シルビアーナの処刑見物
元第二側妃ティアーレとガーデニア公爵家による謀叛から、半年以上が経った。
真冬の王都は粉雪が散る寒さだ。シルビアーナはドレスの上に分厚い黒いマントを着て、外気の冷たさに耐えていた。
(流石に傷ましく見えるわね)
シルビアーナは、眼下を見下ろし眉をしかめる。
王都の【処刑広場】は謀叛を企てた元ガーデニア公爵家と、見物人でひしめいていた。
「シルビアーナ様。ご気分が優れないようでしたら、ご無理なさらずお下がり下さいませ。ただでさえ、この寒さは身体に響きます」
気遣わし気に囁くのは、専属侍女のお仕着せに黒いローブを着たリリだ。
ほんの少し、心が和む。
「リリ、それは出来ないわ。私は見届けなくてはならない。……貴女が共に居てくれるなら、耐えられる」
「……かしこまりました。私もシルビアーナ様のお側で、全てを見届けますね」
微笑み合い、視線を動かした。
シルビアーナがリリと共にいるバルコニーは、王侯貴族が処刑を見るための建物の一つだ。
ここは処刑台からみて右斜め前にある建物だ。処刑台の様子も、処刑台の正面にむかって迫り出した王族専用バルコニーの様子もよくわかる。
(国王陛下方は泰然とされている。裁判で決まったこととはいえ、流石はこの苛烈な刑罰を下しただけはあるわね)
半年前。ガーデニア公爵とその一派が叛逆を企てたことが公表され、ガーデニア公爵家は取り潰された。
主犯である元ガーデニア公爵、その娘であり元第二側妃ティアーレ、元ガーデニア公爵の二親等内の親族、謀叛に積極的に関わった者たちは、拷問によって全ての情報を引き出された。
拷問後は、平民用刑務所の重犯罪者房に収容されたそうだ。全員、堅牢かつ劣悪な環境で心身共にボロボロになったという。
そして今日。刑務所から処刑広場まで、檻付きの馬車で運ばれたのだ。
見物人たちが投げる石やゴミが、鉄格子の隙間をこえて降り注いだ。
広場に着く頃には全員瀕死だった。磔られてからは、たまに痙攣するだけ。
「……!……!」
ティアーレだけは、王族用バルコニーを見上げ何か叫んでいる。恐らく国王を呼んでいるか、第一側妃エスタリリーに怨嗟を吐いているのだろう。
(憐れな方。国王陛下をお慕いするあまり狂ってしまわれた)
シルビアーナはティアーレから、数々の暴言と嫌がらせを受けた。が、同時に国王への狂おしい愛情と孤独も知っていた。
(……私も狂おしい想いを知っている。もしリリと結ばれなければ、あの方のようになっていたかもしれない。だからかしら。あの方を憎むことは最後まで出来なかった)
シルビアーナが憐憫の眼差しを注ぐ間に時が流れる。
そして、磔にされた者たちは生きながら焼かれた。
民衆の歓声に紛れ、悲鳴、怒号、啜り泣き、薪が爆ぜる音、黒い煙、不快な匂いが風に乗って流れてくる。
吐き気が込み上げるが耐える。
そんなシルビアーナの手を、リリの柔らかくも力強い手が握ってくれた。その時。
「は、母上……!ガーデニア公爵……!」
(相変わらず大きな声ね)
声の主は、元第二王子こと廃王子クリスティアンだ。彼は今、王族用バルコニーという特等席で母親と祖父の処刑を見せつけられている。
本当なら彼も今頃焼かれているはずだった。だが、首謀者の一人とはいえお飾りでしかない。
また罪を裁くためとはいえ、国王が元妻や子殺しをするのは望ましくなかった。しかも処刑法は拷問して磔という苛烈なものだ。残酷すぎると、国内外から非難される恐れがある。
殺すとしても、どちらか一人だけにするべきだ。
だから国王は、元妻ことティアーレを拷問にかけて処刑し、子供であるクリスティアンを北の塔に幽閉し生かすことにした。
(元第二側妃殿を心の底から嫌って、いえ、憎んでいらしたものね。そして廃王子のことは、疎ましく思いつつ慈しんでいらしたから。
でも、その慈しみもとうとう尽きたようね)
国王は、足元でわめくクリスティアンを一瞥もしない。シルビアーナは、改めてクリスティアンを眺めた。
はるか高みにあるバルコニーの地面に這いつくばっているから、民衆からは見えない。だが、一部の貴族たちからは見える。なんとも絶妙な位置だ。
(これからは、王族でも甘い罰にはしないという決意表明ね。効果は大きそうだわ。
本人にとっては死ぬ以上の屈辱でしょう)
クリスティアン自慢の金髪は、くすんで野放図に伸びている。身体は痩せ細り棒切れのようで血色も悪い。着ている服に至っては汚れてあちこち破れている。
そして鎖で縛られ、跪いた状態にさせられていた。
その姿を見てある確信を得る。
(ああ、やっぱり。そうなのね)
「シルビアーナ様」
リリが心細そうな顔で見上げていた。シルビアーナよりも柔らかい印象の黄金色の瞳の奥。
不安と嫉妬の炎が揺れている。
気づけば、心からの笑みが浮かんでいた。
「リリ、心配しないで。貴女だけよ」
指を絡める握り方に変えて、さらに身を寄せる。
「こんな場所でもリリの吐息は芳しいわね」
「……シルビアお姉様こそ」
罪人たちが燃え尽きるまで、シルビアーナはリリの吐息を味わった。
クリスティアンのことは一瞥もしないままに。
◆◆◆◆◆
元ガーデニア公爵家の処刑後。シルビアーナはリリを伴い、王族専用の建物へ向かった。
通された応接室には、国王、従者、近衛騎士が数名いる。
簡単な挨拶の後、国王が口火を切った。
「シルビアーナ嬢。アレの最後の願いとはいえ、本当に良いのか?」
シルビアーナは微笑む。
「はい。ただ会って話すだけですし、私には頼もしい侍女がおりますから」
「そうか……。近衛にも警戒させておくが気をつけてくれ」
頷き、侍従の案内を受けて移動する。
建物の地下には、鉄格子がはめられた牢屋があった。
暗くてカビ臭いそこに入れられている人物が、鉄格子を掴む音が響く。
「シルビアーナ!来てくれたんだな!」
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