第一話 舟着き場
ピチョン。
ピチョン。
水の滴る音が響く。
誰かが目覚める。
「………ん。あ…やべ、床で寝ちゃってたみたいだ。あれ? もう夜? くらいなぁ。」
あわてて起き上がる。しかし、床がグラグラとしてすぐには起き上がれなかった。そんなわずかな違和感に意識がいく。
「…なんか、揺れてね? 不安定な場所にいるような揺れ方…」
自分がいる場所を、じっと見つめる。
それは、透き通った水の上に浮かんだ、木製のまだ少しだけ新しい舟だった。
なにか嫌な予感を感じながら、自分の周りを、ぐるりと見渡す。辺りは暗いが、不思議なことにどこに何があるのかははっきりと認識できた。
船の下の水は、山から湧き出た水のように透き通っていた。うっすらと水面から見つめ返してきたのは、幼さが抜けきっていない少女の顔―――自分の顔だった。明るければ底まで見えてしまいそうだが、水面が暗すぎて答え合わせは無理だろう。
舟のすぐ近くに、古いが作りはしっかりとした桟橋がある。ちょうど自分の舟がある場所が一番端のようだった。
その近くに、自分が乗っているものと同じような舟が、いくつも停まっている。しかし、どれもボロボロで、とても乗れそうにない。乗れたとしても、おそらく数分で沈むだろう。
「ここは、よくわからないけど、舟がたくさんあるから、舟着き場かな。若干、舟の墓場のようにも見えるけど。…ていうかここどこ!? どういう状況!? 何冷静に分析しちゃってんの、自分!」
意味不明な情報や現状にいまさら気づき、一気に混乱する脳。
そんな中、何を血迷ったのか、立ち上がり舟でドタバタと動きまわり、そのまま転びかける。
「わっ!」
だが、近くに桟橋があったことや、もともとよく転ぶ方で受け身の取り方が上手だったのが幸いしたのか、体を桟橋に投げ出す形で、水に落ちる危機を回避した。
「………しぬ、かと、おもった……ところで、ここ、本当にどこだ? こんなところ、来たことも見たことないし………」
桟橋の上に這い上がり、体についた砂を落とす。小学生の頃のほうが体力があったことを痛感する。
パラパラと砂がこぼれていく水面は、不気味なほど静かで、生命の気配すら感じさせなかった。
「迷子になったらその場にとどまれってよく言うけど、多分これずっとここいたらだめだよな。とりあえず、一回ここから離れよう。水に落ちたらかなわないし、まともに浮くこともできないかもしれないのに」
そう言い、桟橋を歩き始める。
歩いてすれ違う舟はたくさんあったがほとんど壊れていて、とても使える様子ではない。しかし、一つ一つが役目を終えたかのように佇む様子は、なんだか自分を妙な気分にさせた。
もしかしたらこの水の底には、そうした舟の残骸が積もっているのかもしれない。
そう思っていたら、桟橋の終わりについた。
「意外と早く着いたな。といっても、砂ばっかり。水が近くにないのかな? 一体どうしたんだろう。」
不思議に思いつつ、さらに歩み始める。ひたすら、前へ。
その理由を、知りたくなったからだ。なぜ、ここまでこの場所が砂漠のようになっているのかが。
その理由は、すぐ目に見える形で現れた。
「なんだ……これ。」
思わずそう口にしてしまった。
なぜなら今、目の前の砂地には、命の輝きを失った色のない巨木が枯れ座っていたからだ。
「すごい……ここまで大きい木ってあるのかな。まるで『朽ちた千年樹』だ。一体どれだけ長い時間を生きたんだろう。葉をつけていた頃の姿がぜひ見たかったな」
枝に葉は一枚もついておらず、地面には落ち葉すらもなかった。一目で全貌が見渡せない高さは、高層ビルのように高いものだった。
そんな姿をした生気を感じないその木は、文字どうり、まるで死んでいた。
はずだった。
人生、何がどう、どのように転ぶかわかったものではない。
人が願う未来というものは、ほとんどすぐ消え失せてしまうものだ。
しかし、もし、こんなことがあったら、こんな世界があったら。
人は願わずには、望まずにはいられない。
より良い未来を、より良い結末を。
これは、『あること』を望んだ少女の物語。




