表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空域ノ記憶  作者: 湯川 空
はじまり
1/29

#1 ヤオとセイサ

もどかしく感じるところもあるかもしれませんが、気が向いた時にでものぞいてもらえたら嬉しいです。

モールは人でごった返していた。誰もが日常の喧騒に紛れる中、夜桜(やお)だけはどこか他人事のように歩いていた。ふと、階段の先に見慣れない扉が目に入る。

「関係者以外立入禁止」

ーーその先には、誰も入ってはいけない屋上がある。なぜか、今日はその扉が妙に気になって仕方なかった。


誰もくぐるはずのないその扉に、細身の少年がためらいもなく手をかける。堂々と歩いていく背中には、どこか現実味がなかった。

夜桜は、考えるよりも先に、自然と足が動いていた。


「ねえ。」


思わず、声が漏れる。

少年はピクリと反応したが、構わず進んでいく。


「ねえ、待って。行っちゃダメな気がする。」


夜桜は少し間を置いて、今度はやや強めの口調で声をかけた。

少年は何も言わず、階段を上がっていく。


「…死にに行くみたいな顔してるよ。」


閉まりかけた扉をこじ開けながら、夜桜はそう言った。

目が合った――そんな気がした。けれど、その瞳はどこか遠くを見つめている。


強い風が吹き、遠くでビルの金属がきしむ音とともに、低い声が落ちてくる。


「……何がしたい?」


夜桜は、少し考えて、それでも嘘はつかずに答える。


「わかんない。ただ……もし困ってるなら、話くらい聞くよ。」


その言葉に、少年の白い後ろ髪が、風に揺れながらわずかに震えた。彼は前を向いたまま、口元だけでつぶやく。


「……変なやつ。」


夜桜は笑った。


「よく言われる。」


「私はヤオ。あなたは?」


ほんのわずかな沈黙――


「……セイサ。」


それは、風の音に紛れてしまいそうなほど小さな声だった。


セイサは屋上の縁で立ち止まり、遠くに広がる曇り空を見つめたまま、小さく言った。


「……何も聞くな。」


夜桜は、そっと微笑んで隣に立つ。


「うん。聞かない。」


ふたりの間を風が吹き抜ける。


しばらくして、夜桜がぽつりと言った。


「黙ってそばにいるのは、得意なんだ。」


セイサはそれに返事をしなかったけれど、ほんの少しだけ、肩の力が抜けた気がした。

誰もいない屋上に、ただ静かに時間が流れていく。


やがて、慌ただしい足音が階下に響いた。振り返ると、さっきまで隣にいたはずの彼は、もうどこにもいなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