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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
父の背を越えて
29/37

#29 燃え尽きるまで

東の空に赤がにじむ頃、二人は地面にそっと降り立った。


ザッ。


砂を踏む音のすぐ横を、風切り音と共に黒い弾が過ぎる。


「……っ!」

大毅(だいき)が反射的に身をよじる。パルスが真横のコンテナに激突、火花を散らして跳ね返った。


「突っ込んできた!」


「……読めないな」


隣で凊佐(せいさ)が呟いた直後、今度は別方向から一体、不気味な摩擦音とともに突っ込んでくる。

壁に当たると、ゴォーン、と音を立てて地面に転がった。そのまま、仰向けの姿勢で腹を見せ、体勢を戻そうと、四肢をばたつかせる。金属が擦れたような叫びが耳に刺さる。


しかし凊佐は動じることなく、地面を蹴った。

無駄のない動きで距離を詰めると、足掻くパルスの背に手をかけ、全身のバネを使って持ち上げる。甲羅の裏、むき出しになった淡く光るコア。

それを確認すると、迷いなくそのまま手を突っ込み、掌で掴む。


ぐっ、と力をこめた。

次の瞬間、青い火花が散り、細かい震えがピタリと止まった。あっけない。

凊佐は何事もなかったかのように、残骸を足元に転がし、淡々と視線を次に向けた。


その様子を見ていた大毅が、目を輝かせる。走り出すと、正面から来るパルスに向かってまっすぐ飛び込んだ。衝突寸前で身をひねり、地面を蹴って横へ抜ける。そのまま、足の間をすり抜けようとする黒い塊を――ひょいと持ち上げた。


「よっと」


両腕の中でパルスがジタバタと激しく暴れる。だが大毅は微動だにせず、むしろ楽しげに笑っている。


「なあ、こいつもいけるだろ?」


差し出されると、凊佐もまた、無言でそれを受け取り、慣れた手つきで腹に手を突っ込んだ。


息をつく間も無く、大毅は次の獲物に向かう。突進してくる。

甲羅が手をすり抜けた。「あっ」

その声とほぼ同時に、インカムに元気な声が響いた。


「逃がすかぁぁ!」


夜桜(やお)がすかさずドローンをぶつける。パルスは横に押され少し引きずられたあと、ゴロンとひっくり返った。


「ナイス!」


大毅の表情にパッと灯りが灯る。


凊佐がそれをサッと拾い上げると、すぐにバチッ、と鋭い音を鳴らして、また一体が沈黙した。足元にパルスの残骸が積み重なる。


妙に息の合った連携に、他の隊員からも歓喜の声が上がった。


大毅は、ただ走り続けていた。

走って、拾って、持ち上げて。その繰り返し。


やがて足に焼けるような痛みがくっきりとあらわれる。

それでも走り続けると、やがて骨の奥から焼けるように熱を帯びていった。


手足の感覚が消えていく。痛みなのか、単なる疲労か、それとも痺れか――もはや判断もつかない。ただ、重たくのしかかる体だけが、まだ自分のものだと主張していた。

息をするたびに胸が痛む。視界の端が揺れる。前に踏み出す。腕の中で暴れるパルスの塊は、さっきより確実に重い。


横目で凊佐を見れば、彼は正確に動いている。だがその動きにもかすかな遅れが見えた。二人とも、限界を迎えていた。

唇の端をかすかに上げる。笑顔を浮かべれば、まだ、走れる。


「コア破壊、十体目……こちら、順調です!」


通信越しに泉の声が響く。だが、その声の裏に、どこか焦りのようなものが滲んでいた。


「順調だけど……あの調子で持つかな」


夜桜がドローンを操作しながらぽつりとつぶやく。画面の端に映る凊佐と大毅。二人は黙々と敵を処理していた。まるで誰にも割り込ませまいとするかのように、強固な連携を築いていた。


「二人とも、止まる気配がないな……」


橋本が腕を組んだまま画面を見つめている。

凊佐の手の中でコアが青く光り、火花を散らして崩れ落ちる。

ついに最後の一体が沈黙した。


二人は無言で膝をつき、息を整える。大毅は震える足を抱え込むが、もはや痛みは感じていなかった。

足元には無数のパルスの残骸。その頂点のコアが赤く点滅する。


――ボン。

破裂音が響き、連鎖するように火花を散らすと、やがて青白い火を吹いた。「燃えてるな…」大毅は虚ろに炎を見つめた。

隣に目をやると、凊佐の顔が青白く照らされていた。


「火が!」


夜桜の悲鳴が響き、突如その余韻が壊れる。

焦げ臭さと共に煙が立ちのぼる。 ——大毅の背中から火があがっていた。

凊佐が駆け寄り、素早く裾を引き裂く。

力いっぱい火を叩き消す。


「わっ、何!?」


大毅から、気の抜けた声が出る。凊佐は荒く息を吐き、火を消し終えると、大毅を睨んだ。


「……しっかりしろ」


「ごめん。なんか気が抜けて」


赤くただれた肌を見て、凊佐は短く息をついた。

怒るでもなく、呆れるでもなく――諦めたように、腕を引く。

大毅はその手に引かれて立ち上がる。

背後では、パチパチと燃え続ける残骸の山。


空がようやく、青くにじみ始めていた。

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