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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
8/31

#8 命運の分かれ道-1

車中の拠点MB-07の裏手。

夜明け前の薄明かりの中、マットグレーの低浮上ホバー車が待機していた。

車体の下部には複数の推進ユニットが配置されており、地面から二十センチほど浮かび上がっている。──拠点で使われている、ごく普通の任務車両だ。


拠点のドアが滑るように開き、夜桜(やお)が顔を出した。

片手には、支給されたばかりの観測装置。バッグの中には地図や連絡端末、緊急時の信号弾などが詰まっている。眠気は残っていたが、それよりも胸のざわつきの方が強かった。


「準備はいいかい?」


橋本さんが声を掛けてくれる。


振り返ると、凊佐(せいさ)もすでに装備を整えて立っていた。

いつも通り無表情で、夜桜の返事も待たずに運転席側のドアを開けて乗り込む。


夜桜も慌てて助手席に回り込む。ドアが閉まると、内部は思った以上に静かだった。

計器類は最低限に抑えられており、前方スクリーンに目的地が投影されている。

街の外れ、もと畑だったエリアの近くに「観測ユニットC-3」と表示されていた。


「よろしく」


ポツリとこぼす夜桜に返事はない。


凊佐が軽くパネルを操作すると、ホバー車が滑るように動き出す。エンジン音の代わりに、床下から「フウウン……」と低く柔らかな駆動音が響く。

朝靄の中、二人を乗せた車両はゆっくりと町を離れていった。


車内は静まり返っていた。

窓の外を、海辺の風景が流れていく。舗装の壊れた道路を行くので、時々段差で車体が上下に揺れ、観測装置のケースがゴトゴトと小さく音を立てた。


夜桜は、ふと凊佐の横顔を盗み見た。

相変わらず無表情で、操作パネルを注視している。

少しだけ、肩が張っているように見えた。


「凊佐って呼んでいい?」


ちょっと思い切って言ってみた。返事は、もちろんない。


「実は、生まれたのはこの辺りなんだ」


意味もなく、そう言った。


「あ、あの建物!」


「小学校の裏に古い倉庫があってさ。屋根の上に変なアンテナが突き出てたの。今思えば、たぶんただの校内放送用のやつなんだけど……」


自分でもよく分からないまま、言葉がぽろぽろこぼれた。


「それが“宇宙人と交信する専用アンテナ”に見えちゃってさ。家からアルミホイルと、折りたたみのハシゴをこっそり持ってって、屋根に登って座り込んだの。なぜか、アルミホイルで帽子を作ってね。」


ふと、凊佐の指がパネルの上で、跳ねた気がした。気のせいかもしれない。


「で、降りようとしたらハシゴが、バランス崩して倒れちゃってさ。屋根の上でひとりで、大泣きしてて」


「……」


「迎えに来てくれた友達が、呆れながらハシゴをかけてくれてさ。その子、後にパルスの母艦が地球に来てるって、人類で一番最初に気づいたんだよ。

私のこと、どう思ってたんだろね。あの頃。」


(……聞こえてた、かな?)


そんなことを考えながら、車は町外れの道へと入っていった。

前方には、以前は畑だったらしい、平らな荒れ地が広がっていた。草に埋もれかけた観測塔が、小さく突っ立っている。


ホバー車は荒れ地の手前で滑るように停止した。柔らかく浮いていた車体が、ゆっくりと着地する。


車外に出ると、ひんやりした朝の空気が肌を撫でた。まだ日は登りきっておらず、うっすらと湿気を帯びた空気の中、海の音が遠くで響いていた。


「……ここか」


夜桜がぽつりと呟く。


少し奥に、古びた鉄骨で組まれた観測塔が立っていた。錆に染まった支柱と、半壊したパネルがかろうじて「C-3」の文字を読み取らせる。風に揺れるその姿は、まるで使われなくなった信号機のようだ。


凊佐は何も言わず、車から備品ボックスを取り出すと、そのまま観測塔へと歩いていく。迷いのない足取りだった。


夜桜も慌てて後を追いながら、声を飛ばす。


「私は何を?」


凊佐は観測塔の根元でしゃがみ込んで、端末に何かを接続している。


返事はない。


(まぁ、ですよね)


少し気まずくなりながらも、夜桜は自分のバッグから観測装置を取り出し、凊佐の横に並ぶ。


近くで見ると、塔の根元に設置された円盤状のセンサーは、土にめり込むようにして半ば埋まっていた。コネクタには埃が詰まり、端子もところどころ腐食している。


「よくこんなので、データ取れてるなあ」


独り言を漏らしたそのときだった。


──ピッ、と何かの信号音が鳴った。


夜桜の端末に、赤い警告アイコンが表示される。


「伏せろ」


爆音が響く。顔を上げると、凊佐はすでに少し離れた場所にいた。黒煙とパルスの破片に囲まれながら。


マップが赤に染まる。点がじわじわと広がり、包囲するように迫ってきていた。


前を向くと視界に黒い影が飛び込んでくる。


ガンッ


凊佐が急いで黒い塊を突き飛ばす。


「走れ!」

「お前だけでいい、戻れ!」


こちらを振り返り、真剣な表情で叫んでいる。その左手はすでに次の敵を押さえ込んでいた。


夜桜は足元の感覚も曖昧なまま、車へと駆け出した。

背後から聞こえるのは、金属と肉がぶつかるような鈍い音、そして破裂音。凊佐の銃が火を噴いている──それだけは分かった。


「……くそっ」


半ば転がるようにホバー車に飛び乗り、ドアを閉める。

運転席には誰もいない。自分が動かさなきゃ。


画面の操作マニュアルが頭の中で断片的に蘇る。簡易モードの起動、目的地設定、推進ユニットの点火。自動航行で拠点に戻すだけなら……!


けれど、夜桜は指を止めた。

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