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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
3/27

#3 決意

一階に降りると、リビングはいつもと変わらず温かい空気で満ちていた。

夕暮れの光がカーテン越しに差し込み、木目の床をやわらかく染めている。


リンとのプリクラ。お気に入りの漫画。奇妙な形の指輪。なんとかの結び目っていうんだっけ。

パーカーばかりが詰まったリュックに、それらを無理やりねじ込む。


ソファの前で夜桜がリュックの口をしめると、湿気を纏った癖毛が頬にかかった。

細身の体にぶかっとパーカーを羽織る。

髪を耳にかけると、母がこっそり縫ってくれた小さな穴が目に入った。


「本当に行くんだね」

母が言う。かすかに声が震えていた。

夜桜はうなずき、気まずそうに視線を落とした。

「うん、ちょっとだけ。すぐ戻ってくるよ」

そう言った自分の声が、どこかうそくさくて、胸がつんとする。


母の声に気がついたのか、父が一階に降りてきて、なぜかテレビのリモコンを探し始めた。

平然を装っているが、さっきから右手と右足がぎこちなく一緒に動いている。


リビングに、ドタドタと足音が響いた。

小四の兄・凛太と、年長の弟・陽太。ふだんは些細なことで言い合ってばかりの二人が、なぜか今日はしゃんと並んで立っていた。

「ねーちゃん、これ」

先に口を開いたのは凛太だった。

手には、彼の筆箱の中でも特に使い込まれたペンが握られている。

そこには、人気アニメの主人公『リク』のイラストが印刷されていて、ところどころ擦れて色褪せていた。

「使いやすいから、勉強に使えば? 返さなくていいや」

照れ隠しに、そっぽを向く。

「なにそれ、普段なら貸しもしないくせに」

「うっさいな、今日だけだぞ」


その横で、陽太がそっと差し出してきたのは、大きめの画用紙。

裏にはクレヨンで、家族5人が笑顔で並んで描かれている。

夜桜の顔だけ、少し大きく優しそうだ。

「昨日、描いたの。おねーちゃん、こわいとこ行くんでしょ。だから、もってって」

「ありがと」

思わず二人の頭を同時に撫でた。

「ふたりで相談したの?」

「たまたまだからな」

「違うもん」

と、同時にそっぽを向くふたり。

素直じゃないんだから。

でも、そんなところが大好きだった。

笑おうとして、思わず喉が詰まる。


「ゴンッ」

鈍い音がして振り向くと、そこには涙目の父がいた。

テレビ台の角に爪先をぶつけたらしい。

「うぅ。」

弱々しい声が漏れ、思わずクスッと笑ってしまう。

つられて母も、弟たちも笑い出した。


父だけは真剣なままで、顔をくしゃくしゃにして、鼻を啜りながら泣いている。

「ヤオが、いなくなるなんて……じんじだだでねぇよぉ……およめにいぐの、もっどさぎだどおぼってだのに……」

ここまで悲しまれると逆にこちらが冷静になってくる。

「大げさだよ。一生の別れじゃないんだから」

そう言いながらも、夜桜の目は少し揺れていた。


「じゃあ、行ってくるね」

夜桜はリュックを背負い、玄関に向かう。

ドアの外に出た頃には、少し肌寒くなっていた。

ふと、空を見上げると、雲の切れ間に、かすかに光る何かが浮び、消えた。

……気のせいかな。

そう自分に言い聞かせながら、夜桜は一歩を踏み出した。

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