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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
16/37

#16 発進

橋本たちと別れてから数日。

新たなパルスの兆候もなく、一同は平穏な日々を楽しんでいた。


日が落ちかけ、仮設の灯りがぽつりと点る。拠点の車両のそばには、簡易テーブルと折りたたみ椅子。缶詰、スナック、温められたインスタントスープ──


「ま、悪くないっしょ。星も出てきたし!」


満足げにスープをすすった大西が、空を指さして笑う。


「火、使っちゃダメかな?雰囲気だけでもさ」


「やめとけ、どうせ大西が何か燃やすから」


「え?ひどっ!?」


笑い声が柔らかく夜に溶けていく。焚き火こそないが、周囲は静かで、遠くに虫の音が響いている。


「こんな静けさ、久しぶりかも」


夜桜(やお)が空を見上げる。

頭上には、満天の星。都市だった頃には見えなかった光だなあとふと思う。


「たまにはこういうのもいいな」


夏井は地面に背をつけ、上着を枕にして星を見ていた。


凊佐(せいさ)はテーブルの端に座って、黙って食事をつまんでいる。夜桜が彼の隣でぼんやり虫の鳴き声を聞いていた。


「平和だなぁ〜」


夏井があくびをしながら言う。

なんでもない普通の夜。すっとこうならいいのにな。なんてありきたりなことを考えた、その時だった。


ドォン──ッ!


鈍い音が地面を震わせる。振り返ると巨大な物体が仮拠点の車両の奥に転がっていた。空を見上げる。無数の黒い塊が地上を目掛けて降ってくる。


ズドォオオン!


「やべえ!車に戻れっ!」

大西の叫びと同時に、4人は一斉へ車両へ駆け出した。


地面が揺れ、金属が軋む音が響く。

夜桜が戸を閉めたかどうかというところで、何かがキャンパー車両の屋根に直撃した。

天井が内側に大きく凹んでる。


「……天井、もたない……!」


「車動かして。早く!」


大西が慌てて地図とモニターを確認し、車両が急発進する。

振り返った夏井が窓の外を見て、絶句した。


「あれ、合体してないか……?」


車両の上に落ちた何かは、水のように流動しながら形を変え、別の塊と一体になる。

パルスが雨のように降り続き融合する姿だった。

ドン、ドン!と何かが叩きつける音が止まらない。


「クッソ、どこに逃げればいいっていうんだ。」


その時、夜桜はハッとし、横から操作パネルに手をかけた。

車両は田んぼだった場所を抜け、郊外の狭い路地を激しく揺れながら走る。

後方では、合体を続けるパルスの残骸が地を這うように追いすがってくる。


「どこに向かってるの!?」


夏井が叫ぶ。夜桜は、ハンドルを切りながら短く答えた。


「旧地下鉄。ここの下に通ってるの」


「つか、地下って大丈夫なのかよ!?閉じ込められるとか──」


大型モニターに映された地形図には、廃駅と思しき構造物が浮かんでいる。古いデータだが、他に逃げ道はなかった。

大西の叫びに夏井が低く返す。


「地上で潰されるよりマシだな」


車両が突き進んだ先に、崩れかけたコンクリのアーチが見えた。《旧2号線 南入口》──錆びた標識がかろうじて読める。


「入れるか!?」


「行く!」


ブレーキをかけずに、車両はそのまま傾斜のある入口に突っ込んだ。車体の底がコンクリの縁に、ガンッ!と跳ね、車内が揺れる。

背後でトンネルの入り口が崩れ落ちる音が続いた。何とか抜けきった。


「……止まった?」


「今のうちに、周囲を確認する」


夏井が素早く武器を手にして車両から降りる。

凊佐もドアを開け、警戒しながら降りた。


「地下構造は広い。しばらくここでやり過ごせるかもしれない」


「じゃあ、探索だな」


夜桜が深呼吸し、非常用のリュックを肩に担ぐ。

暗い構内に、4人の足音が吸い込まれていく。


「ここ……電波、ほぼ入らねえな」


大西が苦い顔をして通信機を確認する。


「でも、上から降ってくるパルスからは隠れられる。しばらくここでやり過ごせるかもしれない」


ホームの壁はひび割れ、天井からは水が滴っている。錆びついた看板には、かろうじて「下津潟中央駅」の文字が読めた。


***


数時間後。最低限の明かりと安全確保を終え、4人は構内の奥へと慎重に足を進めていた。古びた電光掲示板、崩れた天井、誰もいないプラットホーム。


「この奥に地下鉄の車両がある。何か残ってるかもな」


やがて、一両だけ異様にきれいな車両が目に留まった。

夏井が先行し、凊佐と大西、夜桜が後に続いて中に入る。

他が錆と汚れにまみれている中で、それはまるで昨日まで動いていたかのように整っていた。


「期待したけど、何もないなー」


少し見回り、みんながホームに戻り始める。最後に続いた夜桜は、最後尾の座席にふと目を留めた。


「ねえ、これ──」


その時。


「夜桜、出ろ!」


凊佐の叫びが聞こえた瞬間、「バシュン!」ドアがスライドした。夜桜が慌てて体を向けるが、すでに間に合わない。

──反射的に走り込んだ凊佐が、勢いそのままに左手をドアの隙間に突っ込んだ。


車両が、ゴウンッ──と低い音を立てて動き出す。


「っ……!」


無情にも彼の体が引きずられ、金属の縁が腕を締め付ける。

ギリ、ギリ……ギギギ……加速する車両。あと数秒で、ホームの端──コンクリートの壁が目前に迫る。

凊佐は顔を歪めながら、全身に力を込めた。


ガコンッ!!


金属のきしむ音とともに、凊佐の体が車内へと放り込まれた。


「凊佐ッ!」


夜桜が思わず駆け寄る。凊佐は肩で息をしながら、左手を押さえていた。が、顔には痛みよりも、安堵の表情が浮かんでいた。

車両はそのまま二人を乗せて、トンネルの奥へと滑り込んでいく。

窓の端から、構内の灯りが遠ざかっていった。


構内には、ただ呆然と立ち尽くす夏井と大西の姿。追いかける間もなく、目の前で起きた現実が、遅れて胸に落ちる。


「マジかよ……」


大西は思わず線路沿いを数歩駆け出すが、すぐに立ち止まった。

見送る背中すら、もう闇に消えたあとだった。


「無事でいてくれよ」


しばらくして、夏井がぽつりと呟く。

沈黙の中、二人は互いに目を合わせ、構内の奥を見つめた。やるべきことは明白だ。だが、その背中にはどこか、ぽっかりと穴が開いたようだった。


***


車両の中。夜桜は、凊佐をまっすぐ見つめて言う。


「……ありがとう。怪我はない?」

彼は小さく頷くような仕草を見せ、すぐに辺りを警戒し始めた。無言で、ただ彼がそこにいてくれることに、心から安堵していた。

一人じゃなくてよかった。それが、言葉になる前に胸に染み込んでいく。

二人の呼吸だけが、静かにトンネルの闇に響いていた。

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