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空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
11/37

#11 ドローン戦

拠点の広場に、数台の輸送車がゆっくり滑り込んできた。

車両から降りてきたのは、最新鋭の遠隔操作型ドローンと、それを操る専門家たちだ。荷物が拠点の中心の広間に運ばれると、自然と人が集まってくる。


「これが例の……」


夜桜(やお)は目を見張った。細長い機体に複数の小型プロペラが付いており、どこか昆虫のようなフォルムをしている。


「私たちは本部から来た、風間と泉だ。よろしく」


ひときわ落ち着いた声で挨拶したのは、風間(かざま)隆一(りゅういち)だった。

隣に立つ(いずみ)真司(しんじ)は、メカニカルな機器を手際よくチェックし、


「このドローンを使えば、パルスのコアに接近し、遠隔から制御できます。皆さんが慣れるまでは我たちが操作しますのでよろしくお願いします。」


と顔をあげて言った。橋本艦長が短くうなずき、現場は期待に包まれる。


広場の片隅では、風間を中心に数人の職員が集まり、凊佐(せいさ)とドローンの同期作業が始まった。

黒い機体がゆっくり展開される。凊佐は黙ってコントロールパネルに手をかざす。


「……繋がったか」


風間が画面を見ながら呟いた。


少し離れた場所で、夜桜と泉が様子を見守る。泉は夜桜の戸惑いに気づき、声をかけてくれた。


「夜桜さん、凊佐くんの役割、まだピンと来てませんよね?」


「はい。なんとなく強いのはわかるんですけど。どうして彼だけが、パルスを止められるのかが」

泉はうなずき、少し表情をやわらげながら口を開いた。


「パルスが何かは知っていますか?」


「何回壊しても蘇って、中に“コア”っていうのがあって、それを止めれば動かなくなる、って聞きました」


「だいたい合ってますよ」


泉は説明を続ける。


「パルスはね、小さな機械──ナノボットの集まりなんです。その中枢にあたるのが“コア”で、これが全体を制御している。でも、コアを壊すだけじゃダメで、中にあるプログラムを書き換えて命令自体を止めなきゃ、すぐに復活しちゃうんです」


夜桜はじっと目を合わせる。


「じゃあ、凊佐はその書き換えを?」


「そうです。彼の脳は普通の人とは違っていて、超高性能の並列コンピュータみたいなんです。パルスの複雑なコードをリアルタイムで読み解いて、書き換えることができる。左腕のデバイスは、その脳とパルスのコアを繋ぐためのインターフェースなんですよ」


「……」


夜桜は黙って凊佐の方を見た。彼の左腕は今まさにドローンとリンクしている。

表情に大きな変化はなかったが、時折、眉間を寄せるような仕草が見えた。


「今後はドローンが代わりにパルスのコアに接触するから、彼は直接現場に出ずに済みます。でも、流石の彼でも同時に複数処理するのは負担が大きいかもな……」

泉は考え込むように言った。


「休憩ー!」


誰かが大きな声でいう。

凊佐は壁際のベンチに座り、左手をぼーっと見つめていた。


夜桜は少し悩んだ後、そっと自販機の前に立ち、飲み物を二本買った。無糖のコーヒーと、ほのかに甘いレモン水。


「おつかれさま」


声をかけながら歩き、そっと缶を差し出す。

凊佐は顔を上げ、夜桜を見つめる。一瞬、躊躇うような間があったが、無言でレモン水の方を取った。夜桜は内心嬉しくてニヤつきそうだったが、我慢してコーヒーの缶を開けた。

ふたりで並んで座る。沈黙だが、以前よりも少しだけ、柔らかい空気がそこにあった。


「凊佐って、疲れたりしないの?」


不意に口をついた言葉に、夜桜は自分でも少し驚いた。彼はいつも無表情で、無言。それでも黙々と戦っているからこそ、知りたくなったのだ。

凊佐はわずかに首を傾けるような仕草をしただけで、答えなかった。だけど、それでもいい気がした。

夜桜は缶を片手で回しながら、少し笑った。


「なんかさ、私ばっかりびっくりして、感情出してて、子どもみたいだなって」


凊佐は視線をそらし、空を見上げた。

それだけで、返事がしたような気がして、夜桜はそれ以上言葉を継がなかった。


***


数日後、拠点MB-07の北東の草地にパルスの小さな集団が現れたとの報告が入る。ドローンの試用も兼ね、小規模な制圧チームがすぐに編成された。橋本艦長、夏井、夜桜、それにドローン操作の風間と泉。凊佐も拠点に残り、ハッキング支援を行うことになっていた。


荒れた斜面に、静かにドローンが降下する。昆虫を思わせる黒い機体は、草むらの中をするりと滑るように進み、パルスの動きを探知する。


「コア位置、正面三十メートル先、部分露出。……凊佐、リンク可能距離に入った。準備は?」


拠点に設けられた制御室のモニター前で、凊佐は無言のまま左手をターミナルに重ねる。風間はその様子を確認しながら、慎重に操作を進めた。

ドローンはわずかに姿勢を低くし、正確な角度でパルスのコアに接近する。機体下部から伸びたアームが音もなく、コアの接続ポイントに触れる。微細なノイズが走ると同時に、凊佐の脳波がネットワークを通じてドローンにリンクされる。

そして、凊佐の意識が、まるで黒い機体そのものに乗り移るように流れ込んでいった。


「リンク確認。プログラム解析開始」


泉の声が管理室に響く。

 

「パルス、来ます!」


夜桜が声をあげる。


地面から湧くようにして、小規模の群れがわらわらと姿を現す。


「夏井は右へ展開、夜桜は全体の状況を見て報告を。風間、ドローンを正面から突入させろ」


橋本艦長の指示が矢継ぎ早に飛ぶ。


「了解!」


それぞれが迷いなく動く。 

その間に、ドローンが次々と群れの中に深く切り込み、コアに接触する。凊佐の目が、鋭く光を帯びた。同時に、リンクされたドローンが信号を発し、パルスのコアに対して強制的な書き換えがされていた。


「書き換え完了。コア停止を確認」


泉が宣言した瞬間、群れのパルスが一斉に動きを止めた。 


「いいねこれ。あっさりだ。」


夏井が小さく笑う。


「まだ初回だ。過信は禁物だが……上出来だな」


橋本が言い、風間が静かにドローンを回収に向かわせる。

夜桜は無意識に息を吐きながら、凊佐の方に視線を送る。ほんのり額に汗が光っていた。


本当に、すごい。


ただただ圧倒された。でもその裏に、どこか不安もあった。

尊敬とも、心配とも違う。名前のつけられない何かが、静かに胸の奥に積もっていく。


それでも。誰かの指示のもと、誰かを信じて動く。そこには確かに、「チーム」の心強さを感じていた。


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