表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私事について  作者:
15/28

7、髪について

髪が薄くなってきたことについて書いていますので、苦手な方はご注意ください。

7、髪について


 実をいうと20代半ばあたりからそのことについて床屋で言及されることがあった。ただその場所が頭頂部あたりで自分では確認できなかったので、まあ見なければいいか、と自分をごまかしてここまで来てしまった。


 私は料金が1000円の床屋さん(いわゆる1000円カット)で髪を切ってもらっていた。

―――――――――――――――



 2024.Ⅹ

 料金についてだが、もともとは1000円だった(税込みで1100円だった気もする)と思うが、直近では物価高の影響もあってか1300円になっていた。


 その日髪を切ってくれたのはオシャレな方で髪に鮮やかなブルーのラインが入っていた。私の頭を見るなりこう言われた。


『ひどいね、これ。どこでやられた?』

 

 やられた、とは物騒だなと思った。ああ、でもそういうことか、とも思った。


「あ……ここです。って言っても別店舗ですけど」

 

 その方は真剣なまなざしで見つめていた。そんな真剣に考えられてもなあ、と思った。


「ていうか。あー、あの……まあ、■■ているんだと思いますよ」あまり口にしたくはなかったけれど。


『いや、そうとも言えない。髪の伸びる速さは場所によって異なるからね』


 そういうものなんだ、と勉強になった。伸びる速さには差異があるものなのか。


「そうなん……ですか」そういうことであってくれればいいけれど。


 その方の洞察力はすごかった。


『あなた、なにかやってたね?』


 ……。


「なにか?」 やってた? 


 私が少し困惑していると、その人は後ろを向いた状態で、耳だよ、と言った。……耳? 私は正面の鏡に映った背中を見ながら考えた。


「…………あ、柔道やらされてた時期があって」たぶんこういうことだろう。


「……でも餃子耳っていうほどでもないですよね?」その質問はスルーされた。答えにくかったのかもしれない。


『やっぱりね』


『この頭の形だと、すぐこの辺りボリューム出てしまうでしょ』


「……はい。そうなんですよ」


 この当て勘、妙にもったいぶるところ、まるで探偵小説のようだと思った。仕事上、沢山の人の頭を見ていると、いろいろなことがわかるのかもしれない。こういった店舗は回転率がいいから、おそらく膨大なサンプルデータが、この方の脳内には蓄積されているのだろう。私はもう一回聞いてみた。


「耳、そんなあれですかね?」やはりスルーされた。



 2024.Ⅹ

 また床屋に来ていた。

 理容師さんは頭頂部を覗き込むように見ながら、むつかしそうな顔をしていた。私は言及される前に先に言ってしまうことにした。自分から申告した方がダメージはいくらか軽減できるのではないかと思っていたのだ。


「まああの……、■■てきてるとは思うんですけど」


 安いものでいいから、育毛剤使ってみたらどうか、と勧められた。


「でももうぼちぼち歳ですし、相応なんじゃないですかね」今までの人生を振り返ってみると、まあこうなっても不思議ではないストレスのかかり方をしていたように思う。


『最後はみんな■■るとしても、可能な限り遅らせられるなら、遅らせた方がよくない? 結末は同じでもどれだけ長持ちさせられるかの勝負なんよ』


 ……勝負なのか。


「いや、自分はもう……男らしく諦めようかなって」坊主にしようかな、学生時代ずっとそうだったし。


『でも簡単に諦めるのってさ、男らしくないんじゃない?』その方は私の両肩に手を置いて諭すようにそう言った。


 ん……、……あれ?

 ……俺って男らしくないのか? どっちだ? 


 この場合、諦めない方が男らしいのか? そのあと散髪が終わるまで、男らしさについて考えていた。



2024.X

「ちょっと■■てきているんで、あまり薄くならないようにしてもらえると助かります」

 もはや自己紹介のようになっていた。


 自虐ネタのように使っていたのだけれど、そのときハッと、唐突に我に返った。こんな気軽に口にしていいことなのだろうか。悩んでいる人もいるのに(ていうか私も悩んでいるのだけれど)冗談めかして言うことじゃないんじゃないか。

 

 自分が(自虐だったとしても)口にすることで、傷つく人がいると考えたことがなかった。自分のことしか見えていなかったのだ。(まあ、あの……いやなんでもないです)それから私は軽率に言うのをやめた。


――――――――――――――――――

2025.Ⅹ

 合わせ鏡を作って、頭頂部を見てみる。

 今までずっと避けていた。見てもどうしようもないし、と思っていた。けれど現状を正確に把握するのは大切なことだ。たとえそれが辛いものであったとしても……いや、どうなんだろうか。気にすると余計に悪いとも聞くしなあ。

 知らなければ幸せに生きていけることを、無理に知ることは本当にそれは正しいことなのだろうか。



 今は安い育毛剤を買って、頭皮にスプレーしている。効果は……正直わからない。でも、これで治るのならだれも苦労しないよな、とも思っている。


 男らしさとはなんなのか、私にはまだわからない。


(完)



※ 会話の部分は事実を基にした創作です。ですので他の部分は事実です。

 いや、本当に辛いですね。

 読んでくださってありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