第12話 王都アステリアと見えざる障壁
山脈を越え、広大な平野を下ること三日。
私たちの目の前に、アステリア王国の心臓部、王都アステリアがその威容を現した。
「……でかいな。だが、効率が悪そうだ」
私が最初に抱いた感想は、感嘆ではなく、都市計画家としての冷徹な分析だった。
三重の城壁に囲まれた円形都市。中央には白亜の王城がそびえ立ち、その周囲を貴族街、商業区、そして外周のスラム街が無秩序に取り囲んでいる。
人口は推定三十万。
だが、煙突から吐き出される煤煙と、未整備の下水路から漂う異臭が、この都市のインフラが限界に達していることを示していた。
「久しぶりの王都……。スラムは本で読んだ通り、人がゴミのようです」
リリーナが毒舌を吐きながらも、その目には少しの緊張が混じっている。
「アルス様、気を引き締めてください。ここには魔物はいませんが、魔物より厄介な人間が沢山いますから」
「ああ、分かっている」
私たちは徒歩で、西の正門へと向かった。
巨大な跳ね橋の前には、入城審査を待つ商人や旅人の長蛇の列ができている。
私たちは「貴族用レーン」へと進んだ。私は次期辺境伯としての身分証を、リリーナとボルグは私の従者としての通行証を持っていたからだ。
「止まれ! 身分証を見せろ!」
立ちはだかったのは、腹の出た衛兵隊長だった。
彼は私の差し出したヴェルダン家の紋章入り身分証を見ると、鼻で笑うように眉をひそめた。
「ヴェルダン……? ああ、あの北の田舎貴族か。聞いたぞ、最近妙な『黒い煙を吐く鉄の箱』を作って遊んでいるそうだな」
「鉄道のことなら、遊びではありません。我が領の基幹産業です」
「ふん、口答えをするな。……おい、荷物を調べろ! 危険物を持ち込んでいる可能性がある!」
隊長の合図で、数人の衛兵が私たちを取り囲み、強引に荷物を漁り始めた。
明らかに嫌がらせだ。
魔導ギルドの手が回っているのか、それとも単なる田舎者への蔑視か。
「おい! 乱暴に扱うな! そいつは精密機器だ!」
ボルグが怒鳴るが、衛兵の一人が私の鞄から、ある「装置」を取り出した。
それは、今回の技術説明会で見せる予定の『小型魔導ランプ』の試作品だった。
魔石を極限まで小さく加工し、バッテリー式にした懐中電灯のようなものだ。
「隊長! 見慣れない魔導具です! 術式が刻まれていますが、ギルドの認可印がありません!」
「ほう……。未認可の魔導具所持は重罪だぞ。没収だ。詳しく調べる必要があるから、貴様らも詰所に来い」
隊長がニヤニヤしながら、ランプを懐に入れようとする。
これを没収されれば、破壊されるか、あるいは技術を盗まれるかだ。
私は静かに魔力を練り上げた。
ここで騒ぎを起こすのは得策ではないが、舐められたまま引き下がるわけにはいかない。
重力魔法で、彼らを地面に這いつくばらせるか――そう考えた瞬間。
「――お待ちなさい」
鈴を転がしたような、しかし凛とした声が響いた。
列の後ろから、一人の少女が進み出てきた。
フードを目深に被っているが、その隙間からこぼれるプラチナブロンドの髪と、宝石のようなアメジスト(紫水晶)の瞳が覗いている。
年齢は私と同じ十五、六歳ほどだろうか。質素な旅装だが、その身のこなしには隠しきれない気品があった。
「な、なんだお前は! 公務の邪魔をする気か!」
「公務? 貴方は『無知』をひけらかすのが公務なのですか?」
少女は衛兵隊長の手から、素早い手つきでランプを奪い取った。
「返せ!」
「よくご覧なさい。この術式は『爆発』や『呪い』のためのものではありません。……美しい。並列複素回路によるエネルギー循環……熱変換ロスを極限まで抑えた『冷光』の術式ですわ」
少女はランプを愛おしそうに撫で、うっとりとした表情で呟いた。
私は驚いた。一目でその術式の意味を理解できる人間がいるとは。
