表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

クリスティアンの罪と罰


「ロージー!なんだその姿は!私を騙していたのか!?」


「あはは!本当に間抜けで馬鹿だねえ!元王子様!」


「なんだと貴様ぁ!国王である父上はともかく!たかが男爵令嬢がこの私をなんと言った!」


「間抜けで馬鹿って言ったに決まってるじゃない!アンタは猶予(ゆうよ)を与えられていたのに、全部自分で台無しにした大馬鹿者だよ。そうだよねえ?国王陛下」


「うむ」


 国王は頷き、再びあの厳然(げんぜん)たる覇気を(まと)った。


「四年前。貴様を廃嫡(はいちゃく)し、増長(ぞうちょう)が過ぎる元第二側妃とガーデニア公爵一族を始末するはずだった。だが決め手にかけた。

貴様の廃嫡は、王族の数が少ないために諸侯から反対され果たせなかった。元第二側妃とガーデニア公爵の罪は、その時点では貴様の教育に失敗しただけだ。粛正するには弱かった。

第一側妃エスタリリーへの度重なる不敬は目に余ったがな」


(当たり前だ!)


 クリスティアンは顔をしかめた。銀髪金眼の第一側妃エスタリリーは、ゴールドバンデッド侯爵家を寄親とする男爵家の出身だ。

 下位貴族の産まれにも関わらず、国王の寵愛をティアーレから奪い第一側妃に収まった悪女だ。クリスティアンはそう教えられながら育った。

 だから四年前の夜会でも、エスタリリーの子であるレオナリアンを公然と侮辱(ぶじょく)したのだ。


(農業政策だの治水だの交通整備だの!土臭い功績しかない下賎の女だ!)


 クリスティアンは本気でそう思っていた。シルビアーナや教師たちから『第一側妃の功績がいかにエデンローズ王国を栄えさせ、どれだけ重要か』何度も何度も説明された。が、その度に鼻で笑って無視した。

 たかが(いや)しい男爵令嬢よと見下していたのだ。


 先ほどまで最愛と呼び、婚約者にしようとしたローズメロウも男爵令嬢なのだが、クリスティアンは矛盾に気づかない。どこまでも自分本位な考えしか持っていないのだ。


「加えて貴様は幼かった。だから四年の猶予と教育を与えた。その一環として結ばれたのが、シルビアーナ嬢との婚約だ。

エスタリリーとの縁戚であり、見目も似ているシルビアーナ嬢をどうあつかうか。王命による婚約者を重んじるか否か。また、シルビアーナ嬢と教師たちからの教育でどう成長するか。

貴様の成長次第では、王太子に指名するのもやぶさかではなかった。

だがこの四年の間、貴様がしたことと言えば、元第二側妃と共に国庫を貪り駄々をこねた。それだけだ」


 その通り。クリスティアンと元第二側妃は怒り狂い、シルビアーナを蔑ろにし、あげくの果てに公の場で婚約破棄することにした。

 さらに元第二側妃は『これ以上、男爵令嬢の下位に甘んじる屈辱には耐えられない』と言ってガーデニア公爵に泣きつき、今回の謀叛(むほん)を企てさせたのだった。


「貴様たちのような愚物(ぐぶつ)は生かしておけぬ。計画を把握した時点で、貴様の廃嫡が決まった。

王命に逆らい謀叛を企てた叛逆者(はんぎゃくしゃ)よ。貴様と元第二側妃らガーデニア公爵一族は、一人残らず刑に処す。どのような刑になるかは議会で決定するが覚悟するのだな」


「しょ、処刑……そんな……嫌だああ!死にたくない!嫌だ!あんまりですぅ!どうかお慈悲を!」


 クリスティアンは、恐怖で涙と鼻水を垂れ流して哀願した。だが、国王は冷ややかに見下ろすばかりだ。


「貴様に与える慈悲か。それは、この四年で尽きた」


「ひっ!ひいい!嫌だ!」


 クリスティアンは必死に暴れるが、あっさりと騎士たちに押さえられてしまう。それでも、なんとか助かろうと暴れ、頭を働かせる。


(誰か私を助けろ!父上は駄目だ。母上も公爵も使えない!ローズメロウは裏切り者だ!誰か!誰かいないか?)


