リリの現在と過去 半年前 嫉妬
私がリリ・ブランカから、ローズメロウ・コットン男爵令嬢となって三ヶ月ほどが過ぎた。
馬鹿王子は驚くほどチョロかった。
謹慎明けのクリスティアン殿下に接触し、籠絡するのに一カ月もかからなかった。もう笑うしかない。茶番劇もいいところね。
取り巻きたちは『急にしゃしゃり出て来た男爵令嬢』を警戒したり妨害しようとしたけど、買収したり脅したりすればすぐ言うことを聞いた。チョロい。
クリスティアン殿下のお気に入りはすぐ変わる事もあり、ガーデニア公爵も少し身辺調査しただけで警戒していない様子。貴族名鑑にはコットン男爵家なんてないのに。
公爵、それも財務大臣だというのに本当にチョロい。
こうして本日も、馬鹿王子は公務も勉強もサボり私を膝に乗せてご満悦だ。
「ロージー!君を愛している!醜いシルビアーナとは大違いだ!」
ああ、殴りたいこの笑顔。
ことある事にシルビアお姉様を罵り貶し、肥大した自尊心を口から垂れ流すクリスティアン殿下。私は必死に殺意を抑えながら口を動かす。
「クリスぅ私も愛してるわぁ」
「ああロージー!君と親しくなれて嬉しいよ!シルビアーナの老人のような白髪と狼のような金眼とは違う!花のようなピンクブロンド!青空のような瞳!君は素晴らしい!」
馬鹿で鈍い王子様だ。
私がシルビアお姉様の専属侍女リリ・ブランカだということにも、髪はカツラで目は色硝子をはめていることも、私がクリスティアン殿下を心の底から馬鹿にして嫌っていることも……自分の本当の想いにすら気づけない馬鹿。
「ああロージー。かぐわしい私の花」
そして心底気色悪い。さっきからハアハア息を荒げて髪をいじったり、胸を揉んではうっとりしている。無理。
結婚するまではキスしないし一線も越えないと約束させたけど、お触りは拒否しきれなかった。きつい。
部屋の中には、ガーデニア公爵の息がかかった侍従と侍女がいるけれど、馬鹿王子の暴挙を止めるような忠義も常識もない。まとめてくたばれ。
「ああ、早く生まれたままの君の姿を見て、愛してあげたいよ」
ああ駄目。控えめに言って吐きそう。殺してやりたいのを我慢して、なんとか甘ったるい声を出す。
「ロージー嬉しい!クリスも素敵だよぉ!うふふ!大好きぃ!」
オエエェ!気色悪い!口が腐りそう!
「私もだよロージー!君のためならなんでもできる!今日も君にプレゼントを用意したよ!」
「え?本当?」
おいまたか。思わず低い声が出かけた。
この間も、インディーアの大商人を呼び出してドレス用の生地を私に選ばせていたが?
まあ、あの商人との出会いは、私にとっては都合のいい機会だったけど。
ともかく、その金はどこから出した?テメェの金じゃねえよな?などと内心で悪態をつきながら、甘えておだてて情報を引き出す。
「綺麗なピンクルビーのネックレス!素敵だわぁ!ありがとうクリスぅ!どうやって手に入れたのぉ?」
このネックレスは、王族の宝物庫に収められている国宝のはず。国宝は、国王陛下か王妃陛下の許可が無ければ持ち出しも贈与もできない。
まさかこの馬鹿王子。
「ハッハッハ!可愛いロージーのためならなんてことないさ!それに宝物庫から持ってきただけだ!」
つまり無断拝借!窃盗!いい加減にしろ!
いいえリリ、落ち着くのよ。シルビアお姉様のお姿を浮かべて冷静になるの。
私は気を取り直し甘ったるい笑顔を浮かべた。そして、クリスティアン殿下に胸を当てるようにしなだれかかる。
これは命令にはなかったけど……クリスティアン殿下の自尊心がさらに育つよう言葉を選ぶ。
「クリスだからぁ用意出来るんだよぉ。こんなにすごーいことが出来る人なんてぇ。他にいないよぉ。うふふ!次の王様はクリスで決まりだねぇ!」
「ハッハッハ!もちろんだ。父上が身罷られた暁には……」
「えー?でもぉ、陛下はまだまだお若いよぉ?……もっと早くてもいいんじゃないかなぁ?」
馬鹿王子はうっとりとした顔になる。
「……そうだな。やはり母上とお祖父様の言う通り、早く私に相応しい地位を得るべきだな」
「そうだよぉ~」
だからさっさと馬鹿な母親と祖父と共に、穴だらけの謀叛計画を実行に起こそうとしてくれ。
ああ、後で母親の方にも同じように囁いておこう。気に入られたみたいで、この後お茶会に呼ばれてるんだよね。
第一側妃殿下への嫉妬をあおって、情報を引き出して、こっちからも偽情報も流して、後は取り巻きたちもそそのかしたり買収して……。
「クリスティアン、それでねぇ、あのねぇ。謀叛の始まりはぁ、シルビアーナ様との婚約を……」
「なるほど!最高の始まりだ!リリは賢いな!」
私は企みながら、甘ったるく囁き続けた。
◆◆◆◆◆
馬鹿王子ことクリスティアン殿下と過ごすのは苦痛だけど、一つだけいいことがある。
ある日の王城にて。クリスティアン殿下の元から拠点に帰る途中で声をかけられた。
誰よりも愛おしい声に。
「コットン男爵令嬢、少しよろしいかしら?」
「はあぁい。なんですかぁ?シルビアーナさまぁん」
私が『リリ』だとわかった上で睨むシルビアお姉様。
その瞳に宿るのは嫉妬の炎。
「……婚約者のいる男性にみだりに近づいてはなりません」
「はぁい。でもぉ。クリスが離してくれないのぉ」
「っ!……貴女は……!」
わかっているよ。シルビアお姉様。
貴女が誰にどう嫉妬しているか、誰を愛しているか……。
側にいた時は、お互いはっきりとは言葉にしなかったね。でも、離れて確信した。
私たちの想いは、互いに抱く熱は、全く同じだと。
◆◆◆◆
その後、時は流れて。
私がクリスティアン殿下を籠絡して半年後、茶番劇は無事に終わった。
クリスティアン殿下とガーデニア公爵家の破滅という形で。
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