断罪の声と、見知らぬ声
初連載です!
「イリス・フォン・グレイス。お前の悪行は、もはや見過ごせない!」
王太子の声が、煌びやかな舞踏会の大広間に響いた。
ざわめき、視線、冷笑。
そのすべてが私を射抜く。
……わかっていた。
近頃の人々の態度で、こうなることは予測できていた。
誤解に誤解が重なり、私はいつしか「悪女」と呼ばれるようになっていたのだから。
けれど、私は罪など犯していない。
潔白を訴えたい気持ちはある。
だが、取り乱して叫ぶことはできない。
貴族の矜持が、それを許さない。
氷の仮面を貼りつける。
冷たさだけが、最後の盾。
……そのはずだった。
胸の奥が、不意にざわつく。
頭がぐらりと揺れ、足元から大理石の感触が消えていく。
音も光も、すべてが遠のいて――。
――次に目を開けたとき。
そこは舞踏会の大広間ではなかった。
見知らぬ空間。
規則正しく並ぶ机と椅子。
窓の外からは陽光が差し込み、室内には十数人の若者が思い思いに談笑していた。
笑い声、机を叩く音、何かを差し出し合う仕草。
舞踏会の静謐とは正反対の、雑然とした喧騒。
手元には、驚くほど白く滑らかな紙片が置かれている。
そこに書かれた文字は見知らぬ形をしているのに――理解できた。
【な……ここは……?】
思わず心の内で呟いた、そのとき。
『やだ、なにこれ!? 金縛り?! それとも明晰夢とかってやつ……?! ……全っ然動けないんだけど……!』
――誰だ!?
頭の奥に、聞き覚えのない少女の声が響いた。
思わず周囲を見渡すが、目の前の若者たちは談笑を続けている。
この声は、私にしか聞こえていない……?
【誰……?!】
『えっ……今の声、誰!? どこから聞こえてるの!? 頭の中に直接……!? やだ、怖い怖い怖い!』
混乱する声が頭の中に響き渡る。
私は眉をひそめた。
【……私はイリス・フォン・グレイス。グレイス公爵家の娘…です。舞踏会にいた…はずですが……】
その瞬間、胸の奥に苦い痛みが走った。
王太子の冷たい視線、取り巻きの嘲笑、浴びせられた「悪女」という囁き――。
思い出したくもない光景が脳裏をよぎり、喉の奥が焼けるように苦しくなる。
『……っ!? な、なに、これ……! 見えた……? 舞踏会? 王子様? ……イリスって、もしかして……!』
少女の声が震える。
『もしかして……“キミと咲かせるロイヤルブーケ ~舞踏会は花の香りとともに~”の……悪役令嬢のイリス?!』
【……げぇむ? あくやく……れいじょう?】
悪役も、令嬢も、その意味はわかる。
だが二つが結びついたとき、何を指すのかは理解できなかった。
げぇむ――その響きは、私の知っているどの言葉とも結びつかない。
学問の一つでも、儀式の名でもない。
まるで異国の呪文のようで、私の中には理解の欠片すら芽生えなかった。
私を“悪役”“令嬢”と、そう呼んだ。
……そんな役割、誰が望んで担うものか。
冷たさも孤高さも、すべては貴族の矜持ゆえ。
私はただ、弱さを晒すことを許されなかっただけなのに。
『いきなりゲームとか悪役令嬢、なんて言われても分かんないよね……ごめんね。きちんと説明できなくて……でも……!』
少女の声が一瞬ためらい、けれどそのためらいを打ち消すように決然と言葉を紡ぐ。
『……でも。私はイリスが大好きだった。ゲームの中で一番、ずっと推してた。綺麗で、強くて、不器用で……ほんとは優しいのに、伝わらなくて』
少女の声は熱を帯び、あふれる気持ちが抑えきれずに滲み出ていた。
理解できない言葉ばかり。
だが、その想いだけは胸の奥に触れて――
私の氷の仮面が揺さぶられた……ような気がした。
拙作をここまでお読みいただきありがとうございます!
ぼくなりの悪役令嬢モノを書いていきます。
楽しんでいただけたら幸いです!
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