#29 燃え尽きるまで
東の空に赤がにじむ頃、二人は地面にそっと降り立った。
ザッ。
砂を踏む音のすぐ横を、風切り音と共に黒い弾が過ぎる。
「……っ!」
大毅が反射的に身をよじる。パルスが真横のコンテナに激突、火花を散らして跳ね返った。
「突っ込んできた!」
「……読めないな」
隣で凊佐が呟いた直後、今度は別方向から一体、不気味な摩擦音とともに突っ込んでくる。
壁に当たると、ゴォーン、と音を立てて地面に転がった。そのまま、仰向けの姿勢で腹を見せ、体勢を戻そうと、四肢をばたつかせる。金属が擦れたような叫びが耳に刺さる。
しかし凊佐は動じることなく、地面を蹴った。
無駄のない動きで距離を詰めると、足掻くパルスの背に手をかけ、全身のバネを使って持ち上げる。甲羅の裏、むき出しになった淡く光るコア。
それを確認すると、迷いなくそのまま手を突っ込み、掌で掴む。
ぐっ、と力をこめた。
次の瞬間、青い火花が散り、細かい震えがピタリと止まった。あっけない。
凊佐は何事もなかったかのように、残骸を足元に転がし、淡々と視線を次に向けた。
その様子を見ていた大毅が、目を輝かせる。走り出すと、正面から来るパルスに向かってまっすぐ飛び込んだ。衝突寸前で身をひねり、地面を蹴って横へ抜ける。そのまま、足の間をすり抜けようとする黒い塊を――ひょいと持ち上げた。
「よっと」
両腕の中でパルスがジタバタと激しく暴れる。だが大毅は微動だにせず、むしろ楽しげに笑っている。
「なあ、こいつもいけるだろ?」
差し出されると、凊佐もまた、無言でそれを受け取り、慣れた手つきで腹に手を突っ込んだ。
息をつく間も無く、大毅は次の獲物に向かう。突進してくる。
甲羅が手をすり抜けた。「あっ」
その声とほぼ同時に、インカムに元気な声が響いた。
「逃がすかぁぁ!」
夜桜がすかさずドローンをぶつける。パルスは横に押され少し引きずられたあと、ゴロンとひっくり返った。
「ナイス!」
大毅の表情にパッと灯りが灯る。
凊佐がそれをサッと拾い上げると、すぐにバチッ、と鋭い音を鳴らして、また一体が沈黙した。足元にパルスの残骸が積み重なる。
妙に息の合った連携に、他の隊員からも歓喜の声が上がった。
大毅は、ただ走り続けていた。
走って、拾って、持ち上げて。その繰り返し。
やがて足に焼けるような痛みがくっきりとあらわれる。
それでも走り続けると、やがて骨の奥から焼けるように熱を帯びていった。
手足の感覚が消えていく。痛みなのか、単なる疲労か、それとも痺れか――もはや判断もつかない。ただ、重たくのしかかる体だけが、まだ自分のものだと主張していた。
息をするたびに胸が痛む。視界の端が揺れる。前に踏み出す。腕の中で暴れるパルスの塊は、さっきより確実に重い。
横目で凊佐を見れば、彼は正確に動いている。だがその動きにもかすかな遅れが見えた。二人とも、限界を迎えていた。
唇の端をかすかに上げる。笑顔を浮かべれば、まだ、走れる。
「コア破壊、十体目……こちら、順調です!」
通信越しに泉の声が響く。だが、その声の裏に、どこか焦りのようなものが滲んでいた。
「順調だけど……あの調子で持つかな」
夜桜がドローンを操作しながらぽつりとつぶやく。画面の端に映る凊佐と大毅。二人は黙々と敵を処理していた。まるで誰にも割り込ませまいとするかのように、強固な連携を築いていた。
「二人とも、止まる気配がないな……」
橋本が腕を組んだまま画面を見つめている。
凊佐の手の中でコアが青く光り、火花を散らして崩れ落ちる。
ついに最後の一体が沈黙した。
二人は無言で膝をつき、息を整える。大毅は震える足を抱え込むが、もはや痛みは感じていなかった。
足元には無数のパルスの残骸。その頂点のコアが赤く点滅する。
――ボン。
破裂音が響き、連鎖するように火花を散らすと、やがて青白い火を吹いた。「燃えてるな…」大毅は虚ろに炎を見つめた。
隣に目をやると、凊佐の顔が青白く照らされていた。
「火が!」
夜桜の悲鳴が響き、突如その余韻が壊れる。
焦げ臭さと共に煙が立ちのぼる。 ——大毅の背中から火があがっていた。
凊佐が駆け寄り、素早く裾を引き裂く。
力いっぱい火を叩き消す。
「わっ、何!?」
大毅から、気の抜けた声が出る。凊佐は荒く息を吐き、火を消し終えると、大毅を睨んだ。
「……しっかりしろ」
「ごめん。なんか気が抜けて」
赤くただれた肌を見て、凊佐は短く息をついた。
怒るでもなく、呆れるでもなく――諦めたように、腕を引く。
大毅はその手に引かれて立ち上がる。
背後では、パチパチと燃え続ける残骸の山。
空がようやく、青くにじみ始めていた。