恋する者は十二星座占いにも縋る
この世界には『十二星座占い』という占いがある。
黄道十二星座と呼ばれる星座を利用して性格の傾向を導き出したり運勢を見たりする占いだ。
たとえば俺と同じ牡羊座なら「行動力がある」「リーダーシップがあってまとめ役に向いている」というのが傾向として挙げられている。
でも俺には行動力がないし、人の上に立つのも人をまとめるのも苦手で。はっきり言って全然当てはまらない。
だから、この十七年間、十二星座占いなんてほとんど見てこなかったのに。
(『今日の牡羊座さんは相手の目を見て話すと物事が上手く運びそう。いつもより一秒長くアイコンタクトしてみませんか』――ふーん)
五月二十日・月曜、午前零時。
何億という人間に向けられているだろうアドバイスを心の中で読み上げながら、一ノ瀬秋都は寝返りを打つ。
視線の先にあるのはスマートフォンのディスプレイ。そして、この十七年でほとんど見たことがなかった十二星座占いの記事。
秋都が見ているのは雑誌社が掲載している<デイリー十二星座占い>だ。各項目に対するアドバイスは二言程度と少なめだが、特に不満はなかった。秋都にとって最も大事な要素は「毎日恋愛運を確認できること」だからだ。
高校二年生の秋都には絶賛片思い中の友人女子がいる。しかし、奥手の秋都は彼女に告白することはもちろん、彼女に友人以上の好意を持ってもらえるよう振る舞うこともできない。
そんな秋都が目を付けたのが、今チェックしている<デイリー十二星座占い>だ。
毎日午前零時に更新されるこの占いは優しい言葉で彼女との向き合い方をアドバイスしてくれる。奥手で臆病な秋都には――自分が牡羊座らしくない人間だということを除けば――ぴったりの占いだった。
(一秒かあ)
恋愛的なアプローチはできないが、一秒なら頑張れるかもしれない。
目を閉じた秋都は彼女の目を見るシミュレーションをひたすら繰り返し、眠りに落ちた。
✦✦
この時間帯はいつも生徒の数が少ない。
一限目開始の十五分前、ブレザー姿で廊下を歩きながら思う。
秋都は毎朝早めに登校している。理由は至ってシンプルで、遅刻するのが怖いからだ。
(あと五分寝たいけど、もし寝坊したらぎりぎりになるし……)
悩みながら教室に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「おはよ」
そう言って右隣に並んだのは、友人の久慈凛香。背が高くすらりとしていて、長いポニーテールが目を惹く女子だ。
名前に似て凛とした格好よさと可愛さが両立した凛香は男女問わず人気がある。ただ、秋都が片思いしているのは凛香ではなく――。
「――おはよう」
凛香の右隣から遠慮がちに顔を覗かせた女子・七瀬川唯子である。
ミディアムヘアにした少し癖のある黒髪と、目立つパーツがなく幼さを感じさせる顔立ち、標準的な体型ながら同級生よりも少し低い背丈。
どことなく地味な印象を受ける唯子は凛香の親友であり、秋都にとって数少ない異性の友人でもある。
「おはよう。最近暑いね」
「ほんと暑い。そろそろズボン穿かないと」
話題を振った秋都に対し、凛香は自分の足を見ながら言う。
秋都たちが通う高校は制服選択制で、上下の組み合わせを個人で決めることができる。そのため凛香のように季節やイベントに合わせてスラックスを穿く女子生徒もめずらしくない。
まあ、年頃の秋都としてはスカート姿のほうが嬉しいが……。夏は暑く冬は寒いという不便な服装を友人に押し付けることはできない。
二人の足から視線を外し、雑談しながら階段を上る。と、2-Bの教室が見えてきた。
「じゃあ唯子、またお昼に」
「うん」
凛香が唯子に声をかけ、教室に入っていく。
2-A組の秋都と唯子は必然的に廊下に残され、教室までの十数メートルの間、二人きりになった。
少し速度を落として歩く中、二人の間に沈黙が落ちる。
こういうとき、会話が途切れてすぐ別の話題を提供できれば話が続くのだろう。だが、秋都はちょうどいい話題を見つけるのが苦手だ。
そして――それは唯子も同じらしい。
結局、二人は適切な話題を見つけられないまま教室に到着した。
(せっかく七瀬さんと話せる機会だったのに……)
どうして俺はこうなんだ。自己嫌悪に陥りながら自席に座り、斜め前方にいる唯子を眺める。
やや長い名字故に「七瀬」と略して呼ばれることが多い唯子と初めて話したのは、今から二か月前の修了式後。親友である翔馬の用事が終わるのを教室で待っていたとき、唯子を連れた凛香が翔馬を訪ねてきたのがきっかけだった。
当時、秋都は唯子についてほとんど何も知らなかった。「翔馬の知り合いといつも一緒にいる」「俺と同じで名字に『瀬』が入ってた気がする」――その程度だ。
だから、凛香が手洗いで離席して二人きりになったときは心底困り果てた。
秋都はそれほど人見知りするタイプではない。しかし、一度も話したことのない女子と気軽に会話できるほど優れたコミュニケーション能力を持っているわけではない。
内心悩んでいると、唯子が口を開いた。
「一ノ瀬くんはゲーム好き?」
多分、その質問に大きな意味はなかったのだろう。沈黙に居たたまれなくなり、とりあえず無難な話題を提供しただけに違いない。
ただ、その質問はゲーム好きの秋都にとって渡りに船だった。共通の話題が見つかりそうなことに安堵しながら会話を始め、唯子はどんなゲームをするのか尋ね、やがて同じ作品が好きだという事実を知り――。凛香が戻ってくる頃には、互いに笑みを浮かべながら好きな作品について語り合っていた。
あれから二か月。晴れて唯子と同じクラスになり、友人と呼べる仲になった秋都だったが――二人きりになるとこの有様だ。
凛香や翔馬が同席していれば普通に話せるのに、二人きりだと上手くいかない。まったく話せないわけではなくても、一度会話が途絶えてしまうと二か月前のあの日のように困り果ててしまう。
どうすれば上手く話せるようになるのだろう。悩んでいると、一限目の準備をしていた唯子と目が合った。
――『いつもより一秒長くアイコンタクトしてみませんか』
ふと、昨夜占いで見たアドバイスが頭をよぎる。
(一秒……)
秋都は意識的に視線を向ける。
そして――心の中で一秒数える前に、視線を逸らした。
(そんなこと言われても無理だって!)
そもそも、片思い相手の目を見つめられるなら占いに頼る必要はないのだ。アドバイスとしてはまっとうでも、奥手な秋都には意味がなかったと言える。――いつもよりほんの少し唯子の目を見ることができた、という点以外では。