第13話 建国祝賀会と魔導プレゼンテーション
アステリア王城「獅子の間」。
建国記念祝賀会の会場となる大広間は、数千本の蝋燭と魔導シャンデリアの光に包まれ、昼間のような明るさを誇っていた。
絹擦れの音、グラスが触れ合う音、そして貴族たちの談笑。
だが、私――アルス・フォン・ヴェルダンが会場に足を踏み入れた瞬間、その空気は一変した。
「……見ろ。あれが噂の『煤まみれ辺境伯』か」
「北の辺境で、魔導の理を汚す異端の研究をしているとか」
「野蛮なものね。魔物を使って車を引かせているんですって?」
私に向けられる視線は、冷ややかな侮蔑と、隠しきれない好奇心で構成されていた。
隣を歩くリリーナが、居心地悪そうに身を固くする。
彼女は今日のために仕立てた、深い藍色のドレスを着ている。その知的な美貌は会場の令嬢たちにも引けを取らないが、周囲の悪意ある視線に晒されるのは初めての経験だろう。
「胸を張れ、リリーナ。君は世界を変える技術の共同開発者だ。恥じることなど何もない」
「……はい、アルス様」
私が彼女の手を取り、堂々と広間の中央へ進むと、人垣が割れた。
その先に待ち構えていたのは、豪奢なローブをまとい、白髭を長く伸ばした老人だった。
王立魔導ギルド長、ガストン・ド・ラ・ヴァリエール。
この国の魔導技術を独占し、停滞させている張本人だ。
「ほう。おめおめと顔を出すとはな、ヴェルダン家の小倅よ」
ガストンは杖を突き、私を見下ろした。
「陛下への技術説明だと? 笑わせるな。貴様が作っているのは魔法ではない。魔石を無駄遣いし、黒煙を撒き散らす『鉄屑』だろう? 神聖な魔法を冒涜するのもいい加減にせよ」
周囲の貴族たちが追従して笑う。
彼らにとって魔法とは、高貴な血筋だけが扱える神秘であり、私がやっているような「誰でも使える工業製品」は、彼らの特権を脅かす許しがたい冒涜なのだ。
「冒涜、ですか。……私はただ、魔法を『実用化』したに過ぎません」
「黙れ! 貴様のやっていることは詐欺だ! 即刻、あの鉄屑を廃棄し、ギルドの査問を受け入れろ!」
ガストンの怒声が響く。
完全にアウェーだ。だが、これでいい。
注目は集まった。王座に座る国王陛下も、無言でこちらの成り行きを見守っている。
私はガストンには答えず、王座に向かって恭しく一礼した。
「陛下。百の言葉よりも、一度の『体験』をご覧に入れたく存じます。……許可をいただけますでしょうか」
国王は顎をしゃくり、鷹揚に頷いた。
私は指を鳴らす。
事前に根回しをしておいた王城の給仕たちが、一斉に会場の窓のカーテンを閉め、シャンデリアの明かりを落とした。
「な、なんだ!? 暗いぞ!」
「何をする気だ!」
ざわめく暗闇の中。
私は持ち込んだ一台の装置――『魔力結晶プロジェクター』を起動した。
リリーナが三脚を固定し、私が魔力を注入する。
「照明、音響――起動」
ブォン、という低い音と共に、装置から強烈な光の束が放たれた。
光は白い漆喰の壁に投射され、そこに「色」と「形」を結ぶ。
「な……っ!?」
会場から息を呑む音が漏れた。
壁一面に映し出されたのは、絵画ではない。
動く風景――ヴェルダン領の雄大な自然と、そこを爆走する『ヴェルダン一号』の姿だった。
『フォオオオオオオオッ!!』
録音されていた汽笛の音が、魔導スピーカーを通じて大音量で再生される。
貴族たちが悲鳴を上げて後ずさる。
まるで本物の列車が、壁を突き破って突進してくるかのような迫力。
黒煙を吐き、車輪を回転させ、数十両もの貨車を牽引して疾走する鉄の巨獣。
この世界にはまだ存在しない「動画」という魔法に、彼らは度肝を抜かれた。
「こ、これは……幻術か!? いや、これほど精緻な幻など……!」
ガストンが杖を取り落とす。
