『泡になっても、キミといたい』
潮風って、意外と肌にしみる。
夏合宿で訪れた離島の海岸線を、私はひとり歩いていた。みんなは宿に戻って、そろそろ夜ごはんの支度を始めてる頃。でも、私だけはこうして海を見てる。理由なんてない。ただ、空の青と海の青が重なる、その境目をずっと眺めていたくなるだけ。
──ああ、また「澪ちゃんって不思議だよね」って言われるんだろうな。
自覚はある。私は、ちょっと他の子たちとは違うタイプらしい。
たとえば、私の顔。
目は涼しげな切れ長で、まつ毛が長いせいか、見つめるだけでドキッとされたりする。輪郭は卵型で、鼻筋が通っていて、唇は薄めだけど少しツヤがあるってよく言われる。アイドル顔ってよりは、モデル顔。笑うよりも、黙っている方が“絵になる”って、そう言われることが多い。
髪は黒のストレート。腰まで伸ばしたロングヘアを、今日は高めのポニーテールにまとめている。島の風がふわっと吹くたびに、毛先が肩や背中に触れて、ちょっとくすぐったい。
それに、体も。
身長は167センチ。平均よりは少し高い。手足は細くて、脚は真っ直ぐで長い。よく「スタイル良すぎて着る服困らない?」って聞かれるけど、実は地味な服の方が好き。ダイビング部だから水着になることも多いけど、露出にはちょっとだけ抵抗がある。
バストはFカップ、ウエストは細くてくびれていて、ヒップは88cm。数字で見ると派手に見えるかもしれないけど、そういう“武器”として使ったことは一度もない。ただ、歩くだけで注目されるような体。…それが、少しだけ、やっかいだった。
「近寄りがたい」「高嶺の花」「お嬢様っぽい」
そうやって言われるたびに、私が何も言ってないのに、勝手に距離を取られる。近づかれるときは、たいてい下心が透けて見える。だから、仲良くなるのが怖くて、無意識に一歩引いてしまう。無理して明るく振る舞うと、今度は「裏がありそう」とか言われる。
──めんどくさい。
だから私は、誰とでも仲良くはしない。
でも、誰かに深く関わってほしいって思う気持ちも、どこかにあって。
「澪〜! ごはん始まるってー!」
浜辺の向こうから、ダイビング部の先輩が手を振ってる。
私は笑って手を振り返してから、波打ち際をもう少しだけ歩いた。
海の音は、ずっと変わらない。
私の心の中にある、静かで冷たい湖面みたいなものに、似てる。
──そのときだった。
波間に浮かぶ白いものを見つけて、私は足を止めた。
白いシャツ。ジーンズ。髪は短く、色は焦げ茶。
無表情で海を見つめているその人は、まるで風景の一部のように、そこに立っていた。
「……」
声をかけようとしたけど、言葉が出なかった。
不思議なことに、まったくの他人なのに──その横顔に、懐かしさを感じた。
彼はゆっくりとこちらを見た。
深いグレーの目に、潮騒の音が吸い込まれていく気がした。
それは、どこか“人間じゃない”気配を纏っていた。
私の心臓が、トクン、と跳ねる。
「……こんにちは」
ようやく出た声は、風にさらわれるように頼りなかった。
けれど彼は、何も言わずに、一度だけ軽くうなずいた。
そして──何も言わず、波打ち際を離れていった。
その背中を見送ったとき、私は思った。
たぶん、あの人に──私は恋をする。
まだ名前も知らないのに。
まだ、彼がこの世のものかどうかもわからないのに。
それでも、あの背中は、私の中のなにかを強く掴んで、離してくれなかった。
まるで、私の心の一部だったみたいに。