文句を言いません」
「でしょう? これが『技術の融合』だ」
二人は顔を見合わせた。
先ほどまでの敵対心は消え、互いへの尊敬の色が浮かんでいた。
「……認めますわ、リリーナさん。貴女の計算能力、ただの事務屋ではありませんね。私の理論を即座にコスト換算するなんて」
「殿下こそ。……悔しいですが、あの螺旋理論は私には思いつきませんでした。魔法の『質』を見抜く目は本物です」
ふふっ、と二人が同時に笑った。
雨降って地固まる。
私の左右に、最強の「頭脳」と「金庫番」が並び立った瞬間だった。
これで、王都での開発スピードは飛躍的に上がるだろう。
そんな和やかな空気を破るように、執務室の扉がノックされた。
現れたのは、外出していたはずのエルヴィラだ。
彼女の表情は硬い。いつもの妖艶な笑みは消え、冷徹な「商会長」の顔をしていた。
「お楽しみ中、失礼しますわ。……少し、耳に入れたい情報がありまして」
「どうした、エルヴィラ。深刻そうだな」
エルヴィラは部屋に入り、鍵をかけると、声を潜めて報告した。
「ガストン・ド・ラ・ヴァリエール。……あの狸爺の動向です」
「大人しく隠居したんじゃないのか?」
「まさか。王都の裏社会……『闇ギルド』の連中と接触しているようです。それだけならまだ可愛いものですが、問題はもう一つ」
エルヴィラは一枚の報告書をテーブルに置いた。
そこには、東の大国『帝政ガレリア』の紋章が描かれていた。
「彼、ガレリア帝国の武器商人と密会していましたわ。……恐らく、アルス様の技術を『軍事転用』する話を餌に、亡命か、あるいは国家転覆レベルの反撃を画策している可能性があります」
執務室の空気が一気に凍りついた。
シルヴィアが息を呑む。
ガレリア帝国。軍事力での大陸統一を目論む覇権国家だ。もし私の技術――特に魔導エンジンの出力理論が彼らに渡れば、強力な戦車や兵器が作られてしまう。
「……私の技術を戦争に使わせる気か。いい度胸だ」
私は静かに怒りを燃やした。
平和利用のための鉄道が、血塗られた兵器に変えられることなど、断じて許さない。
「エルヴィラ、引き続き監視を頼む。……シルヴィア様、リリーナ。開発を急ごう。敵が動き出す前に、我々の『インフラ』で国を固める必要がある」
「はい!」
「ええ、やってやりましょう!」
二人の才女が力強く頷く。
三角関係の甘い雰囲気は吹き飛び、私たちは「戦友」として動き出した。
王都の地下で蠢く陰謀。
それを叩き潰すための、次なる一手が必要だ。




