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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
17/37

#17 赤い目

車両はゆっくりと減速し、やがてガタンと揺れて停止した。

バシュン、という音がして扉が開く。アナウンスこそないが、まるで何事もなかったかのように開く扉は日常を錯覚させた。凊佐(せいさ)はまだ手を気にしていたが、大きな怪我はないらしい。


「…出る」


夜桜(やお)が頷く。

二人は車両から降り、薄暗い地下駅のプラットホームに足を踏み出した。拍子抜けするほど静かだった。だが、その静けさは深海のように重い。静かにこちらを伺うような気配が肌にまとわりついて離れない。


「この先、どうする?」


夜桜が低い声で尋ねる。凊佐は前を見据え、静かに答えた。


「探索する。二人と合流したい。」


薄暗い地下駅の闇の中、夜桜と凊佐は懐中電灯の細い光を頼りに静かに進んでいた。足音はなるべく立てず、壁や柱の影に身を潜めながら、一歩一歩慎重に。


「この駅、どこか生きてるみたい」


夜桜が呟く。凊佐は静かだが、目は鋭く辺りを見回していた。

進むにつれて、床に奇妙な黒い影がちらつく。凊佐が指先でその一つをつまむ。


「……パルスの一部」


虫のように蠢く、ナノロボットの一つだった。気づくと一帯に散らばったパルスの破片が一方向に向かって吸い込まれるように移動している。

遠くからかすかに異様な音が聞こえはじめた。まるで低いうなり声のような、

二人は互いの背中を預け合うようにして歩き続ける。


「何かいる」


夜桜が震える声でいう。凊佐は、すぐに動けるように体制を整えた。

その時、突然向こう側の壁の一部が不自然に動いた。

暗闇の中から巨大な黒い塊の中に、赤く光る大きな「目」が彼らを見据える。


ドゴォォン!


その瞬間、黒い塊から槍状のものが飛び出し、二人の横の壁に激突した。砕け散るコンクリートの破片が舞い散る。二人はほとんど反射的に伏せ、ぎりぎりのところで攻撃をかわした。心臓が激しく脈打つ。

そのまま急いで売店跡の影に身を隠す。

槍は液体状になり、本体へと引いていった。


凊佐は壁に背を預けたまま、短く言う。

「鋭い。受けたら、終わりだ」


「なら…見つからないように、隙をついて動くしかないね」

夜桜が緊張した声で返す。


だが、赤い目はゆっくりと彼らの周囲を旋回する。光の帯がすぐそこまで迫っていた。


「移動しないと」


二人は自販機の裏へと駆け出した。「ドガァァン!」さっき通った道の壁が砕ける。

それを見た凊佐の目が見開かれた。


敵の目の前に飛び出す。


夜桜は慌てて、物陰に彼を引っ張り込んだ。

「何してるの!!」


ドォォン!


二人のすぐ横に槍が飛んでくる。


「……攻撃の後、コアが見える」

凊佐はいつもより少し興奮気味に、そう答えた。


「だからって飛び出さないでよ!」


凊佐が眉をひそめて声を強める。

「確かめるためだ。受ければ……コアに触れる」


「正気!?あんなの受けたら即死だよ」


凊佐は少しだけ黙り込み、目を逸らしながら言う。

「怪我はする。でも、合理的」


夜桜は短く息をつき、強い口調で言う。

「怪我をするのが合理的なわけないでしょ!」


ドォォン!またやりが放たれる。驚いてそちらをみると、線路の向こうで風に揺れていたポスターに丸く焦げた穴ができていた。それを見てハッとする。


「動くものならなんでもいいんだ!」


「あいつが向こうを向いているタイミングで、あの椅子の裏に移動できる?私がここから反対側にものを投げてそこに攻撃させるから、その隙に行って。」


凊佐は驚きと心配に満ちた表情。


「もし私が危うくなっても、なんとかするから、終わるまで振り返らないでよね。」


一拍考えて、ぐっと頷く。

凊佐が移動したのを確認すると、夜桜は手元にあった小さな金属片──壊れた自販機の部品──を拾い、投げる角度とタイミングを見定めた。


(外したら終わり……でも、やるしかない)


赤い目がゆっくりと線路の向こうに視線を移していく。夜桜は一瞬の隙を突き、金属片を柱の前へと投げた。

カンッ!金属がぶつかる音と同時に、ズドォォン!!黒い塊から槍状の攻撃が放たれ、目標の柱が粉砕される。


「今!」


夜桜が囁くように叫ぶ。


凊佐はその隙に身を低くし、一気に飛び出す。


彼の左腕は確かにコアを捉えた。しばらくパルスの動きが固まる。

だがその時──


止まったかのように見えたパルスが最後の足掻きで、再び槍を構えた。

夜桜の瞳が見開かれる。


(来る!)


