#21 飛ぶか転ぶか
数日後。
偵察隊からの報告で、前線の南方、パルスの大隊が危険区域の外へ移動中だと判明した。泉は即座に部隊を編成。風間は短く「やるぞ」とだけ告げ、出撃を決めた。
一行は拠点を動かし、現場へ向かう。移動中、風間が低く口を開いた。
「数は多い。こっちは動けるドローンが五機。あとは連携で詰めるしかない」
夜桜がうなずく。「動きはつかめてきました。大丈夫です」
小さな林を抜けた、その瞬間。誰もが言葉を失った。
そこにあったのは、粉砕された無数の残骸。焼け焦げた地面から、異様な臭気が立ちのぼっている。数十体いるはずだったパルスの姿は、影も形もない。
「……これは、何だ?」
風間がドローンを旋回させ、上空から周囲を確認する。パルスの骸は、原型を留めぬほど徹底的に破壊されていた。
泉がスキャナーを覗き込む。「反応ゼロ。残骸の熱源しか出ていません」
夜桜がドローンを低空で滑らせながら、ぽつりと呟く。
「誰かが、先に全部やったってこと?」
そのときだった。
凊佐の身体が、わずかに強張る。視線は瓦礫の陰へと向けられていた。
「……誰か、いる」
気配を殺して数歩前に出ると、凊佐は勢いよく瓦礫を蹴り上げた。中から何かが飛び出す。凊佐がすかさず腕を伸ばし、無言で押さえ込む。
「……動くな」
少年だった。
しばらくもがいた後、抑えきれぬ怒りをそのまま声にして叫んだ。
「離せよ!」
凊佐は無表情のまま、少年の腕を引いて瓦礫の陰から引きずり出す。
短く刈られた黒髪。煤にまみれた顔と体。筋肉質な体格ながら、その目元にはどこか人懐こさと、あどけなさが残る。
後から追いついた橋本が問いかける。
「誰だ? どうしてここにいる?」
少年は一拍置いて、平然と答えた。
「大毅。ここでこの宇宙人と戦ってただけだ」
橋本がじろりと睨む。「本部の人間じゃないな?」
「本部ってなんだよ」
風間も後方から口を挟む。
「どうやって、こいつらを全滅させた?」
少年――大毅は肩をすくめるようにして言った。
「殴った」
凊佐は警戒を解かない。夜桜が小声で風間にささやく。
「この人……敵ではないですよね?」
「おそらく」
だが次の瞬間、大毅が突然身をよじり、走り出そうとする。すかさず凊佐が押さえ込む。
橋本が冷静に言った。
「放っておくわけにはいかない。拠点で話を聞かせてもらおう」
大毅は舌打ちしながらも、しぶしぶ従った。
そのとき――
ぐぅぅぅぅぅー
静まり返った現場に、腹の音が響く。
「……っ」
凊佐が一歩引き、夜桜がきょとんとした目で大毅を見る。
「お腹、空いてるの?」
大毅はそっぽを向き、バツが悪そうに言った。
「ちょっと、何も食ってなかっただけだよ」
泉が苦笑しながら通信に入る。
「こちら泉。思わぬ収穫がありまして……食事の準備をお願いします」
食堂の扉が開くと、湯気の立つスープと焼きたてのパンが並んでいた。
大毅は目を輝かせ、椅子に飛びつく。
「食べていいの!? ありがとうございます!!」
隊員たちが見守る中、パンをかじり、スープをかきこむ姿はまるで野生動物のようだった。
やがてパンの最後のひとかけを口に運ぶと、風間が穏やかに問いかける。
「落ち着いたか? 少し話を聞かせてくれ」
大毅は素直にこくんと頷いた。
風間が向かいの椅子に腰を下ろし、さりげない口調で続ける。
「本当に、一人であれを倒したのか?」
「はい!」
「武器は?」
「持ってません!」
「何度壊しても戻る奴らだぞ?」
「だから、跡形もなく何度も壊したんです!」
夜桜が眉をひそめ、泉にそっとささやく。
「さっきから、さらっとすごいこと言ってない?」
風間は小さく頷きつつ、視線を大毅に向けた。
「では、君がここにいた理由を詳しく教えてくれ」
大毅の顔が一瞬だけ曇る。しばし沈黙してから、ぽつりと呟いた。
「世界を救わなきゃいけないんです」
「どうして?」
「弟たちが……」
「弟?」
「あいつらに、同じことはさせたくない」
拳を握り、歯を食いしばって、以降は何も言わなかった。
泉が静かに声をかける。
「家族のことを思うなら、帰った方が――」
「ダメだ!」
大毅が叫んだ。
その瞳に、一瞬だけ激しい光が宿る。
「俺が戻ったら、弟たちは……殺されるかもしれない」
言ってしまった、というように目を伏せた。
それ以上は、口をつぐむ。
重たい沈黙が、室内に落ちた。
風間がそっと空気を和らげるように言う。
「わかった。今は無理に聞かない」
様子を見ていた橋本が続けた。
「帰らないというのなら、こちらの指示に従ってもらう」
数分後。
廊下を歩きながら、橋本がぽつりと漏らす。
「家族の件、調べておいた方がいいな」
泉がうなずく。
「はい。脅されているのか、それとも……本部に報告、回しておきます」
風間は歩みを止めず、背を向けたまま、静かに言った。
「転ぶか飛ぶか、だな」