#9 命運の分かれ道-2
夜桜が確かに行ったのを確かめると、すぐ敵に向き直る。
考えている暇などない。すでに次の黒い塊が、地を這うような低姿勢でこちらに迫っていた。
──ガンッ!
銃声とともに、一体を正面から撃ち抜く。だが、すぐに別の一体が死角から回り込んでくる。
凊佐は銃を横に振り抜きながら、足元に転がってきた破片を踏みつけ、後ろへ跳ぶ。土埃が舞い、視界が曇る。
(拠点からの増援がくるまで時間を稼ぐ、それしかない。)
地面に振り落とされた端末には赤い点が、ひとつ、ふたつ── 止まることなく増え続けている。
──ガッ!
背後からの衝撃を左腕で受け流し、反動で肘を叩き込む。間合いを詰められたら終わりだ。距離を取れ。リズムを崩すな。
「──ッ」
一体のパルスが跳躍してくる。
凊佐はその足を払うように撃ち、落ちてくる本体を横へ弾き飛ばす。
息が荒くなっている。装填も追いつかない。
(まだだ。もう少し持ち堪えないと──)
そのときだった。
ホバー車の音だ。思った以上に速い。いや、まさか──
「どけぇええっ!!」
爆音とともに灰色の車体が飛び込んでくる。
推進ユニットの風圧が周囲のパルスを吹き飛ばし、タイヤ代わりのショックプレートが一体を跳ね飛ばした。
「早く乗って!!」
夜桜は車体をスピンさせるようにして停止させ、助手席側のドアを開けた。
凊佐はほんの一瞬、目を見開いた。
次の瞬間には銃を背に回し、車へ駆け込んでいた。
ガンガンガンガン
車体が大きく揺れ、鋭い爪のようなものがドアに引っかかる。
夜桜はスロットルを押し込みながら、歯を食いしばった。
──ブオオン!
低く唸る音を残して、ホバー車は地を滑るように加速し、再び荒野を駆け出した。
背後で何かが吠えたような声を上げるが、もう振り返らない。
拠点MB-07へ、まっすぐ引き返した。
***
車内では、しばらく誰も何も言わなかった。
さっきまでの喧騒が嘘のように、車は静かに滑るように進み続けている。
「……」
夜桜は、ドキドキと鳴る自分の心臓の音を感じながら、ちらりと隣を見る。
凊佐は正面を見つめたまま、口を開かない。
小さく息を切らしているのがわかる。
「……勝手なことして、ごめん。でも」
漏れた声は、思った以上に震えていた。
「一人で置いていけるわけないから……。そういうの、できないから」
返事はない。
──と思ったが、
「……悪くなかった」
ボソリと、小さく、静かな声が返ってきた。
夜桜は一瞬、息を呑んで凊佐を見る。
けれど、彼はやはり正面を見たままだった。
(褒め言葉……だよね?)
笑みと同時に、涙が滲みそうにもなって、それをぐっと堪えた。
「よかった。生きて帰れて。」
そう呟いたそのとき、前方に拠点MB-07の屋根が見えてきた。
まだ朝日が昇りきらない空の下に、静かに佇んでいる。
ゲートが自動で開き、ホバー車が中へと滑り込む。
夜が明けはじめたばかりの空の下、隊員たちが緊張の面持ちで待機していた。
「戻ったぞ!」
通信が入ったのか、すでに橋本艦長が立っていて、駆け寄ってくる。
「……無事か!?」
「はい!」
夜桜が答えると同時に、医療班が駆け寄り、凊佐は無言のまま車を降りた。
彼の服の一部が焼け焦げていることに、夜桜はそのとき初めて気づいた。
「外傷確認、急げ!」
橋本艦長が指示を飛ばす。
夜桜も一歩外に出て、急に足元がふらついた。
(あ、力が……)
全身がじわりと汗ばんでいた。手は震えて、膝からも力が抜ける。
「夜桜くんも医務室へ。すぐに」
誰かの声が聞こえたあと、支える腕が背中にまわる。
けれど、彼女の目は、凊佐の背中を追っていた。
周りの騒がしさには目もくれず、しっかりとした足取りで歩いていく後ろ姿。──たしかに、自分よりも息が乱れていたのに。
(……あの人、なんなんだろ)
どこかでそんなことを思いながら、夜桜はゆっくりと目を閉じた。