#31 太陽の下の告白
目覚ましもかけず、久しぶりにゆったりとした朝を迎えた夜桜。
カーテンをジャっと引き開けると、外から差し込む陽射しがいつもよりも明るく、部屋の隅々まで満たしていくのを感じた。
ボサボサの髪を掻き上げて、まだ眠気を引きずったまま廊下へ。
食堂からはかすかにトースターの音と、誰かの声が聞こえてきた。
「おはよー」
食堂では凊佐と大毅が並んでご飯の準備をしている。
大毅は夜桜に気づくと、軽く笑って言った。
「おはよ!起きるの遅すぎだろ」
まだ寝ぼけながら、夜桜は満面の笑みで返す。
「朝ごはんにピザなんて珍しいね」
冷蔵庫から冷凍ピザを取り出し、慎重にトースターへ入れる凊佐。
「……昼食」
短い沈黙の後、堪えきれなかった大毅が盛大に吹き出した。
やっとのことで笑いが引くと元気に言う。
「外行こうぜ」
「……暑い」
凊佐は特に隠す様子もなく、声色からも乗り気でない風だ。
それでも二人がピザと飲み物を抱えて歩き出すと、渋々と後をついてきた。
ほんの少し前まで大毅を避けていたくせに、今は一人にされたくないらしい——その変化が、なんだかくすぐったくて微笑ましかった。
大毅が車両の窓に足をかけ、ひょいと屋根によじ登る。
夜桜もそれに続き、手を借りて上にあがった。
日陰から出た瞬間、室内の快適さが幻だったかのように、生暖かい風とギラギラの陽射しが肌を刺す。
「暑いなあ」
大毅は額の汗をぬぐい、持ってきた飲み物を漁り始めている。
自分もピザを置く場所を確保しようと腰をかがめ、指先が屋根に触れた瞬間、驚いて手を引いた。
「熱っ!」
まるで目玉焼きでも焼けそうな熱さ。
どうしようかと二人を振り返ると、最後に上がってきた凊佐が両手いっぱいに何かを抱えていた。
無言でトレーニング用の薄いマットを屋根に広げ、さらに麦わら帽子や冷えたタオルまで並べていく。
その手際はやけにスムーズだ。
「ノリノリじゃん」
大毅がニヤニヤしながら言うと、凊佐は短く「……対策」とだけ返した。
マットを整え終わると、夜桜はピザと飲み物を手に取り
「よし、それじゃ……乾杯!」
三人は手にした飲み物を軽くぶつけ合う。
飲み物に飢えていた3人はゴクゴクと夢中で飲み始め、陽射しの下で一瞬だけ時間が止まったような感覚が流れる。
「コーラがあれば完璧なのに」夜桜がぽつり。
大毅と凊佐は顔を見合わせ、示し合わせたように首をかしげた。
「こうら?」
「……それは何だ?」
夜桜は肩をすくめ、ちょっとだけ苦笑した。
「まあ、いいや。こうして屋根の上で食べてるだけでも十分だし。二人もいつか飲んでみなよ」
なんでもない会話をしながら食事を始めしばらく経った頃だった。
大毅がピザを口に運ぶ手を止める。
一度息を吸い込み、心を決めたように口を開いた。
「気づいてたかもしれないけど、実は外に誘ったのは、言いたいことがあって」
凊佐と夜桜が、何事かと顔を上げる。大毅は深呼吸を一つしてから、慎重に口を開いた。
「ちょっと前に、橋本さんが読んでた新聞を見ちゃって……その時は誤魔化したんだけど、多分、兄貴についての記事だったと思う」
言葉を詰まらせながらも続ける。
「文字を読むのはあんまり得意じゃないから、詳しい内容まではわからない。でも、いいことのはずがないんだ」
大毅は視線を落とし、ピザをかじる手を止めた。
「まずはそもそも何が起きていたのか話さなきゃだよな。兄貴と俺は小さい頃から、ほとんど毎日、父さんの訓練を受けさせられてた。朝早くから山を駆け上がらされ、重い荷物を背負って走り、やらなければ叱られる」
手を握りしめ、少し息をつく。
「父さんは宇宙船がやってきた頃、世界を救うことを使命だと言い始めて、その頃から兄貴と俺をヒーローにしようとトレーニングさせてた。ただの幻想ってわけじゃなくて、自作のトレーニングマシンを作ったり、体を効率的に鍛える薬も使ったり……ほんとにすごい人なんだ」
夜桜は言葉を失い、凊佐も無表情のまま耳を傾ける。大毅は少し顔を上げ、微かに笑った。
「でも、たまにちょっと厳しくなりすぎることもあって、俺がちょっと辛そうにしてると、決まって兄貴が俺を守ろうとするんだ。『代わりに俺がやるから大毅のことは許して』って。本当は自分も疲れてるのに。俺の何倍も強くて、憧れの人だった」
「だった……?」
大毅は視線を落とし、声をひそめる。
「だんだん父さんと兄貴が時々喧嘩するようになって、その日は俺を守ろうとした兄貴が特に怒ってて、言い合いが加熱して父さんに手を出しちゃったんだ。本人もすごくショックを受けてて」
もはや泣き声のような状態だったが、溢れ出してくる言葉に身を任せていた。
「父さんは激怒して、『五日閉じ込めてやる』って無抵抗な兄貴を拘束した。実際には数時間で解放されたんだけど……戻ってきた兄貴は、もう別人だった。目も合わせられないし、以前の優しい面影は消えて……何かがプツンと切れてたのがわかったよ」
少し息をつき、視線をピザに戻す。
「そのあと父さんが兄の代わりに下の弟に訓練させるって言い出して。俺が世界を救うからそれはやめてって約束して、家を飛び出してきたんだ」
夜桜と凊佐は、言葉を失ったまま大毅の顔を見つめていた。その視線を受け、大毅は少し息をつき、肩を小さく揺らす。
「ごめん、急に…どうしても誰かに話したくなって」
目を伏せ、手元のピザをつつきながら、言葉を続ける。
「俺、結局家から逃げた形になって、兄貴が心配なんだ」
一呼吸置き、少し声を震わせて言った。
「それに新聞の内容、たぶん自暴自棄になった兄貴が何かやっちゃったってことなんじゃないかな」
夜桜は目を丸くし、凊佐も眉をわずかに寄せる。
二人の反応を見て、大毅は顔を伏せたまま、少しだけ震える肩を抱え込むようにして黙った。
凊佐は視線を落としつつ、静かに慰める。
「少なくとも……お前のせいではない」
夜桜もすぐにそっと肩に手を添え、明るく声をかけた。
「ここでは家族のことは忘れたっていいんだよ。話聞くくらいかもしれないけど、できることがあれば、なんでもするから」
大毅は二人を見つめ、しばらく黙っていたが、やがて小さく息をつき、肩の力が少し抜けた。
大毅は少し笑みを浮かべ、再びピザをつかんだ。
「……じゃあ、食べようか」
夜桜も凊佐も頷き、三人は太陽の下で、重い話を噛みしめるようにゆっくりピザを口に運んだ。