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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
無邪気な破壊者
26/37

#26 逆流

観測地点の機器が破壊された、という報告が上がってきたのは、ちょうど朝食を終えた頃だった。


「またか……」


橋本の小さな呟きに、食堂にいたメンバーたちの表情が引き締まる。これまでにも同様の破壊行為が繰り返されていた。放っておけば、各エリアのパルス状況が確認できなくなってしまう。

風間が即座にドローン映像を確認し、巨大な個体が現地周辺を徘徊していることを突き止めた。


「今ならいけるんじゃないか」


誰かがそう言い出した。その言葉に引き寄せられるように、凊佐(せいさ)大毅(だいき)夜桜(やお)が顔を見合わせる。


作戦が、決まった。


***


巨大な個体は、森の外れの岩場にじっと佇んでいた。凊佐と大毅が先行して、開けた地形の中心に立つ。


「思ってたより、でかいな」


大毅が息を呑んだ瞬間、それはゆっくりと動いた。

まるで泡が弾けるように、その巨体の表面から影のようなものが剥がれ落ち、地面に着地する。


分裂。

一体が二体に。二体が四体に。四体が八体に。どんどん数が増えていく。


「うわ、こいつ……!」


凊佐と大毅はすぐに背中合わせになった。取り囲まれた。体勢は悪くない。だが、敵の数が異常だ。

大毅が一体を叩き潰す。だが、


「ない。コアが、ない!」


崩れた肉塊に、いつもあるはずの光核が見当たらない。肉塊は蠢き、数秒で元の姿に戻ろうとしていた。


「もしかして」


大毅が片っ端から叩くが、その中にはやはりコアは見当たらない。


「……本体を探さないといけない」


凊佐が絞り出すように言う。通信越しに風間の声が届いた。


「おいおい、戦いながら神経衰弱しろっていうのかよ。」


一同が苦笑する中、大毅だけが叫んだ。


(しらみ)潰し! 上等だ!」


そう言ってパルスの山に飛び込む。凊佐も次々と目の前の個体を破壊していく。

どれを確認したかも曖昧になり始めた頃——


「見えた!」


夜桜がモニターに身を乗り出し、叫んだ。


「白いトラック運転席からの西北西、約20メートル! コア持ちの個体がいる!」


「でかした!」


風間の声が通信機の中で弾ける。

凊佐は大毅と目を合わせ、お互い大きく頷いた。


大毅が先行し、全身で敵を弾き飛ばす。開けた進路を凊佐が駆け抜け、コアが露出している個体に、迷いなく飛び込んだ。


——書き換え、開始。


一瞬、敵の動きが止まる。

だがすぐに、分体たちが異変を察知し、一斉に凊佐へと襲いかかった。


「させるかよッ!」


 大毅がその前に立ち、次々と敵を薙ぎ払う。波のように押し寄せる敵に、踏ん張りながら耐える。


40秒。50秒。1分。

……長い。終わらない。


「凊佐……?」

夜桜の声が、通信越しに揺れる。


振り返った大毅が見たのは、歪んだ凊佐の表情だった。

意識に、逆流してくる。

記憶の断片。暗い部屋。金属音。誰かの叫び。


「離れろッ!」


大毅が叫び、凊佐の体を抱きかかえるようにして引き離す。コアから手が離れた瞬間、凊佐の体がガクッと力が抜けた。


直後、敵の本体が音もなく崩れ落ちる。周囲の分体も蒸発するように消えていった。


「ったく、無茶すんなって……」


ジーという蝉の声が響く。

戦いは、終わった。


息を整えながら、大毅は凊佐の肩を支える。上空では夜桜のドローンが、夏の太陽を遮るように、静かに二人を見下ろしていた。


***


——ぬかるんだ床。冷たい空気。

どこか遠くで金属音が響いている。誰かが何かを引きずっているような音。


「お前のせいだ!お前のせいでここがバレたんだッ!」


怒鳴り声が、耳を打った。 凊佐の肩が揺さぶられる。頭が取れそうになるほど強く、乱暴に。


「言ったよな?泣くなって!何度教えたと思ってんだ!」


耳元で怒鳴り声が爆発した。

目の前の大人が、口元を泡立たせる。 背後にサイレンが迫る。


「ごめんなさい!許してください!ごめんなさい!」

目が飛び出るほど見開いて、泣くまいと顔をこわばらせる。


「いい加減にしろやァァァッ!!」


乾いた呼吸。暴れるように腕が振り上がる。 手には何か、金属の鈍く光るもの。

——本能的に、左手を突き出して目をぎゅっと閉じる。


「やめて——!」


その声と同時に、世界が真っ白に弾けた。


びくりと体が跳ねる。

視界がぐらつく。喉の奥が焼けるように熱い。 汗で張りついたシャツの背中に、寝具の冷たさが妙にリアルに感じられた。

左手が頭に押し付けられていることに気づく——夢の中と同じだ。

指先は動かない。凊佐はその手をしばらく見つめたまま、息を殺していた。


「凊佐……?」

声がして、ようやく顔を上げる。 ベッドの脇には、大毅と夜桜、そして風間が立っていた。


「……ハァ、ハァ……」


凊佐がやっと息を吐くと、夜桜が無言のままペットボトルの水を差し出してきた。 黙ってそれを受け取り、少し口に含む。


「ひでえ顔してんな」 

大毅が眉を寄せて言う。決して笑ってはいなかった。


「すぐに意識が戻ったけど、急に暴れて…汗びっしょり。悪夢を見たんだろ」

風間が落ち着いた声で説明する。 


凊佐は何も言わず、首だけをかすかに振った。


「……夢じゃない」


ぽつりと呟いた声に、部屋が静かになる。


「泣いたら怒られるんだ……耳元で、叫ばれて……」


声が震えそうになるのを押しとどめながら、凊佐は金属でできた指先を見下ろしている。


「今はもう誰も怒鳴らない。俺たちは味方だ」


大毅のその一言が、やわらかく、部屋の空気を変える。 凊佐は目を閉じて、長く、静かに息を吐いた。


「……ああ、わかってる。」


***


朝の食堂。橋本はコーヒーを片手に、今日本部から届いたばかりの新聞をじっくりと読み込んでいた。情報端末のほうが早いのは分かっていても、紙でないと読みにくい、と言い張っている。

大勢が休養日にのんびり過ごす中、早起きの習慣は変えられない。


そこへ、大毅が軽やかな足取りで「おはよーざーまーす」と声をかけながら入ってくる。

彼もまた、昨日の疲れは感じさせない。

大毅は橋本の隣に立つと、ふと視線を落とし——次の瞬間、吸い寄せられるように新聞を手から引き抜いた。


「まさか」


そのまま新聞の端を握りしめ、一面の写真を食い入るように見つめる。

表情がスッと固まり、困惑の色が浮かぶ。


「兄貴?」

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