 そして、自分を助けられるのはただ一人だと気づく。

 献身的に尽くしてくれた婚約者だけだと。


「シルビアーナ!私を助けろ!私を愛しているのだろう!助けろ!結婚してやるから!私と結婚できるのだぞ!嬉しいだろう!」


「お断りします」


「そうだ!私を助け……な、なんと言った?」


「お断りしますと申し上げました」


 シルビアーナはクリスティアンを見つめて繰り返した。眼差しも声も冷たくもないが温かくもない、路傍の石を見るがごとく何の感情も温度もなかった。


「私に課せられた王命はここまででございます」


「王命……だと?」


「ええ。要約すると、【クリスティアン殿下との婚約が継続する限り、クリスティアン殿下に対し教養と良識を教育する】ことが私に課せられた王命でした。殿下が婚約破棄を宣言した時点で終了です。

それに、私が貴方を愛したことは一度もございません」


「なっ!そ、そんなはずはない!貴様は私を愛しているだろう!」


「どうしてそう思われたのですか?」


「どうしてだと?あんなにも私に尽くしていたじゃないか!」


「いいえ。愛ではなく王命だったからです」


「いいや違う!私が何を言っても怒らなかった!それどころか表情すら変えずに尽くし続けたではないか!愛がなければ不可能だ!」


 クリスティアンは笑ってそう言ったが、シルビアーナの眉がピクリと動き、端正な美貌に怒りが(にじ)む。


「私はずっと怒っていました。表情には出さないようにしていましたので、鈍い貴方では気づけなかったのでしょう」


「なっ?!そ、そんなはず……」


 否定しようとしてクリスティアンは思い出した。


(そういえばこの表情を見たことがある。シルビアーナの専属侍女を殴った時だったか)


 一年ほど前の出来事だ。クリスティアンはシルビアーナに手を上げてしまった。

 専属侍女が庇ったのでシルビアーナは無傷だった。だが、代わりに専属侍女が怪我を負ってしまったのだ。


『なんてことをなさるのですか!』


 あの時、初めてシルビアーナが声を荒げた。


『たかが侍女が怪我をしただけだろう』


 クリスティアンは吐き捨てて、その場から離れた。涙を含んだ声が聞こえる。


『リリ、リリ、ああ可哀想に。お医者様のところに連れて行ってあげるからね』


(あんな声を出せるのか?私は聞いたことないぞ!)


 苛立ちのまま振り返ると、目が合った。


『ヒッ!?』


 今のシルビアーナと同じ、凄まじい怒りに燃え上がる黄金色の瞳と。


 クリスティアンは回想を振り切る。


(だ、だがそれでも!シルビアーナは私を愛しているはずだ!そうであるべきだ!)


「シルビアーナ!いいかげん素直になれ!君はローズメロウが私に近づく度に嫉妬していたじゃないか!

君の献身に気づくのが遅れたが、これからは私も愛してやる。だから私を助け……ひぇっ?!」


「この私が」


 黄金色の瞳が剣の切先の鋭さでクリスティアンを睨む。クリスティアンはすくみ上がった。


「この私が貴方を愛している?どんなに(いさ)めても言動を改めない、事あるごとに私を侮辱する無礼者を?

私の大切な方を傷つけた幼稚な愚か者を?

しかも貴方を愛しているから嫉妬したですって?

うふふ。ご冗談でしょう?」


 侮蔑を込めた眼差しと声。クリスティアンの(ふく)れ上がった自尊心を切り裂いていく。


「確かに嫉妬はしましたが、貴方を愛していたからではありません。

私の愛する方は貴方ではありませんし、これから先も貴方なんて愛しません。

貴方が私の婚約者だったなんて吐き気がしますわ」


「そんな……シルビアーナ……」


「話は済んだな。クリスティアンを【北の塔】に連れて行け」


 クリスティアンは頭から麻袋を被せられて連行された。



◆◆◆◆◆



「な、なんだここは?」


 クリスティアンが気づいた時には、石造りの部屋の中にいた。カビ臭く薄暗い。簡素な寝台、トイレ代わりの汚物箱しかない。

 明かり取り用の小さな窓には鉄格子が嵌り、唯一の出入り口は鉄の扉だ。

 その扉に刻まれている文字を見て戦慄する。


【罪深き汝。かつての王の子よ。己が罪を見つめ裁きを待て】


 不勉強なクリスティアンでも知っている。

 【北の塔】王都郊外にある、罪を犯した王族を収容する塔の扉に刻まれる文言だと。

 この塔に入って、公開処刑される以外で出られた王族はいない。


「嫌だ死にたくない!」


 クリスティアンは鉄の扉を叩きながら叫んだ。


「ここから出せ!出せー!私は王子だぞ!シルビアーナ!シルビアーナ!私を愛しているだろう!助けろ!私を助けてくれー!」


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