私は映像を切り替え、今度は積み上げられた物資の山と、それを運ぶ人々の笑顔を映した。
そして、映像の上に、リリーナが作成したグラフと数字を重ね合わせる。
「ご覧ください。これが『物流革命』です」
私の声が、静まり返った広間に響く。
「馬車一台の積載量が一トン。対して、魔導列車は一度に五〇〇トンを運びます。移動時間は十分の一、輸送コストは百分の一です」
壁に映し出される、圧倒的な右肩上がりの収益グラフ。
金貨の山が積み上がっていくイメージ映像。
「これは魔法の冒涜ではありません。国の『血管』を太くし、富を循環させるための新たな心臓です。……もし、この線路が王都まで繋がれば、皆様の領地の特産品も、腐らせることなく、安価に、大量に世界中へ輸出できるでしょう」
その言葉が落ちた瞬間、会場の空気が変わった。
「異端への恐怖」が、「莫大な利益への欲望」へと反転したのだ。
貴族たちの目が、円……いや、ゴールドの輝きを帯びて私を見る。
「ご、五〇〇トンだと……? 我が領の麦が、すべて売れるぞ……」
「鉱山の輸送費が十分の一になれば、利益は……」
計算高い彼らは即座に理解した。
私が売っているのは技術ではない。「儲け話」だ。
「で、デタラメだ! そんな夢物語、信じられるか! これは幻覚魔法を使った集団催眠だ!」
ガストンが最後の抵抗とばかりに叫ぶ。
流れを引き戻そうとする彼に、私はとどめの一撃を用意していた。
いや、私ではない。最強の助っ人が。
「幻覚ではありませんわ。……私が保証します」
凛とした声と共に、国王の隣に控えていた人影が立ち上がった。
第三王女、シルヴィア・ド・アステリア。
彼女は壇上から優雅に降り立つと、私の隣に並び立ち、プロジェクターの筐体を愛おしそうに撫でた。
「お父様。私も、アルス殿の作った魔導具を拝見しましたが、その理論は実に論理的で、美しいものでした。……ギルド長、貴方は『分からないもの』を否定しているだけではありませんか?」
「ぐ……っ! ひ、姫様……!」
王族、しかも「魔導の申し子」と呼ばれる姫君の言葉だ。その重みは計り知れない。
シルヴィアは私に向き直り、紫水晶の瞳を悪戯っぽく輝かせた。
「アルス様。この『動く絵』……素晴らしいですわ。これがあれば、城にいながら世界中の景色を見られますね」
「ええ。いずれは『映画』という娯楽も作りたいと思っています」
「映画……! 素敵です。私、その技術開発に協力したいですわ。……出資者として、ね?」
彼女の宣言に、会場がどっと湧いた。
王女が出資するということは、この技術が王家公認となったも同然だ。
もはや、ガストンに味方する者は誰もいなかった。
手のひらを返した貴族たちが、私とリリーナを取り囲み、「我が領地にも駅を!」「出資させてくれ!」と群がってくる。
「……勝負あったな」
私は人混みの隙間から、ガストンが悔しそうに顔を歪め、逃げるように去っていくのを見た。
ざまぁみろ、とは言わない。
彼が退場するのは時代の必然だ。
その時、壇上の国王陛下がゆっくりと立ち上がった。
広間が静まり返る。
国王は私を見据え、重々しく口を開いた。
「アルス・フォン・ヴェルダンよ。……余も夢を見たくなった。その『魔導列車』、王都までの延伸を許可する。……国の総力を挙げて取り組むがよい」
「――ははっ!!」
私はその場に跪いた。
勝利だ。
これで「大義名分」と「予算」、そして「最強の味方」を手に入れた。
顔を上げると、シルヴィア王女が私に微笑みかけていた。
その隣で、リリーナが少し頬を膨らませて、私と王女を交互に見ているのが視界に入ったが……まあ、それは後でフォローしよう。
こうして、アステリア王国に「鉄道狂想曲」の幕が上がった。
だが、光が強ければ影もまた濃くなる。
敗走したガストンが、ただ黙って引き下がるとは思えなかった。




