#10 帰還
拠点MB-07に戻ると、朝の光がようやく本格的に空を染め始めていた。医療班による初期確認が終わり、二人とも大きな外傷はないとわかると、安堵の空気が基地内に広がる。
「わしが本部に報告を入れておく。お前たちはひとまず休め」
橋本艦長の言葉に、夜桜は素直に頷いた。凊佐は何も言わず、静かにその場を離れていく。任務としてはごく短いものだった。けれど夜桜にとっては、長く、濃密で、確実に「何かが変わった」と思わせる時間だった。
***
ちょうど朝食の時間だったので、夜桜はその足で食堂へ向かった。
すでに隊員たちが集まり始めていて、夏井さんがいち早く気づいて声をかけてくれる。
「ホバーでパルス蹴散らしたんだって? 初任務で盛大にやったねぇ」
「すいません……」
「いやいや。二人とも無事だったんだから大手柄だよ」
そう言って、いつものように豪快に笑いながら「お疲れさん」と朝食を手渡してくれる。
夜桜はそれを受け取り、周囲の職員たちとテーブルを囲む。さっきのことについて、ぽつぽつと会話が始まった。
「にしても、大群が襲ってくるなんて、今までなかったんだけどなあ」エンジニアの一人が、ちょっと気弱そうな声でつぶやく。
「一旦は、上から監視して鉢合わせないように動くって話だな」
別の職員が応じる。
そこへ、凊佐が食堂に入ってきた。
彼は黙ったままトレイを手に取り、空いている席に腰を下ろす。いつもと同じで、特に誰とも話すでもなく、食事を始めた。その様子を、夜桜はなんとなく目で追っていた。
……あれ?
左手が、膝の上から一度も動かない。
箸もスプーンも、すべて右手だけで器用に扱っていた。
怪我してる? いや、前からこうだったっけ?
言われなければ気づかない程度の「変わった食べ方」だが、一度目につくと、妙に気になった。
***
食後、しばらく仮眠をとった後、夜桜は再び作戦室に呼ばれていた。
午後、隊員たちは作戦室に集まり、今回の任務の振り返りが行われる。中央の大きなスクリーンには、上空から撮影された観測地点の映像が映し出されている。無数のパルスが群れとなって、黒くうごめく塊のように視認できた。
「現在も移動の兆候はなし。一定の距離を保ったまま、観測点に留まっている」
解析班の職員が淡々と報告する。
「このまま静観するのか?」
誰かが問いかけると、前方に立つ橋本艦長が小さく頷いた。
「しばらくは様子を見る。現段階での接触はリスクが高すぎる」
その声には、わずかに緊張がにじんでいた。
「とはいえ──もうすぐ“あれ”も届く頃だろう」
別の職員が、意味ありげに口にする。その言葉に、場の空気が少しだけやわらいだ。
「……“あれ”って?」
夜桜が小さくつぶやいたけれど、その声は誰にも届かなかったようだ。
会話はすでに次の話題へと流れていった。