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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
2/27

#2 来訪者

白地に、黒い活字でこう書かれていた。

『パルス対策本部 / 人材管理課』

パルス。5年前。あの街が、空に飲み込まれた日。恐ろしいほどの快晴、空に浮かぶ巨大な黒い塊、そして、最後に見た頼りなげなあの子の背中――

その全てが胸をざわつかせる。

テーブルの隅では、夕飯の味噌汁の跡がまだ乾ききっていない。さっきまでここに座っていた男の姿だけが、ぽっかりと抜けている。

いまだに起きたことが飲み込めず、夜桜はもらった名刺を、指先で何度も撫でていた。


数時間前。


道には紫陽花が咲きはじめ、夜桜は友達のリンと、新作のスイーツについて語り合っていた。

夜桜は相づちを打ちながら、向こうの車道の方へ目をやる。

黒塗りの車。スーツ姿の男たち。視線がこちらに向けられているような気がして、急いで目をそらす。

「ここんとこ、毎日同じとこに立ってるんだって。ヤオあんた、なんかやらかしたんじゃない?」

「やめてよー」

他愛もない会話を交わしながら、いつもの交差点で足を止める。

「バイバイ、また明日」

「うん、またね」


そのすぐあと、夜桜の家に来客があった。

インターホン越しに名乗ったのは、さっきの黒服の男。

いち早く玄関に出た母は、何かを短く話し、私を呼ぶ。

「夜桜、ちょっと来なさい。政府の人らしいわ。」


テーブルの上には、食べ残しの味噌汁と、政府の名刺。

なんとも胃に悪そうだ。

「こんばんは。お時間を取らせて申し訳ありません。」

淡々と、けれど丁寧に男は話し出した。

「数日前、ショッピングモールで出会った少年を覚えていらっしゃいますか。」


屋上へ向かう白髪の少年――セイサ。

この世界の空気とはどこか違う、儚い気配。

彼はあの後どうなったんだろう?


男がタブレットを取り出し、映像を見せてくる。

夜桜とセイサが並んで立っている、それが「異常事態」だという。

そんなの、知らないよ。

それでも、自分が屋上に惹かれた理由だけは、なんとなくわかっていた。

「正式な申し出です。来週、我々の本部にお越しいただけませんか。詳しいことはそちらで話します。無理にとは言いません。ただ――」


一拍、間があく。


「……世界を、変えられるかもしれません」


***


そして今。夜桜は、名刺をもう一度裏返す。やっぱり裏には何も書かれていない。

それなのに、目を逸らすことはできなかった。

隣の部屋から母の笑い声がする。

まるで、何も変わっていないみたいに。

でももう、自分がただの傍観者ではいられないことだけは確かだった。

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