夜桜は時間が止まったような錯覚に囚われた。目の前に立つ凊佐の背中。その左肩から、鋭く伸びた黒い槍が突き出していた。


「バカ……っ、どうして」


声が震え、何か喉の奥をせり上がってくる。約束した。振り返るなって、言ったのに。


凊佐は槍に貫かれたまま、ゆっくりと顔だけをこちらに向ける。顔は痛みに歪んでいたが、その瞳は、なぜか穏やかだった。

涙がこぼれそうになる。けれど、ここで泣いたら彼がここに立つ理由を、否定する気がして。夜桜は、震える手でその雫を拭った。


赤い光が再び動き出すのを見て、夜桜は急いで凊佐を支え物陰に引き込んだ。


「書き換え……切れなかった……」


彼の声は苦しげだったが、目はまだ生きている。


ぐぅぅぅ……という低いうなり音が地下に響く。黒い塊はぬるりと動き、表面が湿った皮膚のような質感に変化していく。ゆっくりと波打つそれは、まるで生き物のように息づいており、中心のコアを覆うように肉の層を巻きつけ始めた。

柔らかく、だが強靭そうな膜が次々と重なり、赤く脈動する光を覆い隠していく。

時おり、ぬちり、と粘着質な音がして、夜桜は無意識に喉をつまらせた。


「再構築が始まった」


声には、わずかに緊張が滲んでいた。

凊佐は歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。動きはまだしっかりしていたが、左腕は力なく垂れていた。

もう一歩、コアへと歩を進めた、その瞬間──


パァン!


炸裂音が響いた。黒い塊の一部が吹き飛ぶ。


「ったく、どこに行ってんだよお前ら!」


聞き慣れた声が、暗闇の奥から響いた。大西が肩に担いだショットガンを構えたまま、煙の中から現れる。その隣には、警戒を解かない夏井の姿。


「無事か、二人とも!」


「凊佐が──」


「見ればわかる」

夏井が素早く状況を見極め、低く言った。


凊佐が自分の左腕をチラリと見て、確かめるように拳を握ると、少しだけ口角を上げた。

「援護、頼む。」


「言われなくても!」

大西が言うや否や、もう一発撃ち込む。一方、夏井は素早く障害物の陰に身を滑り込ませ、コアの防御パターンを冷静に観察していた。


「再構築されてやがるな。中途半端に書き換えられて、暴走手前ってところか」


夜桜が顔をしかめる。だが、表情に希望の色が戻ってきていた。

凊佐は疲れた体を無理やり起こし、言った。


「今度は、全員でやる」


凊佐の言葉と同時に、黒い塊が再び蠢き始める。無数の「目」が外殻に浮かび上がり、四人を囲むように赤い光を散らす。


ズバァァァン!!


槍が一直線に飛ぶ。大西が叫ぶ。


「来るぞっ!」


夜桜と大西は左右へ飛び退く。凊佐はコアに向かって突進するが、再構築された外殻が素早くそれを遮る。コアは一瞬見えるが、すぐに黒い膜が覆い隠す。


「コアの守りが硬すぎる!」夜桜が叫ぶ。


「なら、目だ!」夏井が狙いを定めて叫び返す。


バンッ!バンッ!


狙撃音。夏井が赤い目の一つを撃ち抜くと、その瞬間本体がびくりと反応し、膜が一瞬だけ緩んだ。


「弱点だ! 目を潰せば、コアが開く!」

「大西、引きつけて!」

「任せろ!」


大西が金属片を拾い、全力で遠くに投げつける。反応した目のいくつかがそちらに向き、槍が連射される。


ズガガガガッ!!


「今だ!」


夜桜が叫ぶ。凊佐はその声に合わせて、再びコアに向かって疾走。夜桜はその後ろから援護するように叫びながら走る。だがそのとき、本体が一気に変形を始め、全身の目が赤く発光し、槍を構えた。


「全方位!? まずい!!」


夏井が叫び、大西が反射的に夜桜をかばうように前に出る。

凊佐はその隙に身を低くし、一気に飛び出す。


「終われッ──!」


かすかに熱を帯びた彼の左腕は、確かにコアに突き立てられていた。


ゴォォォー

本体が轟音とともに膨れ、赤い光を一斉に発し、やがて、霧のように崩れ落ちた。

黒い塊は液体のように床へと溶け、赤い目はすべて砕け散る。しばらく、誰もが息を飲んでいた。

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