「き、貴様、何を訳のわからんことを!」
「訳がわからないのは貴方の頭の中です。……これは危険物ではありません。むしろ、王都の街灯に使われている旧式魔導具よりも遥かに安全で、高度な技術の結晶です。それを没収するなど、国の損失ですわよ?」
少女は一歩も引かない。
隊長は顔を真っ赤にして剣に手をかけた。
「ええい、うるさい! 貴様も同罪として捕らえてやる! 名を名乗れ!」
「……名乗るほどの者ではありませんが、これを見ても分からないとは言わせません」
少女は懐から、一枚の小さなメダルを取り出し、隊長の目の前にかざした。
それは黄金で作られた『双頭の獅子』――王家の紋章だった。
しかも、その獅子の目には紫水晶が埋め込まれている。
「な……ッ!? お、王族直轄の……!?」
「今はお忍びで街を見て回っていたのですが……まさか正門でこのような醜態を見せられるとは。お父様……いえ、陛下に報告が必要かしら?」
「ひ、ひぃぃッ! も、申し訳ございません!!」
隊長はガタガタと震えだし、その場に平伏した。部下たちも慌てて槍を捨てて土下座する。
少女は溜息をつき、私に向き直った。
そして、ランプを丁寧に返してくれた。
「災難でしたね。……アルス・フォン・ヴェルダン様、でしょうか?」
「……助かりました。ですが、なぜ私の名を?」
「ふふ、北の辺境ですごい発明をしている方がいると、王宮……いえ、学者仲間の間で噂になっていたのです。そのランプを見れば、噂が真実だと分かりましたわ」
彼女はフードを少し上げ、悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔は、王都の堅苦しさを忘れさせるほど魅力的だった。
彼女の正体は明白だ。
王族の紋章を持ち、紫の瞳を持つ少女。
第三王女、シルヴィア・ド・アステリア。
『魔導の申し子』とも『王宮の異端児』とも呼ばれる、才色兼備の姫君だ。
「私の名はシルヴィア。……ただの『魔法好き』とお呼びくださいな」
「では、シルヴィア様。このご恩はいずれ」
「ええ、期待していますわ。明後日の祝賀会……楽しみにしていますから」
彼女はウインクを一つ残し、呆然とする衛兵たちを尻目に、軽やかな足取りで街の中へと消えていった。
「……とんでもない方ですね」
リリーナが、少し不機嫌そうに呟いた。
「アルス様、鼻の下が伸びていますよ」
「いや、伸びてない。……ただ、王都にも話が通じる相手がいると分かって安心しただけだ」
私は苦笑しながらランプを鞄にしまった。
衛兵隊長はまだ震えていて、私たちの通行を止める気力も失っていた。
私たちは無事に正門を通過し、王都の大通りへと足を踏み入れた。
石造りの街並みは壮観だが、私の耳には奇妙な噂話が飛び込んできた。
「おい、聞いたか? 北のヴェルダン家が来るらしいぞ」
「ああ、あの『魔物使い』の一族だろう?」
「なんでも、悪魔に魂を売って禁忌の力を手に入れたとか……」
街の人々が囁き合っている。
内容はでたらめだが、悪意に満ちていた。
明らかに、何者かが組織的にネガティブキャンペーンを行っている。魔導ギルドか、あるいは既得権益を持つ大貴族たちか。
「……完全に『悪役』扱いですね」
リリーナがため息をつく。
「都合がいい。期待値が低いほど、ひっくり返した時の衝撃は大きくなる」
私は不敵に笑った。
宿は、エルヴィラが手配してくれた高級ホテルの一室だ。
そこで旅の疲れを癒やし、明後日の祝賀会に向けた最終調整を行う。
私の手には、二つの武器がある。
一つは、シルヴィア王女という予期せぬ理解者。
そしてもう一つは、誰も見たことのない『未来の技術』そのものだ。
「見ていろ、アステリアの古狸ども。……お前たちの常識を、粉々に粉砕してやる」
王都の夜景を見下ろしながら、私は静かに宣戦布告をした。




