#19 再始動
あれ以来、妙に重苦しい沈黙が拠点を支配していた。
凊佐と夜桜は視線を交わさず、距離を保ったままそれぞれ別の方向を向いている。周囲の隊員たちはその微妙な空気を避けるように、小さく身を縮めていた。
そんな中、広間に悠然とした足取りで入ってきた人物がいた。
「待たせた! ……何かあったのか?覇気が足りんな。」
数週間ぶりに拠点に戻った風間の芯のある声で、少しだけ緊張の糸が緩む。
続いて泉が冷静な表情で後ろから顔をだす。
「皆さん無事だったと聞いています。変なこと言わないでくださいよ。」
そのまま泉は手にしたドローンを操作し始め、その羽音が静かな広間に響き渡った。
その奥で、ピカピカの天窓から柔らかな光が差し込む。
よく見ると、壁は明るく塗り替えられ、床は滑らかな素材に張り替えられている。忙しない日々に押され忘れかけていたが、自分が刷新された拠点にいることを思い出す。
察したかのようなタイミングで、橋本が一歩前に出る。
一瞬の沈黙のあと、確かに宣言した。
「これでようやく、揃ったな。MB-07、再始動だ。」
その言葉が、空気の重さを一気に切り裂いた。
振り返ると食堂が少し広くなっていて、今もこっそり抜け出した大西が、新しく入ったパンを焼くマシーン(?)を使う音がかすかに聞こえる。
その音を背景に、夜桜は新型のドローンを夢中で見つめていた。以前の虫のような形状とは違い、未来的な有機的曲線を取り入れたデザインで、羽音も室内で聴けるくらい静かになっている。
(これを操作できるようになれば……)
ふとそんなことを思い、気づけば言葉が出ていた。
「風間さん。私も、ドローン触ってみたいです!教えていただけませんか?」
夜桜はぎゅっと目を瞑る。声には期待と少しの緊張が混ざっていた。
恐る恐る風間の目線まで顔を上げると、意外にもそこに厳しさはなかった。
「もちろん。我々もずっとここにいるわけにはいかない。他にも使える隊員が増えるのは大歓迎だ。」
泉はドローンの操作を続けながら、冷静に付け加えた。
「ただし、最初は我々のいないところでの操作は控えてください。人にぶつかると危ないですから。」
ドローンのコントローラーを物欲しそうに見つめていたようで、風間がそれを見て笑う。
「よし、早速ちょっと触ってみるか?まずは基本の動きを覚えるところからだな。焦るなよ」
夜桜は慎重にスティックを動かす。ドローンはまるで意志を感じ取るかのように、ゆっくりと上下左右に動き始めた。風間の声が隣で励ましのように響く。
「そうそう、焦らずゆっくり」
泉は冷静にモニターを見つめながら、必要なときだけ的確なアドバイスを送る。
「速度は一定に保ってください。急な動きはバランスを崩します。」
ドローンがふわりと宙に浮かび、小さな影が壁に映る。
「やった…動いた!」
と小さな声で呟く。久しぶりの自然な笑顔だった。その光景に、広間の空気が一気に和らぐ。
だが、指先の動きには、一切の迷いがない。視線は、まるで他の音や気配を遮断するかのように、ドローンだけを見つめている。凊佐はその笑顔の奥に、異常な集中を見た気がした。
遠くからちょうど大西のパンができたという歓喜の声が上がる。
焼きたてのパンの温かさと香ばしい匂いが食堂に満ち、隊員たちの顔にも少しずつ笑みが戻っていた。
その和やかな空気の中、場を取り仕切っていた橋本がふと声を潜めて話し始めた。
「ところで、夏井と大西は今日の夜に本部に戻ることになった。しばらくの間、風間たちが入れ替わりで拠点を守る形だ。」
大西は別れを惜しみつつも、軽く肩をすくめて笑った。
「まあ、またすぐに戻ってくるからな。俺がいなくて、泣くなよ。」
夏井は隊員たちに目を配り、
「みんな、頼りにしてるから。しっかりやってくれよ。」
と優しく声をかけた。
夜桜は少しだけ寂しそうに彼らの背中を見送ったが、風間や泉の存在が残ることで安心感もあった。
夕食後、くつろぎながら明日の話題が自然と出る。風間が時計をチラリと見て言った。
「明日から特訓するか。何時がいい?」
夜桜は目を輝かせて答える。
「朝でも全然OKです!」
「8時集合でどう?」
「はいっ!」
みんなが自然とうなずき合い、軽い笑いが広間に広がった。
その夜、夜桜は布団の中でさっきの手応えを思い出すように指をぐりぐり回しながら、ぐっすりと眠りについた。