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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
9/31

#9 命運の分かれ道-2

夜桜(やお)が確かに行ったのを確かめると、すぐ敵に向き直る。


考えている暇などない。すでに次の黒い塊が、地を這うような低姿勢でこちらに迫っていた。


──ガンッ!


銃声とともに、一体を正面から撃ち抜く。だが、すぐに別の一体が死角から回り込んでくる。


凊佐(せいさ)は銃を横に振り抜きながら、足元に転がってきた破片を踏みつけ、後ろへ跳ぶ。土埃が舞い、視界が曇る。


(拠点からの増援がくるまで時間を稼ぐ、それしかない。)


地面に振り落とされた端末には赤い点が、ひとつ、ふたつ── 止まることなく増え続けている。


──ガッ!


背後からの衝撃を左腕で受け流し、反動で肘を叩き込む。間合いを詰められたら終わりだ。距離を取れ。リズムを崩すな。


「──ッ」


一体のパルスが跳躍してくる。

凊佐はその足を払うように撃ち、落ちてくる本体を横へ弾き飛ばす。

息が荒くなっている。装填も追いつかない。


(まだだ。もう少し持ち堪えないと──)


そのときだった。


ホバー車の音だ。思った以上に速い。いや、まさか──


「どけぇええっ!!」


爆音とともに灰色の車体が飛び込んでくる。

推進ユニットの風圧が周囲のパルスを吹き飛ばし、タイヤ代わりのショックプレートが一体を跳ね飛ばした。


「早く乗って!!」


夜桜は車体をスピンさせるようにして停止させ、助手席側のドアを開けた。


凊佐はほんの一瞬、目を見開いた。

次の瞬間には銃を背に回し、車へ駆け込んでいた。


ガンガンガンガン

車体が大きく揺れ、鋭い爪のようなものがドアに引っかかる。

夜桜はスロットルを押し込みながら、歯を食いしばった。


──ブオオン!


低く唸る音を残して、ホバー車は地を滑るように加速し、再び荒野を駆け出した。

背後で何かが吠えたような声を上げるが、もう振り返らない。


拠点MB-07へ、まっすぐ引き返した。


***


車内では、しばらく誰も何も言わなかった。

さっきまでの喧騒が嘘のように、車は静かに滑るように進み続けている。


「……」


夜桜は、ドキドキと鳴る自分の心臓の音を感じながら、ちらりと隣を見る。


凊佐は正面を見つめたまま、口を開かない。

小さく息を切らしているのがわかる。


「……勝手なことして、ごめん。でも」


漏れた声は、思った以上に震えていた。


「一人で置いていけるわけないから……。そういうの、できないから」


返事はない。


──と思ったが、


「……悪くなかった」


ボソリと、小さく、静かな声が返ってきた。


夜桜は一瞬、息を呑んで凊佐を見る。

けれど、彼はやはり正面を見たままだった。


(褒め言葉……だよね?)


笑みと同時に、涙が滲みそうにもなって、それをぐっと堪えた。


「よかった。生きて帰れて。」


そう呟いたそのとき、前方に拠点MB-07の屋根が見えてきた。

まだ朝日が昇りきらない空の下に、静かに佇んでいる。


ゲートが自動で開き、ホバー車が中へと滑り込む。

夜が明けはじめたばかりの空の下、隊員たちが緊張の面持ちで待機していた。


「戻ったぞ!」


通信が入ったのか、すでに橋本艦長が立っていて、駆け寄ってくる。


「……無事か!?」


「はい!」


夜桜が答えると同時に、医療班が駆け寄り、凊佐は無言のまま車を降りた。

彼の服の一部が焼け焦げていることに、夜桜はそのとき初めて気づいた。


「外傷確認、急げ!」


橋本艦長が指示を飛ばす。

夜桜も一歩外に出て、急に足元がふらついた。


(あ、力が……)


全身がじわりと汗ばんでいた。手は震えて、膝からも力が抜ける。


「夜桜くんも医務室へ。すぐに」


誰かの声が聞こえたあと、支える腕が背中にまわる。


けれど、彼女の目は、凊佐の背中を追っていた。

周りの騒がしさには目もくれず、しっかりとした足取りで歩いていく後ろ姿。──たしかに、自分よりも息が乱れていたのに。


(……あの人、なんなんだろ)


どこかでそんなことを思いながら、夜桜はゆっくりと目を閉じた。


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